74.人生二度目の… part2
カメラから見れば、火達磨状態。
即死にすら見えた。が、
「こ、れ、は……!?」
すんでの所で、最悪の事態は避けていた。
危機を感じた彼女は、既にリボンの1本を、全身に巻き付けていたのだ。
軽度の呪いを弾き、治療する事まで出来るそれが、彼女の皮膚を護ると同時に、鎮火させていく。自らが焼失するのと引き換えに、だが。
「リボンは、燃えにくいし、能力で消せる…。魔力攻撃…?ううん、これって——」
——“
「
共通の特性として、一つのダンジョンに縛られないこと、ダンジョンモンスターに憑依する形で出現すること、そして、新たなローカルを運んで来ることが挙げられる。
今の、攻撃の動作すらなかった、不自然な出火は……
彼女は、左腕をそぉっと、肩の高さまで上げる。
燃えない。
ゆっくり握る。
大丈夫。
指を一本、ピンと伸ばして「やっぱりそうだ!」爪の先を中心に火が点る!
急激な動作に対し、それを咎めるように赤が
この特性を持つイリーガルを、彼女は知っている。
「“
「急いては
摩擦や空力加熱の熱エネルギーのみの増幅という、限定的なのか広いのか評に困るような効果。
激しい動きが、火付けのトリガー。
いいや、まともに戦ってはいけない。
いつだったか、朝のHRでも、担任が言っていた。
イリーガルの活動が、少しばかりだが活発化している。もし遭遇したら、何よりも逃走を最優先しろ、と。
リボンを重ね巻いて、出火覚悟で走るか?
だが、この火炎は、一酸化炭素中毒まで再現された、化学反応としての“燃焼”だった筈。
火事の際の死因は、「焼死」と「窒息死」がTOP2。火炙りだって、燃える前に死んでいる事が多いらしい。
全身を炎の層で覆われ、そんな中で息継ぎをしようものなら、最悪一瞬で失神も有り得る。
一酸化炭素を毒物として扱えれば、リボンの効果で体外へ追い出せるか?
そうすると魔力消費の兼ね合い上、燃焼や直接攻撃への備えが薄くなる。
後に治療出来る事を見越して、重傷を負ってでも逃げる?
いや、それも意識が残っていればの話だ。
負傷の度合いの見極めを誤れば、気絶の
それに、ラポルト前で、止まって待つ必要がある以上、「耐える」時間が要る。
リボンが燃え減った時、どこまで
無呼吸で、出口まで。結果的に一番安全っぽく見えるのが、それだ。
もう一つの安全策は、1本を自身に巻き、残った7本でZ型を抑え、ゆっくりと出口を目指すこと。
だが
抑え切れるのか?その疑問はどうしても拭えない。
こんなことなら、ガスマスク機能付きのヘッドセットを、予備で持ってくるべきだったか。嵩張る上に機能が減るので、潜行に慣れてからは、基本押し入れの肥やしになっていたが、今まさに必要な場面である。
「仕方、ないよね……」
イリーガルが相手、そしてこちらは一人。
五分以上の生存率など、望み過ぎとも言える。
彼女は選択した。
最初に牛歩。距離を稼げるだけ稼ぎ、抑え込みは厳しいと判断した時点で、無酸素遁走戦術に切り替える。
「——みたいな感じで、良い所取り、しますね……」
マイクに向かって語りながら、自分の中でも整理する。
通信は繋がっているから、配信越しに、聞こえている筈。
さっきからコメントの流れが速い。焦って誤字脱字も多いそれらは、彼らのパニック寸前の不安を示す。
“ヨミトモ”達を安心させると同時に、そこで見ている人間を意識して、己を奮い立たせる儀式。
ともすれば震えて、まともに動かなくなりそうな自分。その背中を、一蹴する。
「出口まで、200m、とかかな…?そうだといいな…」
変異Z型から目を離さず、
飛び火を喰らうのは、敵も同じだ。
一歩の幅はあちらが勝るが、その分をリボンで「!?」
“
それは知っていた。
だが彼女は、失念していた。
敵は、魔力さえ循環していれば、大気など関係ない骨の塊。
人を火葬すれば、残るのは骨の欠片だ。
最初から、こいつには焼死も窒息死も、ほぼ有り得ない!
況して耐性が高められた今、全身に
「ちょっと、やらかしたかも!」
リボンを全て自身への防御に回し、高レベルの身体強化を掛けて、「すうううぅぅぅ、」大きく一息吸い込み、出口へ!
灼熱!
外と内が壁で隔てられたように!
有害な熱気が彼女を取り囲んでいる!
が、速度を緩めてはならない!
火の玉となって走るより他無し!
「ふううぅぅぅぅ」
長く息を吐きながら、脇目も振らず。
本来50m程度しか続かない瘦せ我慢を、魔力によって数倍に引き延ばす!
あと100m!
Z型は凡そ50m後方!
リボンはまだ完全焼失していない!
ラポルト前に止まり、開くのを待って、逃げ出す。
それだけの時間を確保できる!
あと50m!
足止めの為に飛ぶ骨片!
偏差を見誤ったか、彼女から更に前方に着弾し、
爆砕した。
「あっ」
しまった。
あの骨の方にも、火は点く。
考えれば分かる事だった。
その加速力によって高熱を帯びたそれが床を撃ち、埋め込まれ、激しく発火。
急加熱により空気が膨張。
地を作る骨の破片が出火しながら榴弾めいて散布。
それが、続け様に十数発、彼女の前に降って来た。
「ッッッ!!」
幾百もの
それらが空気や他の骨に擦れて、
それがまた新たな出火を誘う。
一石二鳥。
一挙両得。
彼女の行く手を遮り、悪くすれば殺傷し得る、凶悪なる一手。
詰まされた、そういう感覚があった。
「はぁーっ……!はぁーっ……!」
消火は、なんとか可能だった。
リボンの半分を失ったけれど。
残りは4本、簡易詠唱時と同じだけ。
退路には今も、
今度そこに飛び込めば、死ぬだろう。間違いなく。
これで、
『やばいやびあびゃいびあびあいあ』
『この中でカタコム潜ってるやつ居ないのか!?』
『ディーパーニキネキ急げ!』
『どうせこっそり追っかけてるやついるだろ!早くしろ!』
『やられちゃう』
『くそくそくsこくそsこうそくそ』
『まぶしくてみえん!なにがどうなってる!』
『く^ちゃんぶじ!?聞こえる!?』
『返事してくれえええ』
『通報しろお前ら!全力で潜行課に通報しろ!』
『あああああああああ』
「往生しますか……」
言葉は強気だが、内心は崩れかけ。
最後まで、見る者を不快にさせない。配信者としての意地だけが、彼女を支えていた。そうでなければ今頃は、全部拒絶して泣き叫んでいただろう。
「“やるだけやる”、“物は試し”、いつも通りの、くれぷすきゅ~るチャンネル、みたいな…」
ちゃんと、笑えているだろうか?
今の自分は、キレイに映っているか?
ああ、しかし、強がっていても、
当然のように残る、恐れと悔い。
——出来る事なら、もう一度だけ——
切なく締まる胸中を含め、
彼女の魂魄を平たく均す、
その為の拳が、
——ァァァァァ
魔力によって、
海のように光る瞳が、
見詰める先で、
——ァァァァァァァ
しっかりと握られ、
振り下ろさ「アアアアアアアアアアアアア!!!」
肘なのだろう関節部が空飛ぶ業火に打ち当たって
その弾丸からは、
声帯を持たないZ型は、それでも骨を軋ませて驚愕を露にした!
詠訵三四は、
頭の中に
そしてその瞬刻の間に、彼女の魔法は勝手に動いて、飛来物の火を鎮めながら、それを抱き寄せていた。
それを危ないとも、恐ろしいとも思わなかった。
そうしなければ、否、そうしたいとすら、思っていた。
リボンの下から、掻き出でる。
人の、少年の、“彼”の、
「ぷっはあ!ありがとうく~ちゃん!助かった!」
笑っていた。
火の海地獄に突っ込んで、見て分かる死地に着地して、それでも笑顔を彼女に向けた。
日魅在進が、
新たな犠牲者として、列せられに来た。
仮面の下で彼を見る目は、
円く開かれた
彼はどうして、間に合ったのか?
彼女が死にかける前から、潜り始めていなければ、間に合うわけがない。
本当なら、今頃は学園の図書館で、レポートを書いていた筈である。
彼女を密かに尾行していた?付きまとっていた?
それはない。
根本的な、
より深い部分で、
彼女が彼の眼中にないのは、詠訵三四にも理解できていた。
であるなら、彼は何かに、導かれた?
呼ばれた、という事なのだろうか?
ここ数年で、2度目。
一生に一度会えるかという
短期間で2度、関わる事になった少年。
漏魔症を根底から覆しつつある存在。
そして、従来の生態を裏切り、映像に残るのも構わずに現れた、今回の異変。
それらの繋がりが、偶然でないとしたら。
直感が言っている。
これは、彼を狙った物だ。
巻き込まれたのは、きっと、彼女の方。
だが少なくとも、
仮にそうだとしても、
彼女自身は、彼の友となった事を、
微塵も後悔していなかった。
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