93.「どうして」集められたのか
結局、制限時間までに、8層到達は果たせなかった。
ダンジョンから出たら、外は雨天になっており、水滴がアスファルトを打つ音の中、誰も何も言わずに黙々と学園を目指すと言う、重苦しい道中となった。
学園に帰った後、それまで映像データを、ざっと早送りで見ていたシャン先生は、
「トロワ」
「何でしょう?」
「お前、遅刻扱いな」
「は…!?」
「遅刻二回で欠席一回だ。気を付けろよ?」
空気の最悪記録値を叩き出した。
「な、何故ですか!?こんな横暴、納得行きません!」
「何を言ってんだお前。俺は言ったぞ?付き添いには行かないから、このカメラで撮って、後で映像を見せろってな」
「そ、それが?」
「授業への参加度合いだとか、戦闘能力や状況把握・判断力だとか、そういった事を映像から評価するに決まってるだろ。じゃなきゃ何も見ないで、勝手に決める事になるぜ?そっちが横暴だ」
「あ………」
そう言えばそうだ。
シャン先生には、それ以外の情報が無い。
そしてトロワ先輩は、ずっと俺達から離れた所を行っていたので、俺達が使ってたシャン先生のカメラに映ってない。
………って言うか、トロワ先輩はカメラ起動してなかったの?一歩間違えたら、コアくすねたかもって疑惑が発生するよ?大問題だよ?
「い、いいえ!私はカメラを点けていましたし、映像記録も提出した筈です!」
あ、流石にそうなんだ。
「そうだな。だが俺は、『このカメラで』撮れって言ったんだ」
「そ、そんな、頓智みたいな…!ダンジョンに潜る時は、私はキチンと居たでしょう!?」
「だが、サボってるかもしれないしな」
「ふざけないでください!」
「ふざけてないんだな、これが」
「実を言うと、お前らが勘違いするのは、狙い通りだ」、ぶっちゃけるシャン先生。
「引っ掛けたって事ですか…!?」
「と言うより、教師の目が無い場所で、どう振舞うか、それを見たかった」
「………!」
その理屈を出されるとトロワ先輩でも、「そんな勝手な」、みたいな事が言えなくなってしまう。
「昨日お前らの作戦会議を聞いてたから、その通りにやるなら、一台のカメラの画角で収まると思ってよ。今回はこういう形にした」
「そんな……、…!あ、しかし、私は途中で一度、話し合う為に合流しました!その部分を見逃して」
「ちゃんと見てるよ。確かにお前がカメラの中に映ってる時もあった。カミザに引き止められている時にな」
「そ、そうです。私は参加しています…!」
「ま、それがあったから、遅刻扱いで済んでるわけだが。一度も映りこまなかったら、欠席で記録していた所だ。お前を必死に足止めしていた、カミザに感謝しておけよ?」
「………」
せ、先生。
その言い方すると、むしろ恨みの視線を向けられる事になるので、やめて欲しいです。
「良いか?トロワ。テメエだけの勝手な都合で、パーティーメンバーを置いて好きに動く。これは、重大な危険行為だ。もし今回の潜行で死人が出たら、お前はどう責任を取るつもりだったんだ?」
「そ、そんなの、結果的に、そんな事は起こらなかったんですから」
「だから、『遅刻』への罰則だけだ。ラッキーだったな」
「あ、有り得ない………」
彼女は、意気消沈したように顔を落としていたが、
「『勝手な都合』、ですか…?」
沸々と煮えるような、震える声色で問いかけた。
「そう、言いましたよね……?」
「ああ、言ったぜ?」
「だったら!」
両手で机を叩きながら立ち上がる。
「だったらこのクラスの事はどうなんですか!?『勝手な都合』でこんなクラスを作ったあなたに、そんな事を言う資格がありますか!?」
「……何が言いてえ?言ってみろ」
シャン先生は、黙らせる事も出来ただろう強者は、しかしそうはせず、彼女に不満を吐き出させる。
「このクラスの人選は、いいえ、そもそもあなたが教壇に上ろうと思ったのだって、最初から、極めて私的な興味が発端でしょう!?」
「……つまり、どういうこった?」
「あなたがそこのローマンに興味を持ったから!」
彼女の指が、俺を差した。
「その好奇心を満たす言い訳に、彼を自分の手の中に置いておく口実に、こんなクラスを編成したのでしょう!?」
「え」頭が真っ白になった。
彼女は、評判を聞いても、その戦いぶりを見ても、成績優秀者だった事は、ほぼ確実。
彼女が何を目標としているのかは分からないが、その為に成績や成果にこだわっているのは、よく伝わって来た。
きっと元の教室に居れば、その達成は、より容易だったのだろう。
シャン先生が、急にやる気を出して、彼女を呼んだと言うのなら、先生を恨むのも、理解できた。
だけど、先生がそんな事をした、そもそもの理由が、
彼女にとっての元凶が、
俺だったとしたら?
「明胤学園、ともすれば人類初かもしれないローマンであるのにZ型を倒したディーパー!それが入学した年に、長年お飾りに甘んじていたあなたがいきなり教師らしい事を始めようとする!そして特別指導の看板を使って、チャンピオンの権威で以て、ローマンを自分の教え子にしてしまった!いいえ、よく考えれば編入を決める会議にあなたも参加していた筈!彼がこの学園に入ったのもあなたが関心を満たしたかったから!
私達はその狙いを、これが単なるあなた個人の好奇の為の行動だと、悟らせない為のカモフラージュ!その為だけにこんな無意味な教室を!」
そうだ。
今まで何もしてなかったシャン先生が、今年から精力的に行動し始めたとして、何故か?それまでに無かった要素は何か?そう考えれば、
俺だ。
一番分かりやすい要素が、ここに居た。
つい、周りの目を確認する。
八守君以外、誰も、驚いていない。
ミヨちゃんでさえ、俺に見られた時、気まずそうに、視線を泳がせるだけだった。
気付いていたのか。
みんな、分かってたのか。
(((知らぬは本人ばかり、と、言いますよね)))
ああ、そうだよな。
お前は、気付いてるよな。
こんな簡単な事、当たり前に。
息を荒げながら、憎しみの籠った目で、俺の事を睨むトロワ先輩。
申し訳ないが、俺からは、何も返せない。
彼女が納得するだけの、強さも、論理も、持っていない。
シャン先生は、どうするのだろう?
例えこの推察が正しかったとしても、肯定するわけにはいかないのだろうけど——
「確かに、」
意外にも、
「カミザの登場が、起爆剤だったのは、否定できねえぜ」
先生は容疑を認めた。
「!?……そ、そら見なさい!だったら!」「だがな、トロワ」
そうした上で、彼は続ける。
「カミザは俺にとって、きっかけに過ぎねえんだ」
「な、んですって?」
「お前の言う通り、俺は、ずっと『勝手』だった。俺が方々駆け回りゃ、死の可能性を下げられる、死ななくて済むかもしれねえ奴が、この、目の前に、」
サングラスを下にズラし、人差し指と中指で、瞳孔が見当たらない瞳を示す。
「沢山、それはもう大勢映っていた。だが俺は、『見えねえ』ってツラで、寝っ転がってるだけだった。疲れていた。これ以上疲れるのは、ゴメンだったんだ。誰かの生死を背負うなんて、二度とやりたくなかったんだぜ?」
だが彼は、そうやってサボっている事にも、疲れた。
「カミザを見た時、確かに心が躍ったさ。男ってのは、いや、人類がそもそもそうなのかもしれねえが、世界初とか前人未踏とか、そういう言葉に弱えんだ」
「だけどよ、それ以上に、危うく見えた」、
それは、俺が、弱かったからか。
「違うぞカミザ。お前がどうこうじゃねえ。お前みたいなのが出て来るには、この社会は、いやいや、この国に限らず、人間の秩序ってヤツは、まだまだ未熟、未完成だった。お前がこの先、ダンジョンで死ぬ可能性と、ダンジョンの外で、大切な何かを失う可能性。それらは、同じようなもんだ」
ダンジョンの、外?
それは、人に、嫌悪されるって、そういう事を言ってるのだろうか?
「お前だけじゃねえ。お前の扱いを間違えれば、この先に何千・何万の死体の山を作っちまう。カミザ、お前が無力なんじゃねえ。お前と向き合う俺達が、無知で力不足なんだ」
言ってる意味が、分からない。
カンナの存在を、先生は知らない。
じゃあ、彼女抜きの俺が、どうなったら、そんな、戦争みたいな事になるんだ?
「だからよ?カミザは、俺のケツを蹴り飛ばしてくれた、それだけだ。俺はこいつが現れた事で、漸く、戦士が未成熟なまま巣立って行くのを、黙ってぐうたら見てるような、そんな『勝手な』ヤツから、卒業する決心がついた」
「だから、お前らを集めたんだ」、
今や、先生が話している対象は、教室内の全員だった。
「俺は『勝手』でいるのをやめにした。やらなきゃならん事は大量にあるが、信用も信頼も地に堕ちた俺では、その全てに着手できない。何か人を納得させるだけの、実績が要る。だから、お前らから始める。お前らの120%を引き出して、ちょっとやそっとじゃ死なねえディーパーにしてやる」
「………私達を、利用しようと?」
「利用と言えばそうかもしれねえな。だが、断言する。お前らにも、悪い話じゃあねえ。志半ばでくたばっちまうより、本当の意味での強さを手に入れ、長生きする方が、楽しいだろ?」
俺達を、強くする為、
俺達を、生かす為、
「だからトロワ、俺はお前にこう教える」
先生は、話し相手の座を、トロワ先輩だけの席にして、
「『勝手な』自己判断はやめろ。それはお前と、お前の同行者の命を、縮めるだけだ。道のりが短いのは、近道だからじゃねえ、行き止まりだからだぜ?」
その日の授業は、そこで終わりだった。
そしてそれ以降、しばらくの間、実戦訓練は行われなかった。
俺達の協調路線に、トロワ先輩が徹底抗戦の姿勢を見せた為、話し合いが終わらなくなったからだ。
選択授業は、議論と、各々の学習やトレーニング、それらが半々で、時間が割かれるようになった。
そして俺も、シャン先生から、格闘技とかを教わり始めた。
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