59.「切り札」と言うには、なんというか、その……

 ニークトは胸に受けた一撃を、まだ処理し切れていない。

 何が起きたのか、どうして起きたのか、それを探している最中だ。


 だから、押す。


 毛皮の強化とか有効なフットワークとか、そういう事を考える前に、

 ひたすらに、

 押して押して

 押し続ける!


 ニークトがたたらを踏んだ事で奴の左腕が引かれ、俺の右手が自由になっている。だから左拳からの噴流の勢いを利用し、そのまま右フック!途中で右肘からのスラスト!抉るような拳撃!鈍金が剥がれて地が出ている!通る!俺の攻撃が確かなダメージになっている!


 二撃目ともなればニークトも気を戻して俺を捉えようとして「お前!」だが俺は殴り抜けた流れで奴の右腕の下に潜り込んでおり瞬間的な対処ができない!

 防御も攻撃もままならない奴の胸、さっき剥ぎ取ってやった鎧の綻びへと左フック!途中でスラスト!着弾点が予測から逸れる為に腕でのガードが間に合っておらずヒット!

 

 俺は奴の左脇辺りで急停止、俺の動きを追って向き直って来るのを見越して右フック!そしてスラスト!同じ場所を狙いに来ると読んでいた奴の防御ぼうぎょわんに、ナイフでスラッシュ!右腕からの魔力噴出で軌道を変えた斬撃をお見舞いしてやる!打撃に気を取られた奴は、腕をざっくり裂かれてしまう!


 奴の右脇へ移動!まだ揺れている!俺の次手に対しどれを警戒するか考える前に左フック!と見せかけてナイフを持ち換えている!スラスト!半端に下ろされた剣をすり抜けスラッシュ!


 奴の左脇へ移動!ナイフか?拳か?俺の移動先を向きながらそれを考えている奴の腹目掛けて右フック!スラスト!下側のガードがおろそかになっていた為にヒット!

 

 奴の右脇へ移動!左フック!スラスト!スラッシュ!

 左脇へ!右フック!スラスト!ヒット!

 右から!左!スラスト!ヒット!

 左から!右!スラスト!スラスト!スラッシュ!


 右!左!右!左!スラッシュ!左!スラッシュ!左!右!左!


「くぬ、おお、おおお!?デン、プシー、ロール、だとお、おおお!?」


 流石、ご存知か。

 “デンプシーロール”。ボクシングのテクニックだ。

 相手の軸を強制的にズラし、自分の軸も合わせる事で、常に死角から打ち込むラッシュ。

 フックというパンチに隙が大きく、ガードもカウンターも容易な為に、弱った相手にしか通用しない動き、


 だが!


 俺がやっているのは移動幅も大きく、魔力スラストによる加速や軌道変更が挟まり、その上ナイフによる変わり種も混ざる特別仕様。


 少なくともこの数秒では、対応策の確立は至難!


「ガハアッ!ムッ!?」


 更に一撃を入れられたニークト、その背中が壁に叩きつけられ、身を引く事での衝撃緩和が不可能になった!横に避けようにも、俺が通せんぼする方とは逆に行くしかなく、そしてそこには攻撃を終えた俺が居る!

 

 けれど俺が居れる範囲が、

 360°から180°に狭まった。

 それは事実。

 

「読めるぞ!」


 右から左への一撃がまた入る!そして奴の右で止まった俺の足に噛みつくワンころ!俺の位置は読みやすくなり、使い狼の援護が遂に間に合う!







「あれ、今のはったと、思いましたが」

「ど、どうだあ、すごいだろぉ………」


 動体視力強化までもを、スムーズにオンオフできるようになって、カンナの攻撃を追えるようになってきた。それでも一撃昏倒しないようにする為に、全身全霊を費やさなくてはいけないのだが。


 次の一撃が来る。また頭、今度は踵落とし。

 俺は後ろに跳んで避けようと腰を落とし、両脚を引っ掛けられた。


「!?」

 

 転倒しながら1mmでも離れようとしたせいでカンナのストンピングが俺の股間に突き刺さる!


「グェッ!」

「おっと、失礼」

 そのまま踏みにじるような追撃!

「~~~~~~~~~~!?!??」

 

 絶対わざとだこの人!というのは置いておき、

 今のは何だ。

 どう考えてもカンナの物ではない手足が——


「!???!??!?!?!?」


 なんかいる。

 その、なんていうか、縮んだカンナ?なのか?

 小学生くらいの、ちんまい手足を持って、体の各部位の丸みが、少しだけ増して、

 だが表情から、判別できる。

 この世の物では無い美を持つ表面と、人の窮状を無邪気に笑う底の性根。

 間違いなく、カンナだ。

 

「俺の頭がおかしくなったのかな?ミニカンナが見える、それも2体」

「貴方は現在、眷属2体を用意した敵に、追い詰められています。よもやそれを、忘れたわけでは、いですよね?」


 そうでした。

 忘れてました。

 忘れてましたが、この仕打ちはないんじゃないでしょうか?

 カンナ一人相手でも、芋虫みたいになってんのに。


「魔力噴射による加速、魔力による動態感知、それらを、思い出してください」


 本体もミニ2体も、待ってはくれなさそうだ。


「そして、対処しなさい。徒輩とはいひき程度、脇目もれずに、処理しなさい」


 内蔵が裏返ったような、尾を引く痛みに悶える俺を、

 3人がかりで立ち上がらせる。


 あの、ごめん、今、ホントに、むり………


 男子特有の痛みに無理解な妖精さん達に、その後も急ピッチでボコられて、


 急に、気付いた。

 そうか、その手がある。







 狼は頭を横倒し俺の左足に噛みつこうとして…叶わない!

 攻撃対象部位にある多数の魔学的ホールからの魔力噴出!

 顎を閉じようにも口蓋を焼かれるような抵抗によって引かざるを得ない!

 吐き出された魔力は軌道を曲げ、脚の付け根、股関節の辺りの魔力孔まりょくこうと合流、残った分は再利用される!

 

 魔力流動による防御。それは魔力の塊を、一定軌道に沿って運動させる。この時、魔力塊の動力になるのは、それそのものの一部である。

 つまり、移動用エネルギーに使われていない残りは、ロスと言ってよかった。


 それを体内に戻す事が出来れば、実質的な使用魔力は大きく削減される。


 更に、脚からの魔力噴射に加え、それを戻す時に生じる衝突、その二つが俺自身を加速させる。攻撃や回避の補助、それに付随した防御。一つで二つも三つも取れる、攻防走一体の技術!


 

 魔力を回す。

 文字通り、決まった周を、廻転かいてんさせる。

 後は同時に、魔力感知を、研ぎ澄ますだけ。


 感じろ。

 意図的に漏らした魔力の一部。それが俺の周囲を漂う。

 そいつらが仕入れるあれこれを、逃すな。


 敵の所作による余波で揺れれば、肩を押さえる圧を受け取れ。

 異なる力に照らされたなら、針に刺されたように痛がれ。


 カンナに散々蹴り飛ばされ、「発動した物を避ける」、という事を諦めた。

 その前だ。

 技の起こり、力の猛り、

 気が発するうねりを、赤ん坊みたいに感じろ。


 敵の魔法からも、防御の為に纏われた魔力からも、漏出というのは、往々にして起こる。

 万一それがなくとも、敵の肉体そのものに、届く。

 それらと俺の魔力が接触するような、これだけの至近。

 ここなら。


 これまでの、膨大な情報を漠然と処理した、勘のような察知とは違う。

 相手の肌に、筋肉に、関節に、直接触れるのと同じ、


 魔力による、超細密動態感知。

 

 

 狼を弾いた勢いのままに左から右への攻撃!防御された上に攻撃になんの鈍りもない、どころか何故か加速し変則機動を描いた俺に、ニークトは付いて来れていない!


 次。

 もう1匹が来ているのが分かる。次は首狙いか。魔力噴出で対処。ニークトは、剣を投げて左手に持ち替えての攻撃か。避けながら腹に一撃。


 次。

 行き先に待ち構えていた狼の一噛みを紙一重で避け、ついでにニークトが蹴りを入れて来るのを察知したので、脚から後ろに魔力噴出。狼を弾き飛ばしつつ敵の足の下を通る。この時、カンナとの特訓から帰還して最初にやったように、足裏からの魔力循環を発生させ、ホバー移動のように“歩行”を伴わず移動。軸足となっている左脚にキックを当てる。


 次。

 狼は作業的に対処。ニークトの動きを精密感知、二手三手先んじる。一撃を入れ、左へ。

 

 次。

 狼が壁を蹴って飛び掛かるが、粗い。本体が焦ってるせいか雑な狙い。少し顔を反らす事で回避。魔力の動きを見て、ニークトの次を——


 止められた。

 体外魔力操作による防護膜。それはニークトもやっていた事。その防護膜の動きを、本体の腕から外す事で、ガードの腕が来る位置を誤認させた。

 魔力を使ったフェイント。

 しまった。

 筋肉の脈動と、魔力の蠕動ぜんどう。この二つに齟齬が生じていたのに、盲信的に魔力を本命だと思い込み、違和感を噛み潰してしまった。

 俺はニークトの腕を打った拳を引こうと、


——この魔力は何だ!?


 直後これまでにない魔力の揺らぎ!

 反射的に体の前面から全力で魔力を噴射してバックステップ、後転一回の後に停止!


 一番大きな破裂音!


 ニークトと、奴の前に番犬のように立つ2匹、それらが同時に急速膨張してから赤のペイントボールみたいに爆発!


 結構距離を取った俺でも巻き込まれる広範囲!防護膜を展開して直接触れるのは避けたが、これは一体?

 最後らへん、狼側の動きが不自然だったのは、今みたいに俺と奴との間に挟まる為か?そうだとして、俺はこれをどうする?企みをくじく為に突撃するか?魔力弾を撃って状況把握か?それとも何らかの罠だと見越して待ちの姿勢か?

 俺が一歩、踏みあぐねていたその時、

 

 撥音はつおん

 今のは、手を鳴らした?


「ヤバイ!突っ込むのが正解か!」


 俺は魔力弾を撃ち込みながら血煙けつえんに突入しようとするが、


「“神罰誅伐狼化禁王リューカー・ニュクティ”」


 もう遅い。

 詠唱の声を追うように、鈍い金色の残像が飛び出す!


「うおわっ!?」


 回、避、できていない!

 右腕のボディースーツが、皮膚が深めに切り裂かれ、ポイントが100近く減らされている!

 

 残り、328点。


 三割の命しか持たない俺を、そいつはのそりと振り向いて、殺意だけを籠めた眼光で射貫く。

 

 大きな狼、それは変わらない。

 体毛の色も同じ。

 サイズだけが、一回り増している。

 着ぐるみを強化した、にしては何かおかしい。何が変だ?

 手足が、狼のガワに包まれてる。

 これまでは狼の爪の下に、人間の手が出ていた。

 だがこれではまるで…と、そこで、四肢や頭、首などに巻かれた、黒いバンドのような物を見る。

 それ以外にも所々に、黒い服?繊維?装置?のような物が覗いて——


——ボディースーツか?


 世の中には、姿形を変える魔法、みたいな物が存在する。


 そういった能力を持つディーパーの為に、伸縮性が高く、ヘッドセットなども分割収納されるような、そんな防具も開発され、市販されていたりする。

 とは言え結構お高くなるので、着ている人は配信でしか見た事なかったが、


「ニークト、お前…!」


 これまで一度も使ってなかったから、分からなかった。

 しかしこの学園には、そういう装備の用意がある…!

 それにこいつの頭部の毛並みには、あの髪型の面影もある。

 つまり、


「変身系かよ…!?」


 それも、一目見て様子がおかしい。

 その瞳には、頂点捕食者の鋭利さが宿るが、

 

〈グゥルルルルルルルル……!〉


 野性を押さえるブレーキが見当たらない。


 嫌な予感がする。

 とっても嫌な予感が。


 あのさ、ニークト。

 身体スペックの向上と引き換えに、

 理性を失ったりとかしてない?

 ないよね?

 なんか喋って?

 あの、

 コミュニケーションを、


〈グォアアアアア!!〉

 

 気が付けば、

 目の前には大きく鋭いきょうそうが迫っていた。

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