87.人気配信者カミザススムの朝は早い、なんてね
「ふっ…、ふっ…、ふっ…、ふっ…、」
暗いとも明るいとも言えない、灰色の時間。
まだ冷たく重めの空気を呼吸しながら、学園の敷地内を適当なルートで一周する。
朝のこの、冷たい空気が、色付くように温まるこの時間が、そこそこ好きだ。
と言っても、夏くらいになると、夜から続く蒸し暑さを、恨めしく思ってしまうのだけれど。
「ふっ…、ふっ…、ふっ…、ふっ…、」
最近、早朝のランニングが日課になった。
居住区では、あんまり無断で外出するのを、よく思われなかった。
一応ご近所さんとの関係は冷え切ってたから、知らんわ!って言って走ってやろうかと考えた事があったが、じいちゃんにも迷惑掛かりそうだったので、止めておいた。
ここでは別に、何らかの部活の朝練だとか、個人でトレーニングしてる人とか、そういうのが走り回っているので、咎められる事は無い。広いから、誰かの邪魔になるとも思えない。強いて言えば、俺の顔を知ってる奴が、「うわっ」みたいな反応をするだけだ。
「ふっ…、ふっ…、ふっ……あっ、おはようございまーす」
「ひぃっ…!ひぃっ…!はぁっ…!う、ん、ひぃっ…!」
「うむ」
で、そんな中で、どんなルートを通っても、ほとんど毎朝会う二人組がいる。
頭頂部を中心に、地肌が見えているおじさんと、何歳なのか分からんくらい、白いヤギ髭を長く豊かに蓄えたおじいさんだ。ジャージ姿で二人並んで走ってる、というか、片方がズルズルと太めのボディを引きずっていて、もう片方がそれに速度を合わせて涼しい顔をしている、みたいな感じだ。
教員の数が多過ぎて、顔と名前が一致しないから、誰なのかは分からないが、もう軽い顔見知りみたいになってしまっている。
「ふっ…、ふっ…、ふっ…」「おはよう!」「おはようございまーす」
毎回大きな声で先制挨拶をするこの人は、確か生徒会の副総長だ。
七三分けに眼鏡という真面目そうな見た目に、真面目そうな口調。毎朝律儀に校門前で、挨拶活動をやっているのを見ているから、何も知識が無いと、生徒会のトップはこの人に見える。と言うか、総長の姿をあまり見る機会がない。
これは、明胤の生徒会のトップというのが、通常の学校のそれと、意味合いが変わるせいというのはあるだろう。
「ふっ…、ふっ…、ふっ……あ、トロワ先輩、おはようございまーす」
「………」
で、同じ教室所属の筈のこの人は、俺を完全にスルーする。
というか見てくれる事さえない。
今度パーティーとして潜行する機会があるから、お互いに出来るだけ、相手を知っておいた方がいいんじゃないか、と思うのだが。
授業外での俺のカテゴリが、そこらの虫とかと同程度のように見える。
早いもので、5月も終わりが近いのだが、大丈夫かな?7月中旬までに、チームとして纏まるだろうか?
こういう事は、カンナに聞いても、教えてくれない事が多いからなあ…。
カンナと言えば、今は俺のすぐ後ろで浮きながら、増量版たまごサンドを咥えて、「ペースが遅くなってますよー?」とか野次を飛ばしている。
このランニングも、彼女に言われてやっている事なのだが、
「ふっ…、ふっ…、ふっ…、ふっ…、」
(((一、二、一、二、一二、一二、一二一二一二)))
(待て待て待て読み上げ速度をクレッシェンドするのをやめろ!ただでさえ長距離はキツいってのに!配分がわけわかんなくなる!)
(((あなたは戦場で、相手に律動を合わせるよう、嘆願するのですか?随分お優しい世に、お住まいのようで)))
(脳内で響く声で乱してくるのはアリなのか!?)
(((当然です。何が起きようと、自らの拍を、得意な運びに、整える。それもまた戦闘に熟達した者の、身に着けていて然るべき能力であり、相手に合わせて戦うのが基本で押し付ける我を持たない生き方は手段としては良くとも敵が伸び伸び動いてやがて対応できなくなるのも目に見え)))(言葉のピッチ速めるのをやめれ!!ドロップを目指して盛り上がるEDMじゃねんだわ!説教聞いてるだけでどういうテンポで走ってんのか分かんなくなった!)
(((対手に左右され過ぎです。嵌まれば終わる、あなただけの必勝の型を、独創しなさい)))
と、このように、
これはスタミナ向上のトレーニングと言うより、
その時その時で、自分にとって最適なリズムを掴み、押し
よって、気を抜くと横から、カンナが何かちょっかいをかけてくる。
「ふっ…、ふっ…!ふーっ…!ふみゃっ!?」
ちょ、何、なんで脇腹をつついて来るんだよ!
(((あなたは戦場で、相手が狙う箇所を、指定するのですか?随分お優しい(あー!はいはい!わかりました!俺がくすぐったがらなければ良いだけでした!もう知らん!)では続けます)))
え?は?今なんて言った?「続けます」?
「ふぬっ!?ふぉっ!?くっ、あ、ひゃ、」
お前、
ふざけんな、
俺今走り通しで息上がってて、それなのに、首筋とか脇の下とか、その細っこくて器用な指で、遠慮ナシに
(((あなたの師、ですが?)))
(そう、うぐっ、でした!)
と言うか俺、外で走りながらクネクネしてるわけだから、何も知らない人が見たら、ただの不審者じゃない?
ちょうど誰も近くにいないから許されてるだけで「あ!ススム君おはよう!」カンナストップストップストップ!マジストップ!止まれ!やめてくれええええ!
「ふっ…!お…!おはよ…!ミヨちゃ…!ふぬっ、ぐ…!」
そうでした!
この人が止めるわけありませんでした!
俺が嫌がってるなら余計に!
「す、ススム君?何やってるの?」
「い、いやぁあ?ナンでも、ひぐ…!ないけどぉ?はふ…!」
情けない姿を見られたくない相手筆頭と、丁度会ってしまった。
いや、開門時間になってからも走ってたら、偶に会う事もあったけど、なんで、今、このタイミング?ミヨちゃんも、並走するのやめて?早くいつものトレーニングに、向かってくれない?
「………」
じー、と、半開きの目で訝しんでいたミヨちゃんだが、すぐに「ああ」と合点がいったような声を出し、
「ススム君、こっち見て?」
「………どうぞ…」
観念して大人しく従った、俺の右眼を覗き込み、そのまま後ろに視線を移し、
「……やっぱりカンナちゃんか」
(((お早うございます、ミヨ)))
「うん、オハヨ!」
「ひゃはっ、ぐ、ひぐ、むぬっ…!」
あのカンナさあん!?
挨拶してる時くらい、俺をいじくるのやめません!?
ミヨちゃんをカンナの力で、俺の意識の中に招待したあの日、カンナは彼女の中に、何かしらの
勝手にそんな事されて、怒らないかとも思ったが、本人曰く、
「全然大丈夫!って言うよりむしろ、2人がどんなやり取りしてるのか知りたいくらいだったから、好都合だよ!」
だそうだ。
モンスターの中でも、例外中の例外的存在であるカンナに、挑戦や冒険が大好きな彼女が、興味津々になるのも、考えてみれば当たり前の話だった。
「ひぃー…!ひぃー…!」
やっと終わったあ…!
ニコニコしているミヨちゃんに見守られながら、カンナの攻撃を耐え続ける時間。
この前燃やされたばかりだってのに、羞恥心で焼死しかけるところだった。
「頑張ってるねー。私から100点を進呈します!」
と言うか、途中からずっと追って来てたミヨちゃんは何がしたいの!?朝の空いた時間は、学校の設備使って鍛えてるんじゃなかった!?明らかに当初の予定を曲げて俺にくっ付いてたけど、何故!?
「仕方ないじゃん。カンナちゃんの生態が気になるんだから」
そっかあ、なら仕方ないよねー、ってなるかあ!
それなら後で幾らでも付き合いますので、今はやめてください!
ミヨちゃんが見てるから、カンナも面白がってるところ、あると思う!
(((ススムくん)))
「はぁー…ッ!はぁー…ッ!……なに?」
(((明日から、負荷を増やすつもりですので、覚悟を)))
「正気かお前…!?」
助けてミヨちゃん!
常識的観点から、なんか進言して!
「二人とも仲良いねー………」
………え、終わり?
なんか無い?
もっと言わなきゃいけない事、あるんじゃない?
「じゃ、ススムくん!明日も張り切って、ヘトヘトになってね!」
いやあの、語気強くない?一片の慈悲も無くない?俺なんかした?
「じゃあね!また後でね!」
行ってしまわれた。
やっぱりあれかな?
カンナ直々に鍛えられてるのって、羨ましかったりするのかな?
まあ実際、ありえん幸運ではあるんだけど。
でも見た目ほど楽しくは無いよ?
(カンナ、良ければ今度、ミヨちゃんにも何か、アドバイスとかお願いできる?ちょっと高めのプリンとか買うから)
(((それは有難く頂きますが、あなたの察しの悪さに、十点減点です)))
何故に。
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