何てことのない余談
閑話. 贈り物選び
「う~む………」
ゴールデンウィークのとある一日。
俺は潜行配信活動の合間を縫って、東究百貨店に再び足を運び、色んな店をあれこれ物色していた。
理由は勿論、この前怒らせてしまった詠訵に謝る時、何か手土産があった方がいいだろう、という判断からである。
が、一つも分からん。
女の子って、何買うと喜ぶんだ?
こればっかりはリスナーに聞くわけにもいかないので、独自判断になるのだが………
(SOS!カンナ!何欲しい?)
(((私は基準に、成り得ませんよ?)))
(参考!参考程度に!)
(((そうですねえ……)))
カンナは少しだけ考えて、
(((それでは、宝石でも贈りましょうか)))
(………それが重くてキモい、ってことだけは、俺にも分かる)
(((駄目でしたか。残念です)))
(もしかしなくても、嵌めようとしたよね?)
(((はて)))
くっ、助言者どころか獅子身中の虫である。
自分の頭で考えるしか無いか…?
(やはり消え物か…?でも、詠訵の味覚の好みって、分からないんだよな…。く~ちゃんが公に出してる情報に合わせれば、地雷は避けれる、か…?)
甘い物が苦手、ってこともなかった筈だし、なんかオシャレで、可愛げがあって、美味しそうな奴………
(マカロンだな!!)
(((……そうなんですか?)))
(対女子ならマカロンが一番無難な筈だ!)
(((そうなんですか?)))
(知らん!俺は今偏見で物を語っている!)
(((憐れな程に、無力ですねえ…)))
(そんなんだからギクシャクするんだよ!諦めろ!)
(((酷い開き直りを見ました。減点しておきます)))
已むを得ん。強行します。
と言うわけで、店名を聞いた事も無いが、多分その筋では名の通っているだろう、イイ感じの外装の店で、マカロン詰め合わせを一箱購入した。
思ったより高…!?いや、これはお詫びと関係修復の品だ。金は掛け過ぎに越した事はない。ググググ………!!
(((貧乏性、出てますよ?)))
一時期の限界暮らしの感覚は、残念ながら、まだ抜けてないみたいだった。
という感じでブツを手に入れ、刺された極道の如く、懐を痛めながらの帰り際。
「あっ」
その花屋が目に留まった。
(((……花ですか?挑戦的ですね。面白そうです)))
(人が玉砕するのを期待するの、やめてくんない?)
(((なんと、何故分かったのですか?)))
(日頃の行いを振り返ってどうぞ?)
(((………善行しか、出て来ませんね)))
(あらそう……)
外野気分がやいのやいのとうるさいが、悲しいかな、俺の人生経験では、これが発想の限界だった。
(か、カンナ、好みを、聞かせてくれ……)
(((花を
(却下で)
アクセサリー系はやっぱ重いって。
で、現在5月20日。
イリーガル騒動が一旦の収束を見た日。
「ふわあ~……」
俺は自室の寝床に、眠たげな声と共に倒れ込んだ。
「ぷしゅうー……」
詠訵……ミヨちゃんに事情を説明し、協力を取り付ける事に成功した後、渡す機を逸していたマカロンを——といっても前の奴は賞味期限切れてたんで、自分で食べて、新しく買ったんだが——、贈る事に成功。彼女も大変喜んでくれていたので、好みの問題とかはクリアと見ていいだろう。
任務完了なれど、多大な労力を費やした。
更に、世界最高峰レベルの課題が現れた事で、とうとうノックアウト。ちょっと何をするにも、やる気が起きない状況になった。
乗研先輩も、いつものように部屋に居ないし、視聴者への説明も兼ねた配信は、明日やる事になっている。
今日はもうこのまま、泥のように眠ってしまおうか、なんて考えていると、
(((そういえば、ススムくん)))
ベッドの足元側に腰掛けたカンナが、嫌な予感を掻き立てるような、実に良い笑顔を浮かべて、
(((花は、贈らないのですか?)))
………触れられて欲しくない点を、的確に突いて来やがる…!
(い、いや、その………)
(((へたれなススムくん。折角買ったのに、腐らせておくなんて、勿体ないですよ?)))
(あー………)
(((私は別に、何も思いませんが、
「だー!もー!分かった!分かりました!」
勢い余って声に出してしまったが、知るか、このまま気恥ずかしさを乗り切るしかない。もうこうなったら作業的にやってやる。パッ、パッ、パだ!
パッ、
俺が使ってるタンスの一番上の引き出しからそれを取り出し、
パッ、
その上、充電中のスマホとかを載せてる所に置いて、
パッ、
包装をサッと取り、小さなガラスドームに入ったドライフラワーを見せ、
「どうぞ…!」
(((………??)))
「だからあ…!こっちは、カンナ用!カンナへの、その、日頃の感謝の気持ち、の、一部、みたいな………そんな感じ!」
そこまで言い切った俺は頭から枕を被って寝床に再度飛び込んだ。
照れ臭さが致死量だった。
(((わたし、用……?)))
(そうですー!っていうかいつも一緒に居る上に、買った時にあれだけカンナの好み問い詰めたんだから、知っとけよ!いつもの読心術はどうした!)
(((いえ…、私も、四六時中、ススムくんの深部を、覗いてるわけでは…、ありませんので………)))
カンナにしては、珍しい声だった。
戸惑っているというか、どういう反応を示すのが正解か、探っている、みたいな。
いやそれはこっちのセリフだ!どういう顔すればいいんだよこういう時!
家族が生きてた頃は、あんなに無邪気にプレゼントとか渡せたのになあ……。
ローマンになった事も合わせて、歳を経ると共に、不自由になってる気さえします。
(((それで、私に贈ろうとして、花に、なるんですか……?)))
(いや、美味しい物は、俺の記憶が薄れると、カンナも食べられなくなるらしいし、だったら、なるべく長く残る物がいいな、って…。で、ドライフラワーなら、触れなくても楽しめるし、この部屋に置いとけるし、枯れたりもしないから、
って言うか、カンナなら好みを聞かれた時点で、俺の意図もお見通しだろうから、分かって答えてくれてるだろう、という認識だったのだが………
(ごめん、気付いてなかったとは思わず、相談したから間違いないだろうって、カンナの言葉を真に受けたまま買っちゃった。自分用には微妙だって言うなら、まあ単なる飾りって事で………)
(((………………)))
む、無言が一番やめて?
ど、どうしよう。
からかわれるのを想定してたから、こういうパターンには備えが無かった。
(((………そうですね、よく、分かりませんね)))
う、うん、そうだよな。
そもそもカンナに、花を見て楽しむ感性があるのか、そこから怪しかったし、
(いやほんとごめん。俺の一人相撲だ。気にしないで——)
(((分かりません、ので)))
いつもの、緩やかな笑みを含んだ、カンナの声。
(((もっとよく、見せて、くれませんか?)))
(あ、うん、どうぞ?)
(((そうではなくて、“直接”、お願いします)))
あー、そういう?
正直今は、気が進まないが、プレゼントなんだから、しっかり受け取って欲しいのも事実。
俺は右眼で直に見る為に、頭を上げて、
(((ふっ……!ふくっ、くふふ……!す、ススムくん、その顔は、なんですか…?くく、茹蛸みたいに、成っていますよ…?ふふふふ……)))
(よ、よく言うよ…!本物の茹蛸を、ちゃんと見た事も無いクセに……!)
見えたのは、結局何も変わらないカンナだ。
意地の悪い顔で、俺のやる事為す事、痛みにも苦しみにも、舌鼓を打ってしまう少女。
俺は極力そっちに顔を向けずに、フラワードームに目を近づける。
サンビタリアだっけ。お店の人は、ジャノメギクとも言っていた。
黄色くて小さな花。ヒマワリのミニサイズ版、と言えば分かりやすいか。
台の上に腕と顎を置いて、ボケー、と見ていると、隣の辺で、カンナが同じような姿勢になっていた。
顔の右側に、視線を強く感じて、
肘同士がぷにと触れ合い、得も言われぬ居心地の良さとなって、
気になるが、それで彼女の方を向いたら、きっと思う壺だろう。
そう思った俺は、そのままガラスの中に閉じ込められた、ドライフラワーを見続けていた。
カンナも、ずっと動かなかった。
俺達二人は、
何も言わず、
その静けさを、
苦にも感じず、
しばらくの間、
そうやって
なお、数分後に乗研先輩が急に帰って来たので、俺は慌ててベッドに飛び乗って誤魔化した。
もう2ヶ月近くなるのに、この人の生活リズムが全然計れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます