63.何事も、実践しないと分からない part2
「結論から言おう。日魅在先輩が過去に提唱した、『漏魔症は疾患ではなく、魔力回路獲得現象の延長である』、という仮説。その確度が高まった」
俺の?………ああ、いや、あれはカンナから、教えて貰っただけなんだけどね?
「確かに、そういう話は出てたけど……」
「ああ、勘違いしないで頂きたいのは、漏魔症が社会的には、
だが魔学的観点では、そうではない、という事だ。
「ダンジョンからしてみれば、潜行者と漏魔症罹患者、それらに大した差が無いのだと考えられる。そういう意味では、逆か。漏魔症が病気でないのではなく、潜行者全てが、極めて軽度な漏魔症罹患者であると、そういう言い方がより適当に思える」
ちょちょちょちょちょちょちょ!?
スッゴイ事言ってない!?
なんか関係各所を一発で敵に回す発言じゃない!?
なんならこの学園追放されたりまであるよ!?
狼狽する俺に対して、殊文君は怜悧冷徹を崩さない。
「これまで2000年間、誰からも出て来なかったのが不思議なくらい、良いセンを行く仮説だと思うのだが……。いや、漏魔症への嫌悪感から、唱えられても異端扱いされ、忘却へと葬られてしまった、かもしれないな」
「ええっとぉ……、実質言い出しっぺの俺が言うのもあれだけど、流石に言い過ぎじゃない?と言うか、俺が言いたかったのは、漏魔症の異常性は思ったより身近な部分、魔力漏出口の多さにあるってことで、流石にディーパーと同じ、まではいかないと思うんだけど……」
俺の感覚だと、「異常は異常」だ。「正常」な潜行者とは違う。
「漏出口の多さ」こそが「漏魔症候群」であり、つまりは普通のディーパーとの差異によって、区別される物だと思っていた。
しかし彼の見解は、どうやら違うらしい。
「まず僕の魔法、“
「魔力由来…って言うと、モンスターが出す毒とか?」
「そうだ、ダンジョンやモンスターの魔力によって成立するもの。日魅在先輩に馴染みのあるところで言えば、“
「ふんふん……あれ?でも、あれじゃなかったっけ?救世教徒とか
「その通り。その並びで行くと、隷服教徒でも術者が多い。国内なら神道系でも、探せばそれなりに居る」
く~ちゃん…つまり詠訵も、治療してた事がある。
魔法が優秀みたいな事言ってたから、結構珍しい能力持ちだと思ってたけど、性能面で強いタイプかな?
「僕の魔法の特異性は、ある一定の条件を満たせば、他の治癒系魔法以上の効力を発揮する事だ」
「う~ん??」
「そうだな……。例えば日魅在先輩は、高ランク潜行者の引退理由で、死亡以外で最も高い割合を占める物を知っているか?」
「え?」
イメージ的に言えば、
「身体欠損?」
「それは何故か?世の中には断面から、元のパーツを復元できるような、優秀な潜行医師だって存在すると言うのに」
「確か……一部の深級ダンジョンだと、ダンジョンの“呪い”、みたいな物が、治療を阻害して来るとか…」
「そう。軽度の物なら他の毒と同じように無効化し、治療も可能になる。が、体の一部を丸々失うような重傷だと、傷口を塞ぐのが精一杯で、呪い自体の根治が不可能な場合がある。そうなってしまうと、解毒、というより解呪か、それを試みても、魔法が効いている間のみ良くなるだけ。それが切れれば、元の状態に戻ってしまう」
ディーパーとして成功し、一財産築いたら、欲をかかずに深級に潜るのをやめろ、そう言われる原因がこれだ。
ダンジョンを出ても何故か効力が消えず、一生付いて回るのだと言う。
「それを消す為には、原因となるダンジョンを閉窟するか、一部の特殊な魔法を使うしか手段が無い。その特定上級治癒魔法だって、無条件で治療可能な物は、今の所確認されておらず、何か難しい前提を揃えなければいけなかったりする」
そしてその、「特定上級治癒魔法」が、
「まさか、殊文君の魔法って…」
「何を隠そう、その『呪い』への対抗策の一つだ」
す、スゲエエエ!
初めて見た!
(((「奇跡」の度合いで、負けていますよ?頑張ってください?)))
いやなんでそこ張り合わなきゃいけないんだよ。
「僕の能力は普通に使えば、平均より遅い速度で、魔力による病や毒を無効化する。酷い場合だと、症状の進行を遅らせる事しかできない」
「だが、そこに
「その毒が人体の何処に潜み、何処に作用し、どういう原理でどのような不具合を引き起こすのか。そういった理解を深めれば深める程、効力もスピードも向上していく!十分な知識さえあれば、ダンジョンの呪いすらも完全に治せる!僕は実際にこの手で、とあるダンジョンでの負傷者を、後遺症無く復活させた!
それ以来、そのダンジョンへの挑戦者が、偶に駆け込んで来る」
聞くだに凄まじい能力だ。
対ダンジョンで言えば、治癒系の中でもトップクラスと言っていい。
ダンジョン外での負傷には、標準的な性能らしいが。
「ん?待てよ?それじゃあ、さっきの実験って」
「日魅在先輩の漏魔症を、“治療”しようとした。これまでは、特定上級治癒魔法の条件を、満たせなかったかもしれない。
しかし僕は今、人体のどの辺りにどのように孔が開いているか、それを正確に表明できるサンプルを目の前にしていた。魔力感知カメラで見るだけでなく、この手で実際に感覚として把握した。
そして漏魔症の原因は、主にダンジョン発生の際に現れる光。つまりダンジョンが人に魔力を授ける、そのエネルギーが過剰であったせいで、魔学的孔が無数に開いてしまったという、その原理も理解していた。
ここまで揃えば、完治は出来ずとも、幾らか改善されるのでは?と、そう思っていたのだが………」
孔は一つも塞がらなかった。
と言うより、一時的に閉じる事すら無かった。
「これはつまり、この能力が『疾患』と認識する、その範囲には漏魔症が存在しない、と考えるのが自然だろう。では、その判定は誰が行うか?僕か?しかし僕は元々、ダンジョンの呪いは文字通り『呪い』であり、『病気』ではないと思っていた。しかし能力は発動し、国が暴いたその詳細を吸い上げる事で、完全回復も可能にした」
彼が思う「病気」や「呪い」という区分は、意味を為していなかった。
つまり基準は、殊文君の主観ではない。
「という事は、人が介在できる次元より、もっと深い部分にある何か。そこに
「ダンジョンからしてみれば」、彼が言ったのは、そういう意味か。
この体質と付き合って、もう16年。
未だに何も知らないのだと、そう思い知らされる。
「しかし僕はここに意思を見出だすべきなのか?単にダンジョンにとっては人間などちっぽけで、故に火力の調整など要らないというだけか?しかしダンジョンは明らかに人間に踏み込まれる事ありきの設計をしている。つまり作った者が居ると仮定した方が通りが良いのだが、すると造物主は漏魔症をどのように捉えて——」
なんてことをブツブツ続けた殊文君は、一人の世界に旅立ってしまった。
どうしたものか困っていると、助手さんが「今日はもう大丈夫」と言うので、俺は部屋を出て更衣室に戻った。
こうなってしまうと、考えを整理する時間が必要らしく、助手さんは肩をすくめながら、「ここからが長いんだ」と楽しげにうそぶいた。
建物から出てすぐのアスファルトの上から、茂みに向かって小さな影が飛び込んでいった。バッタだろう。今年の春は、あいつらを見かける頻度が高い気がする。
「どうだった、かなあ?ああいう感じで、ちょっとだけ変わってる人が多い部活なんだけど、あんまり引かないで欲しいなって……」
詠訵が期待半分、不安半分といった顔で聞いて来る。
「ちょっと」……?あれが……?
どうしようか迷ったが、ここで曖昧に誤魔化すのも、失礼になるだろう。
「正直言うとさあ——」
包み隠さずに言えば、
「スッッゲーおもろい」
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