62.な、なるほどね~…、そうなんだあ……… part2

「おっとすまない、また熱くなってしまった。兎に角、ダンジョンとは本来、科学で観測出来ない、科学の範疇に無い物だと、僕はそう考えている。それが何故か観測出来てしまっている、その混乱こそが、問題の本質なのではないだろうか?

 科学と神秘は本来、並行して存在する、世界に対する別々の説明方法だ。それらが重なり合ったり、補いあったりなど、本来有り得ない筈なんだ。世界観が違う。しかしダンジョンではそれが起こっている。神様がカメラに映っているような、そんな気持ち悪さがある。“心霊科学”のような、胡散臭さだ。」


「あ、ああ、その感覚は何となく分かるかも。なんか浮いてるっていうか、2000年間も人と共存して、馴染んで来た筈なのに、どこか作り物、おとぎ話めいてるって言うか…。なんて言うんだろうな?」

「そうだね…。発電とかで普通に利用されてるから、科学・機械化文明と地続きなのは分かってるんだけど、人為的って言うか、劇的過ぎるって言うのかな?でも人が作ったと仮定して、どうやって?ってなると、魔法しか思いつかないし、でも魔法はそもそもダンジョンが持ち込んだ概念だし……」


 鶏が先か卵が先か。

 その起源も原理も、分からない。

 だからクロスワードみたいに、分かる物を一つずつ埋めて、全体を俯瞰するしかない。


「僕が新開部に入ったのは、くはダンジョンの謎を、この手で完全に解くのが夢だからだ。その手始めとして、“深化”現象。これは人とダンジョンの関係性を知る上で、良い手懸りになると思った。その為には、ディーパーの中でも強者が集う、つまり深化経験者や、深化しやすい人間が多いこの学園は、格好の観察・検証対象だ。

 僕には戦闘能力が無かったが、幸いにも優秀な魔法能力と、類稀なる頭脳があったからね。研究者枠として、入学が許された」

「そ、そんな事、小学生になる前から…?」

「ああ、いや、元々ダンジョンに興味があったのは事実だが、研究テーマは、入学後にこの部活の存在を知って決めたんだ」

「な、なるほど………」



 「研究者枠」と言うのは、少数ながら存在している、「明胤学園生だがディーパー志望ではない生徒」の事である。


 理論・学術系については、基本的に大学が主戦場だ。

 しかし、より有用・実践的なデータが取れる場として、明胤学園もそういう才能を育てる場にしようと、最近新設された枠だ。ディーパーの育成については、丹本は常に最前列でなければならず、故に教育理論の研究も、需要が年々高まっていた。その一環として、始まった試みだ。


 倍率は更に高い為、選りすぐりの神童達だと言われている。


 ただ、編入自体のハードルが高い為、基本は初等部からしか入れない。中高で本格的に頭角を現した人だと、明胤学園での調査が絶望的。ディーパーとしての才ならまだしも、初等部の時点で、その将来性を測れるのか?という問題がある。強者偏重思想に、研究者肌が耐えられるのか、みたいな議論も。

 まだまだ摩擦やいざこざが絶えず、発展途上の制度だと言えた。


 で、それを突破した、義務教育以前からの天才、その一人が彼、殊文君なのである。


 そりゃあ、俺より何枚も何段も上手うわてで当然。

 会話が成立している事が奇跡的だが、多分向こうが幾らかレベルを落としてくれているのだろう。



「それで、日魅在先輩。物は相談なのだが」

「は、はい!?なんでしょうか!?俺如き短絡脳にも出来る事なら、是非とも協力させてください!」

「………詠訵先輩、これまた濃いのを連れて来たな」

「それは否定しないけど、いつもはもうちょっと普通だよ?単に殊文君に委縮してるだけだと思うな?」

「重ねて面目ない」


 あれ?詠訵?俺の事、結構変人だと思ってる?そして殊文君は、人の事言えないと思う。

 ってのはさておいて、


「漏魔症の体質について、色々と試してみたい事があるのだが、宜しいだろうか?」


 随分意外な事を言われた。


「漏魔症の?」

「気分を害されたなら謝罪する」

「ああ、大丈夫大丈夫。悪意とか無いのは分かるし。ただ、強くなるメカニズムを知りたいんでしょ?なんで逆の俺達を?」

「それが“逆”なのか、僕達にはまだ確証が無い。事実、日魅在先輩はここに居る。編入試験を乗り越えて。

 実は、漏魔症に罹った方とは、特にこの学園内だと、接触機会が無い。ダンジョンの作用によって、魔力系に異常が発生した人々。重篤な場合は肉体が変異するという病。忌避感は分かるが、しかし深化という“変化”を研究する以上、そこにヒントを求めるのは、そこまで的外れでは無いと思っている」

 

 「まずダンジョンが人に魔力と魔法を授ける、最初の段階を解く事から始めるのも良いだろう」、とのこと。確かに、なんで強くなるのか以前に、人をまるっきり変えてしまうような、そんな作用があるのだから、先にそっちから、という考えもあるだろう。


「漏魔症は基本的に居住区に隔離されているし、外の人間に対する敵愾心も強い。その境遇を思えば致し方のない事ではあるが、しかし協力者を得られないという事実は変わらない。一部のディーパーのように、非合法に雇うという事も出来ず、その切り口は諦めるべきかと思っていたのだが——」

「丁度、『明胤学園生かつディーパー』なんて、ネギを背負った鴨みたいな人材が、ノコノコ現れた、と」

「そういう事だ。どうだろうか?」


 ちょっと考える振りをするが、特に悩む意味は無い。


「良いですよ。俺もこの体質について、詳しく知りたいとは前から思ってましたし」

「本当か!?」


 本当である。「なんなんだよこの呪いみたいな体は!?」なんて、枕を濡らした事は数知れず。漏魔症についてより深く判明し、偏見や差別が無くなり、治療法まで見つかる、そんな理想的な未来の一助になれるなら、全面協力もやぶさかではない。

 解剖だけはよしてくれると助かるが。


「恩に着る!白取先生も喜ばれる!」


 おっとお?あの先生の名前を出すのはやめて?急に不安になってきたから。


(((嗚呼ああ………)))


 何!?何だよ!?「嗚呼、」の後は何が続くんだよ!?そういうのホントやめろ!大丈夫だよな!?朝起きたら丸い手術台の上で、四肢を拘束されて動けず、バッタあたりと合成されてたりとか、そんな事ないよな!?


「それでは早速、今ここで一つ」


 戦々恐々とする俺の内心を知ってか知らずか、


「僕の魔法を使わせてくれないか?」


 簡易人体実験が提案された。

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