78.選択の時だ part2

「どういう……俺達は、トゥスコームの、第10層に……!」

「聞いて、カミザ君。今、どういう事かは分からないけど、さっきまでとは全く別のダンジョンに居る」

「な…!?」

「まって!ここ、あのイリーガルのローカルが適用されてる。ゆっくり動いて…!」


 辺り一面、徐々に強くなる砂嵐。

 今は、リボン4本が作る防御膜の中だ。


「俺は、どうして今…?」

「一杯飛んでる熱砂ねっさだと思う。高温の粉塵を吸い込んで、呼吸器系がボロボロになってた。リボンで治療はできたけど、外に出たら数秒で同じ状態になる」

「砂…?」


 聞いた事がある。

 戦争では、爆発由来の死が最多と言われる。そのカテゴリの中には、爆弾が撒く高温の破片を吸い込んでしまい、健康被害を受けた者も、含まれると言う。

 激しく絶え間ない風が吹き荒れる、高温の粒子で満たされた場所。俺達肺呼吸にとって、十二分に“死の大地”の名に相応しい。


「詠訵、防御壁を解除しろ。俺なら維持魔力の少ないフィルターを作れる」

「ううん、それじゃだめ。一歩外に出れば、外気温はとんでもなく高い。灰が日光を遮ってる筈なのに、フライパンの上みたい。私の壁で、ギリギリ遮断できるくらいで、防御が途切れれば、呼吸困難の前にコンガリ焼かれると思う」

「だけど、そんな状態を防御し続けたら、詠訵の魔力が切れる…!」

「まだ大丈夫。さっき戦闘が終わってから、魔力生産量を上回る消費はしてなかった。だからまだ、あと3分は確実に持つよ」

 

 一難去って、不可能が襲ってきた、みたいなシチュエーションだ。

 別のダンジョンに飛ばされたというのを、まあ受け入れたとして、


 じゃあここは第何層なんだ?

 どこから逃げればいい?


「そう言えば、あいつは、あの、草だか木だか分からないヤツは…?」

「あそこ」


 人差し指の先に見えるのは、少し離れたところにある、絶賛切火きりびのバーゲンセール状態の木々。


「さっきまで、あの中に居た、んだけど、移動してるかもしれない……」


 同じような大火事の群生地が、四方に存在しているから、その陰に隠れられると、俺達からは追えなくなる。


「あれだけの強さがあるのに、私達に近付こうとしないのは、どうしてだろう?何かを強く、警戒してるみたい……」

「あいつを倒せばオールオッケー、てなればいいんだが……いや、いいのか?」


 どっちにしろ、無理か?


「あと1分くらいで、何か、ここから出る方法を見つけないと……」


 俺の背に回っている手に、力が入っている。たぶん無意識だ。恐れているのだろう。

 それでも気丈に振舞い、解決策を探している彼女を見て、やっぱり強い人だ、なんて思った。


 あと数十秒で、

 二人とも死ぬのなら、


(カンナ)

(((どうしました、ススムくん?)))

(頼みたい事が、あるんだ)

 

 これしかない。


(取引、したい…)

(((あれ、ススムくんの口から出るには、珍しい言葉ですね)))

(俺はこれから、あのイリーガルの本体を見つけ出して、5…いや10秒、真っ向から戦う)


 戦って見せる。

「カミザ君…?」

 立ち上がり、外の景色を前に、腹の中の炉で、意気地を燃やす。

 視界の端に、高高度を行く、鳥の姿が見えた、気がした。

 灰が偶然、吹き巻く途中で、形だけ重なるシルエットを結んだのか。

だけどもしかしたら、その錯覚は、

 ここから飛び出そうとする、俺の意思が見せたのかもしれない。


(面白そうだろ?ローマンが、精霊とか神様とか、そういう奴に戦いを挑む。笑える傲慢さだ)

(((それで?娯楽を支払い、何を欲しますか?)))

(詠訵を、逃がして欲しい。地上まで。それが見合わないって言うなら、せめてこいつから出来るだけ遠くに)


 奴は今、詰めを誤らぬよう、完全包囲にリスク回避を重ねている。

 あれ程の存在が、何故?どんな負け筋を見て?

 奴の警戒に値するものは、この場にカンナだけだ。

 カンナなら、俺達を逃がす事も出来るのだろう。


 逃げた俺達が地上に着けば、奴は追って来れない筈。

 そうでなければ、詠訵を餌にして俺を呼ぶ、何て必要は無いのだ。

 配信中なんて構わず、俺だけの時に殺しに来ればいい。

 そうしないのは、奴らが何をしたいのか、それを出来るだけバラしたくないから。

 意思と知能を持って、カンナという脅威を狙った、それを気付かれたくないからだ。


 配信中の詠訵が不運にもイリーガルに遭い、偶然か付きまとっていたのか、近くに居た俺が彼女を助けに行き、不幸にも二人とも死んでしまった。そういうシナリオでないといけなかった。

 だから、Z型を強化して自爆までさせて、自然な流れでネットワークを遮断し、誰にも見られなくなってからやっと、本体が殺りに来るという順番なんだ。


 こうすれば、そこに作為も目的も残らない。

 単なる事故死、それで済む。

 カンナの存在も、明るみに出ない。


 カンナなら、その筋書を崩せる、と思う。


 成功の可能性は低いのかもしれない。

 そうでなくとも、酷く億劫な事なのかもしれない。

 一番大きな問題として、カンナは善意で動かない。

 だから、何かを差し出さなくちゃいけない。


 でも俺に出来るのは、体を張る事くらいだ。


(((そうなりますと、貴方は命を落としますよ?)))

(うん……ごめん、カンナ)

(((………この流れで出るのが、私への謝罪、ですか?)))

(正直、恩を返せたって言える程、何が出来たわけじゃないと思う。この上更にお願いするんだから、厚かましい奴だって、自分でも分かってる)


 だけど、詠訵もまた、俺の命の恩人だ。

 彼女が居なければ、一時の反抗でディーパーになったとしても、どこかでモチベーションを見失って、無気力人間に逆戻りしてただろう。死んだように生きるのか、どうせなら自分から死ぬか、みたいな思考になってたかもしれない。


 詠訵を守りたい。

 カンナに不義理を働きたくない。


 その二つの両立が、既に強欲なんだ。

 俺も生きようなんて、そんなのはワガママは、通らない。


 それに俺が死ねば、カンナを知る人間は居なくなる。

 つまり、イリーガルが詠訵を見逃す、その可能性だって高くなるのだ。


(頼む、カンナ。10秒で足りないなら、必要な条件を足してくれ。今出来る事なら、どんな条件でも呑む。外で深呼吸だってしてやるし、裸で戦えって言うなら何とかする。だから——)


 あ、そうだ。


(あとこれは気が向いたらでいいんだけど、寮の部屋の、俺のタンスの一番上の引き出しに)(((ススムくん?)))

 

 カンナが、その手を俺の頭に置く。


(((一つ、聞いて頂けますか?)))


 わしゃわしゃと、髪の毛を乱される。


(ちょっ、カンナ?)

(((私の推量が正しければ、貴方はこれからもっと、面白くなります)))


 いつになく、声がハキハキしている。

 こんな時なのに、やけに楽しそうだ。


(((それこそ、“illイリーガル”と呼ばれる、彼らに並ぶくらいには)))


 発言も、いつも以上に過激。


(((十割、確定でそうなる、という訳でもありませんし、出来るだけ貴方本来の才で、何処まで伸ばせるか、それを楽しみにしていました。分かりますか?私が貴方に与え過ぎても、それは私の劣化にしか成り得ません。

 “カミザススム”が如何どうなるか?その不確定性こそが、私の最近の娯楽です。私は貴方に、教えを授けるだけ。

 私自身の力を、貴方の敵に振るう事は、ありません)))


 しかし、

 だがしかし、


(((将来性を感じさせない俗物が、私の愉しみを、それも完成途上、まだまだ味がする物を、無思慮無教養が故に踏み壊す……)))


 「興醒めですね、不愉快です」、

 待て、

 待って、

 勘違いしてた。

 元気なわけじゃない。


(((興味が湧かないなら、捨て置けばいいでしょう。れど、いとわしく思ってしまえば、そういうわけにもいきません)))


 「『すさまじき物』って、捻り潰したく、なりませんか?」。

 怒ってる…!

 って言うかブチギレてる…!?

 今まで見た事ないくらい怒り心頭に見える…!


(あ、あのー……、カンナ、さん…?)

(((ススムくん)))

(あっはい)

(((私の言う通りになさい)))

(……えっと、一応聞くけど、何をするつもりで…?)


(((“風流”とは何たるかを、あの風情に、教育して差し上げる、それだけですよ)))


 酷薄な笑みを見せる彼女を見て、

 俺は思った。



 怒ってる顔もキレイだなこの人。

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