75.この戦いが行く先って何?
焦った。
詠訵が、く~ちゃんがイリーガルに遭遇したのも、
そこから逃げられず死の危機に瀕した事も、
それを助けようと駆け付けてすぐにラポルトを通り、炎の壁を飛び越えたら、なんかいきなり俺自身が燃え始めた事も、
全部隈なく焦り散らした。
ちょっと考え無し過ぎた。
イリーガルの方が持ち込んだローカルは、ローマンの俺にも適応されるタイプだったのだ。
シールドジェネレーターを新しくしていて、更に魔力噴射によって、点火してる魔力を弾けたから生きてたものの、酷く間抜けな死に方をするところだった。
く~ちゃんがローカルによる燃焼を消せたこと、
カンナを爆笑させたことを合わせて、
収支はギリギリプラスである。
「確認だけど、『急激な動きで着火』『リボンにはそれへの耐性と鎮火効果がある』、って事で良い?」
「う、うん、大体そんな感じ、かな…」
俺の目には生死ギリギリに思えたのだが、そんな事もないのだろうか?
俺に警戒するZ型が距離を取った隙に、追い完全詠唱を済ませた彼女には、流石は歴戦の高ランクディーパーと言わざるを得ない。一刻も早く駆け付けようと躍起になって、二次被害者になりかけた俺と比べると、その安心感は桁違いとしか言えん。
今はリボン9本による球体防護態勢で、火の手に巻かれるのを防ぎつつ、Z型と数十m離れて、束の間の猶予期間だ。なんとこの中なら、有毒なガスなども自動で浄化してくれるらしい。ゆ、優秀……!
ガスマスク、買いたかったんだけど、他にもっと優先する物があってなあ……。仮に持ってたとしても、いざという時の備えとしては、食料品とかを多めに詰めたいのが人情。少なくとも、このダンジョンには持って来なかっただろう。
く~ちゃんみたいな、初見殺しに対応できる能力を持つディーパーは、居るだけで本当にありがたいと実感。
けれど、いつまでも持つものではない。俺達を囲む火責めは延焼しないだけで、いくらでも継ぎ火を追加できる為、消える事はないだろう。
く~ちゃんの魔力は有限で、炎も防いでるこの状態だと消費も激しい。やがては維持できなくなってしまう。
さっき俺が来た時は、体に火が付く事前提で行けば、まだ上から通れる状態だった。
今は俺達を直接狙うのをやめて、退路に雨あられと点火骨片を撃つ方針に換えたらしい。
ついでに言えば、俺らが逃げる素振りを見せた時点で、奴は遠距離攻撃を撃つか、一足飛びに回り込んでくるだろう。それだけ近付かれてしまっている。
強行突破は、もうできそうにない。
だからZ型は、あんなに悠長に待ってくれている。
奴の方から間合いに入る、隙や硬直を作るなどして、奇跡的に逃げおおせられたり、弱点に当てられる危険を冒すより、このまま俺達が力尽きるまで、この場を動かないパターンの方が、安全な勝利を得れるという判断。
外から更なる助けが来る可能性は……、どうかな……?
ちゃんとしたディーパーなら、この状況が類稀なる危機だと分かるから、来たがらないと思う。
そうじゃない人だと、素早く10層まで来るのが無理。
今ダンジョン内に居る人だと、配信を見てる可能性は低いし。
他の配信者が丁度潜ってて、そこに鳩——同配信に関係ない、別の配信者についての言及行為——が飛ぶとか?いや、そもそもこのダンジョンって、暗いし浅級だから配信映えはイマイチなんだよな。俺達みたいに特別な理由が無いと、配信者は潜らない気がする。
「倒すしかない、か…」
「でも、カミザ君…。私のリボンを巻いてから投げれば、カミザ君だけでも——」
「いやいや、それこそ俺が来た意味ないから。あ゛、それともく~ちゃんは、一人で奴を殺せたりする?」
だとしたら俺は速やかに退場します。邪魔なだけなんで。
「ううん、私一人だと、正直厳しい」
「なら普通に二人で倒そう」
「な、どうして?」
「どうして、って……ああ、言ってなかった。俺にアイディアがあるんだ」
「え?」
「全員生存で勝てる戦いの勝率を、わざわざ減らす事ない、ってコト」
「か、勝てる戦いって……」
大丈夫だ。
ここにはあの“くれぷすきゅ~るチャンネル”が居て、
このダンジョンのZ型くらいなら勝てる俺が居る。
「俺ら二人居れば、なんとかなる。だろ?」
彼女から見えないように、後ろに回した左手で、制服の裾を握り締める。
「大丈夫だよく~ちゃん。これはいつもの潜行。いつも通りあの骨っこを、ぶっ壊してやるだけだ」
震えは見せていない筈だ。
怯えが出てないかは、分からない。
「余裕余裕」
言葉に出せば、その通りになってくれる気もしたが、
まあ、普通に難しいだろうなあ…。
でも、「アイディアがある」というのは、本当だ。
あのモンスターが変異前と同じく、弱点部位を壊せば停止してくれるのなら、
勝ち方は、ある。
「ってなわけで、今からあいつ、ぶん殴りたいからさ」
ゆっくり立ち上がり、敵を見る。
「手を貸してくれ、く~ちゃん」
俺は決然と、一歩踏み出して、
「あ、この中も普通にローカル適用範囲内だから、急に動いたら——」
足が燃えた。
「あっつ!?ちょ、ふざけんな今のでアウトかよ!?」
「プッ、もう、だから言ったのに。はい、じっとしてくださーい…」
涙目になりながら、詠訵に消してもらう。
こんな時でも、俺のカッコつかない病は、継続中であるらしい。
こっちは本物の呪いかもな。
「それで、カミザ君。どういう作戦?」
「作戦って言える程、複雑なものじゃなくて——」
俺は彼女に、大まかな考えを説明した。
「——って感じなんだけど、どうかな?これなら攻撃できるし、そう簡単にやられないし、弱点部位も炙り出せると思うんだけど………あ、あれ?」
なんか、口を開けたまま黙られてしまった。
もしかして、初歩的な見落としとかしてた!?
「あ、あのー……?」
「カミザ君はさあ…」
お、やっと喋ってくれた。
何でございやしょう。
「今までよく生きてこれたよね」
えぇー……?
憧れの女子を助けに来たら、色々あって罵倒されたんだけど。
(((全くです)))
えぇー……?
師匠がすかさずおかわりを刺してきたんだけど。
ナニコレ。
なんでこの局面で、四面楚歌なの俺?
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固唾を吞んで見守る、40万人超。
あの“くれぷすきゅ~るチャンネル”が、生きるか死ぬかの危機。その情報が、数分で広まった結果である。
野次馬等、悪趣味な者達も勿論含まれるが、元々のファン・リスナー層の厚さが、それだけの人数を呼ぶ要因となった。
しかも、滅多に映像に捉えられない、
考察系、に
そしてその数字は、まだ増え続けている。
くれぷすきゅ~るチャンネルには、海外リスナー層というものも存在する。人気配信者であれば、あっても不思議ではない。
彼らが、自分の国、自分のコミュニティに拡散する事で、世界規模で耳目が集まる。
そして民間・国家問わず、ダンジョンについてアンテナを張っている、海の向こうのアナリスト達。彼らも食い付き始めていた。
その中に、“彼ら”も居た。
「ふーん、結構、持ち堪えては、くれそうだ」
遮る物無き太陽の下で、サマーベッドに寝そべる女。
傍らに置かれた折り畳みテーブル、その上に置かれたスタンド付きタブレット。
「さてはて、どこまで引き出してくれるかな?」
現在は、高みの見物。
だがそこに映る少年少女が、彼女の予想を上回れば、この後の運びが楽になる、かも。
「頑張れー、負けるなー」
その二人を、
有頂天で強欲で、足るを知らない愚かな少年を、
小馬鹿にしながら、
趨勢を楽しむ。
「ふむ、ここまでは奴の、手筈通りじゃな」
暗い大部屋の中、玉座にどかりと掛ける、幼き少女。
高性能ノートパソコンを、少年に持たせて観戦している。
「見たところ、
「万が一!アハハ!万が一!
億じゃない!?兆じゃない!?
ホントに万!?たった万だけ!?」
「喧しいわ!頭が
部屋の中央、そこに鎮座する機械、その上からの声を、彼女は努めて聞かない事にする。
「頼むぞ、ローズ。油断なく、確実に仕留めよ」
優勢の中、
降って湧いた異常。
誰にも見つからず、大人しくしていれば、
こんな面倒にならずに済んだ。
彼女は画面の
「とっとと死ね」と、心内で命じた。
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