78.選択の時だ part1

——…ミ…君…!


「ススム、おいススム」

 

 やあ、にーちゃん。

 なんか、久しぶりな気がするよ。


「何だそりゃ?寝惚けてんのか?」


 ごめんごめん、こっちも色々あってさ。

 最近大変なんだよ。

 

「ったくよ…。俺の話聞いてたか?」


 ちょっと待って、今思い出す。


「おいおい……」


——聞…え……!?


 テレビ。

 そうだテレビだ。

 そこで確か、どこかの国の戦争が、映ってたんだ。


「そうだ。その話だ」


 この時は確か、にーちゃんの夢の話を聞いたんだ。


「そうだ。俺は世界中から、いじめられる人を失くしたいって、そう思ってるんだ」


 そうだった。

 オレはにーちゃんのその夢が、かっこいいって、思ったんだ。


「だけどな、ススム?」


 なあに、にーちゃん。



「『かっこいい』って事と、『正しい』って事は違う」



 え?そうなの?


「ああそうだ。例えばススムは、この人達を、助けたいと思うか?」


 にーちゃんは、画面の中に居る、やせ細った子ども達を指す。

 それは勿論、そう思う。

 それが出来たら良いって、誰だって、

 にーちゃんだって、そうだった筈だ。


「そうだな。それは『かっこいい』事さ。でも、それが正しいかは、分からない」


 でも、困ってる人が居たら、助けなきゃ、じゃないの?


「だけど俺は、助けて欲しいか、彼らに聞いたわけじゃない」


 にーちゃんは、悲しそうに言う。


「死にたい、と言う人も居る。自分の手で立ち上がりたい、他人の力を借りたくない、なんて頑固者も居る。誰かを蹴落として生き残った冷血漢も、弱い振りをして楽して生きようとするズル賢い悪党も居る」


 で、でも、強がってるだけだったり、そうしないと生きていけなかったり、そういうの、あるんじゃ、ないかな?


——…願……!


「勿論そうだ。それぞれに正義があり、事情がある。だが事情を持った上で、どこまでを許していい?飢えていたから、略奪は無罪か?怯えていたから、引鉄を引いていいのか?法治国家でさえ、その線引きを明確にするのは難しい。況や無法地帯をや。そこに倫理と道徳を、どこまで求めるべきか、誰にも分からないだろ?」


 「罪とは社会があるから生まれるんだ。何をしようと法が無ければ、悪い事とは言えないだろう」、だったら、にーちゃんはどうするの?

 良い人も、悪い人も、分からないなら、

 にーちゃんは、誰を助けるの?


「当然、助けたい人を助ける。俺は自分に、小難しい基準や線引きを課している。でも本当は、その根本は、その人を助ける自分が、『かっこいい』と思えるかどうか、それだけでしかない」


 「かっこいい」か、どうか。


「そうだ。何があろうと、恥じる事無く、『自分の判断でそうした』、そう言い切れるだけの事をするんだ。誰かの為でなく、どういう決まりがあったからでもなく、『自分で』、決めたのだと」


 責任、って事?


「その通り。

 いいか?ススム。お前がこれから、誰かに手を差し伸べるとしよう。その人は、悪人かもしれない。お前は騙されてしまうのかもしれない。例えその人が善人でも、お前の『良かれと思って』が、裏目に出るかもしれない。

 お前がその人を救おうとすると言う事は、その分のリソースを、他の人間に向けなくなるという事。つまり、救えたかもしれない別の誰かを、完全に見捨てるという事だ。

 または、別の誰かの未来に、受ける事の無かった被害を生んでしまう、という事かもな。

 その判断が良かったのか悪かったのか、お前にも、誰であっても、真の意味で分かる日は、来ないだろう」


——…を…けて…!


 それじゃあ何も、出来ないじゃん………。

 あ、でも、そっか、

 そこで、「かっこいい」と思う事、なのか。


「お前がお前自身に、『お前はかっこいい』と、胸を張って言えるなら、それでいい。何かを実際に間違えれば、謝罪と反省は必要だろう。償う事を忘れてもいけない。だが、お前がそう言い切れるなら、後悔だけは、しなくていい」


 「かっこいい」って、

 「後悔しない」こと?


「ススム。俺はな。世界中の人間が、幸せになるって事を、本気で望んでる。俺の代で出来るとは思わないが、やるだけやってみるさ」


 「でもな?ススム」、

 にーちゃんは、悪そうな顔で、ニヤリとする。


「親父と、お袋と、お前。世界中か、三人か選べと言われたら、俺はお前達を選ぶだろう」


 そんなの、身勝手じゃ、ないか。


「そうだ。エゴだよ。人間は、エゴでしか物を決められない。ただその事実が辛いから、社会やら世間やら文化やら空気やら、そういう物を持ち出して、『俺だけじゃない』『俺が決めたんじゃない』、そう言って逃げるんだ。だがそれは、自分を殺してるだけでしかない。それはきっと、ただでさえ正義になれない人間を、本物のそれから、最も遠ざける行為だ」


 正義。

 それはオレの、欲しいもの。

 オレは、正義に、守られたかった。

 だけど、それを持つ人達は、

 みんなオレを、悪だと言った。

 

「ススム。考えて、考えに考え抜いて、選べ」


 な、に、を……?


「『世間』でも、

 『常識』でも、

 『社会』でも、

 『法』でも、

 『正義』でも、

 『真実』でも、

 『世界』でも、

 そんなの全て、言い訳だ。

 お前だ。

 お前が、決めるんだ」


 オレが、

 オレは、


「罪を逃れる方便じゃなく、地獄行きでも受け入れる決意の上で」


 俺は、


「お前は、何を選ぶんだ?」


 どういう俺が、

 かっこいいのだろうか?




「カミザ君!」


 俺は、


「えふっ、えふっ、ごほっ……」


 背中を支えられ、半身だけ起こして、

 熱の籠った灰を吐き出している。


「よ、よみち……!ここは…!どうなって…!?」

「カミザ君!良かった!」

 

 詠訵が、覗き込んでる。

 「詠訵」?

 今は配信中じゃあ…

 ああ、ヘッドセットを着けてないのか。

 不安そうな、嬉しそうな瞳が、しっかり見えてる。


 で、この山火事の後みたいな場所は、どこだ?

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