60.これもうモンスター戦だろ
指は、5本である。
太く、厚く、節くれ立った指。
びっしりと生え並ぶ、黒ずんだ金色の毛から、同じく5本、内へと僅かに曲がる、黒く鋭い爪が現れる。
手首の辺りに、もう一本、突き出ているのは、
一部毛が剥がれているように見えるのは、肉球部分だ。「球」と言っても、細長い楕円形。柔らかそうだが、刃物でもゴムめいて弾いてしまう。
そこ以外に肌は露出しないが、獣毛が作るヒダが、引き絞られた筋肉の、強い緊張を教えてくれる。
その
縛りが、解かれたのだ。
鋭い先端が、
俺の鼻先に、
「たあああああああ!!」
大きく仰け反るだけでは足りずに背中から倒れて横振りの一撃を避ける!床を叩いて起きる、のでは間に合わない!転がって踏みつけを回避!流石は明胤の模擬戦用アリーナだ、傷一つ無いぜ!それはそれとして俺が無事で済むかは知らないがな!
「まだ、来ん、の、かよ!?」
追撃の踏み潰しが来たので床の上を丸太のようにゴロゴロ移動!よし、動きはワンパターンだ!分かってきた!避けた直後に魔力噴射!半円を描く床上下段回転蹴り!俺を砕くつもりだった右脚に一発!
「なん…っ」
だこの手応え!?
大型トラックのタイヤでも蹴ったのかと思った。
まるでリアクションを取ってくれないのもあって、効いてる感じがしない。そしてその直感は、多分正しい。
今こいつはセンサーが剥き出しで、殴ればダメージが入る状態。だが、肉体強度が破格に過ぎて、今くらいの一撃じゃあ、大したポイント減少にならない!
逆に、
「くっ…!」
俺が攻撃して来たのをこれ幸いと、拳——前脚と言うべきか——を振り下ろす狼男!俺は当てた時には既に逆噴射で足を引いていたから間に合ったが、そうでなければペシャンコにされていたようにすら思える爆速の
〈ググググググ……〉
睨み合い。
黄色の虹彩と
俺の肉の味を楽しみに、ニタリと舌なめずりをする
動きは雑。さっきまでのニークトが見せていた、訓練された技巧ではない。直線的、最短最速、だから読めるし、心理戦も何もない。
そしてそんな事が問題にならないほど、速い。
要所要所で動体視力強化を入れることで、ギリギリ当てられないように動ける。逆に言えば、一つの緩みで被弾が確定、しかも当たれば甚大な被害。
散々に暴れ散らかされて、残りは124点である。
次喰らえば、9割方即死と思った方がいい。
「どうするんだよ、本当に…」
腹立ち紛れに呟いた、自分のその声に笑みがこぼれる。
こうなって湧くのが、“怒り”なんて。
どうやら絶望に呑まれてはいない。
俺の頭はまだ、「どうやって勝つか」の算段をしている。
「じゃ、勝つか」
あとどれだけの点数を削ればいいのか知らんが、殺意の高いバケモン相手なんて、むしろ得意分野だろ?
いつも通りに、いつも通り。
こっちの持ち駒から次手を見抜くような、
〈ガアアッ!〉
来た!速い!脳内で「来た」って言ってる時にはもう通り過ぎている!
だけども、
やっぱり、
「避けれるぞ!直球だから!」
当たれば殺せる一撃、それしかない。
そのままでは当たらないけど、俺が動く事で必殺になる、そういう妙手を打つ脳が無い!
二撃!
三撃!
四撃!
正面で床を蹴り、背後まで突き抜け、着地点をそのまま蹴って戻って来る!
これを何度も往復している!
俺が反応し切れなくなる、それを待っている!
それに奴の折り返すスピードが、徐々に上がっている。同じ動きに、奴自身が慣れ始め、最適化が進み、より早く、より速くと、縮んでいく!
例えば足払いでも仕掛けようものなら、俺の足が逆に捻じ曲がるだろう!
「速い」こともまた、攻防一体の技能である。
こちらから手が出せず、無理にぶつかれば大怪我だ。
強力な遠距離攻撃があれば違うのかもしれないが、残念ながら俺はそれを持たない。
だから、
まあ、
大怪我するしかないわけで。
「何点残るか…」
回り回って、“賭け”に戻って来る。
だが、この戦いが始まった当初と比べれば、「勝負になる土台に上がれている」というだけで、マシではある。
奴は、更に加速した。
次の次の次辺りでは、避けてからの立て直しが間に合わず、壊滅的なのを頂くだろう。
ここしかない。
何故かって、
そこまで速くなっているという事は、
「それだけワンパターンなんだよ!!」
俺と大狼、跳んだのは、ほぼ同時。僅かに俺が早かったかもしれない。
俺は左上にジャンプして、敵の攻撃をかわす。だが、高度があり過ぎる。俺が床に着く前に、地を踏み、また跳び、狩り殺す。二手で詰み。
そう見えたのなら、
俺に気を取られ過ぎだ。
〈グェッ!?〉
奴はどう思っているのだろう。
首に何かが絡まっている。
そして俺が居ない。そりゃあ、右後ろを振り返ってるからな。
今は、そっちじゃない。
「ォォォォオオオオオ!!」
俺の声が反対から聞こえて面喰ったのか左に目を向ける「オオオ!!」途中で俺がその視線とすれ違った。
〈ギャンッ!?〉
慌てて目で追おうとしている。
ああ、本当に素直で良い子だ。
ニークトとは大違い。
だから分かる。こいつはニークトじゃない。
こんな小細工、奴ならあっさり見抜いただろう。
「速い」?とてつもなく?
あーそうね、
とっても助かる。
俺はケーブルの巻き取り機構を起動して奴の背中に取り付いた。
反対側は魔力によって俺の左手まで運び、強化腕力で引っ張っていたので、奴の首が強力
何が起こったかって?
奴が罠に掛かっただけだ。
俺が自分の体を固定して、奴を止めようとしても、馬力の差は歴然。俺は止まるに、止まれない。
そしてこの場合、それこそが肝要。
ボーラ、或いはボララップ。
元々は、鳥などを相手にした狩猟で用いられた道具である。
両端に
そのロープ部分が獲物にぶつかると、その点から計って短い側が速く、慣性により強くなった遠心力を乗せて進み、きつく絡み付く。
ダンジョンもまだ無い時代から使われて来た、原始の武器の一つだが、実は現代丹本でも、警官の装備として使われていたりする。
両端が針になっている糸が、横に張った状態で発射され、直進。対象に当たると、針部分が慣性で前に進み、更に糸によって内側に引っ張られ、結果的に巻き付いていき、最後は端っこが衣服に刺さって拘束が完成。
拳銃は勿論、テーザー銃でさえ殺傷兵器扱いとして使えない、そんな丹本警察にとって、頼れるお供となっている、人道的拘束具。
俺も同じ事をやった。
といっても、今回動いていたのは、敵の側。
俺はジャンプしながら、ナイフと繋げたダンジョンケーブルを魔力で掴んで反対へ伸ばし、狼の進路上に渡してやったのだ。奴がそこに突っ込むと、俺と魔力で固定されたナイフに、その場に留まろうとする力が働き、更にケーブルに引かれる事になる。
ボララップと同じように、両端が、巻かれ、絡み付く。
更にその軌道は魔力によって、俺の意思で微調整できる。
そうとも。
狼自慢のパワーとスピードが、文字通り「その首を絞めた」のだ。
今俺が使っているのは、ダンジョンケーブルだ。
ここからどうするか、もうお分かりだろう。
「首を!」
高速回転魔力刃、
「もらって!」
発動!
「壁に掛けてやる!」
その表面に接している部分が広く、故に接触する刃長も長い!
しかも、“首”だ。
ポイントが減る速さは、過去最高となる!まあ俺からは見えないけど!
「うおりゃああああああああ!!」
〈グゥルルアアアアアアアア!!〉
大人しく!「しろおおおオオオオオオォォォォォォォ!!!!」
シールドと表皮が魔力に削られガリガリと嫌な異音を放つ!
そこに俺と狼の咆哮が乗せられ死力の四重奏となる!
まだ、まだ、まだ、まだか!?
こいつはあと何秒で倒れる!?
狼男がブンブンと首を振り、それでも離れないと見るや壁に突進する!
振り解けない!その程度で俺は!
それはそうと早く負けろこの!
体毛の層を突破したのか、散り飛ぶ色に朱が混じる。
血だ!
ならばボーナスポイントも入っている!
行ける、と思った俺の眼に映る世界は上下逆さ。
こ、れは、
狼が跳んで、背中から地面にダイブした。
「オゴアっ!」
魔力膜を地面との間に挟んで、それでも全身を襲う強かな衝撃に、握る力を緩めてしまう!
〈ガウッ!〉
起き上がった狼男はその勢いでお辞儀でもするように前のめる!
「うおっ!」
しまった!右手が離れて、しかも俺の体が狼の前へ!
掴まれ、握り締めれる…!
「あ、が、ア、ア、ア………」
ま、
意識が
切れた
ら、
ポイント
とか、
かんけ、
い、
な、
く、
負——
「終わりだぞ。ニークト=サトジ・ルカイオス」
気付かなかった。
いつの間にか、俺達のすぐ隣に、その大男は立っていた。
「フゥーッ…!」
大気が目に見えて揺らぐ程の灼熱を吹き、
「ハァーッ…!」
更にもう一段、深く吐きながら、既に触れていたらしい左掌底を、狼の左胸の奥へ押し込む。
「“水”、」
驚くほど呆気なく、その手が沈んでいき、
「そして“地”、だ」
バ ゴ ン!
急に弾力が上がったかのように、男の手が外側へ反発。
呼吸が楽になり、慌てて新しい空気を求めて、吸い損じて咳き込んでしまう。
俺をフン掴んでいた指が解け、自然落下。
じ、地面だ。地面に足が着く…!
「おうカミザ!ご苦労さん!」
身の丈2mに届くかという巨漢に、いきなりフレンドリーに呼び掛けられるが、1対1の決闘に乱入って、許されるのか——
「あ、そうだ!決闘って!」
「あん?なんだあ?気付いてなかったのか?」
俺は周囲を改めて見渡す。
ニークトが、人間態に戻ったらしい彼が、ぐったりと倒れている。傍らに白取先生が寄って来ており、何やら施しているように見える。
それはまるで、模擬戦が終わった後の風景に思えて、
「おめでとう、カミザススム」
大男が、そう言った。
「ギリギリだったが、お前の勝ちだ」
俺は残りのポイントを確認する。
65点。
そっか、
あっちの残りが、先に尽きたのか。
それを理解した時、
俺は卒倒したらしかった。
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