57.ボコボコじゃないかーい! part2

「ああ!クソ!あの豚トロ過ぎんだろ!」

「レベル低過ぎ!イライラする!」

「こんな時ぐらい役に立てよニークト!俺の小遣い返せ!」

「あのローマン、急に爆発したり症状進行したりしてデ豚諸共自爆したりしてくんねーかなあああ!?」

「ダッサ。ローマン相手にあんな時間掛けてんだけど。あいつも学園出てけよ」

「いつものやり方だな。格下相手にも守り固めて、余裕で勝てると思ったら後からガン攻めし始めんの」

「あいつやり方がセッコいよな。“ギャンバー”の公式試合とかモンスター相手の実戦とか、絶対レベル高い場所だと通用しなくなるよな」

「あれでランク7だぜ?ローマンが入って来たことと言い、最近平和ボケしてウチの質下がってないか?」

「思った。なんか無駄に雑魚が多いよね。もっと厳しくしても良いくらい」

「詠訵さん?見て?ローマンなんか、期待するだけ無駄だよ?」

「ごめんね?今観戦に集中してるから」

「あ、ご、ごめんね?そうだよね詠訵さん、優しいもんね。あんな奴でも、心配だよね?でも——」


「はあい、ちょっと通してえ?ちょっとごめんなさいねえ。お、ヨミっちゃあん!そこかあ!」


 罵詈雑言が飛ぶ中、人垣を掻き分けて最前列に進む少女。

 青いラインが入った制服に、膝丈のスカート、白いハイソックス。

 黒フレームの丸みを帯びた眼鏡に、明るい茶色で二つ結びのおさげ髪。

 訅和どうわ交里こもり

 真顔でいればお堅い人物に見えるかもしれないが、その表情筋はいつも柔々やわやわで、快活で奔放な性格の持ち主だと、親友である詠訵は知っていた。


「あ、こもりちゃん!応援しに来てくれたんだ」

「と言うより、親友の私を差し置いて選ばれたパテメンって、どんな野郎だ?ウチのヨミっちゃんはやれねえぞお?って思ってお手並みを見に来たんだけど………」


 彼女は、その先を言いづらそうだった。


「ガッカリした?」

「いやあ、対戦相手のニークト先輩は強いよ?腐ってもランク7だもん。でもそれを踏まえても、イマイチ、パッとしないなあ、って言うか…。納得感が無いなあ…。どうしてあの子を選んだのかなあ?うーんんんん?」

「ちょ、ちょっと、何か変な事考えてない?」

「顔か?顔なのか~?」

「もう!違うよ!あ、『違う』って言うのは、カミザ君の顔がキライ、って意味じゃなくてね?」

「むふふふふふ~?」

 

 素直なのに、時にどこか読めない事をして、途端に頑固になったりする。

 そんな彼女を愛でるのも、「親友」の特権の一つだと、交里はそう考えている。


「でも来てくれてありがとう。ちょっと、その、居辛かったから…」

「あー………」

 

 交里は今来たばかりだが、ここで不平不満を発散してる連中が、決闘開始前まではニークトに媚びていたのは分かる。

 “ルカイオス”の名が怖くて、いつもは彼の横暴にお追従ついしょうを並べている、その程度の肝っ玉しかない小市民達。密かにニークトを良く思っていない者、それが多数派であると知れたら、こうやって聞こえないところで好き放題。

 試合が始まれば魔力障壁が音すら遮断し、まるでマジックミラーのように、内からは壁にしか見えなくなる。カメラ関係も全て障壁内であり、客の野次など拾わない。教師の目も、今は届いていない。


 そうやって安全だと約束された事で、出し抜けに生き生きとしだすのだ。自分達が、彼が嫌われていると、一方的に知っている。ただそれだけの優位性で、空っぽの誇りを満たしている。


 家名を笠に着る事に、遠慮会釈も無いニークト。

 彼がルカイオスと知りながら、噛みつき返したらしい編入生。


 交里にとっては、今戦っている二人の方が、無責任な観戦者達より、幾分か好感触である。

 前者は「音の高いからだる」だし、後者は情報不足だから、「マシ」というだけだが。


——それにしても、


 交里はチラと、離れた所で一人熱が入る、小柄な人影に視線を流す。

 いつもニークトに、金魚の糞みたいにくっついてる、確か、八守とか言う名前の少年。


「ニークトさまあ!やれ!そこッス!やった!当たってるッス!つよい!強いッス!やっちゃえッス!」


 あのルカイオスのワガママ小僧でも、本心から懐いてる従者があそこに居るのに、公然と悪口大会とは、無謀過ぎやしないだろうか?げに恐ろしきは集団心理だ。


「ああ…!」


 親友の悲痛な叫びで、試合展開に引き戻される。

 そんなにあの青年と、一緒の部活に入りたいのか?交里にはよく分からない。


 兎に角、壁に追い詰められた彼はニークトの頭上から仕掛けようとして、果たせずに殺戮陣の中心へ。Pポジションに向いてそうな身軽さで、あまり見ないような挙動をしていたが、


 珍しいだけだ。これで決定的に——


「おろっ?」

 

 踏み込んだり、溜めたり、そういった動作は見られなかった。足の動きすら無かった、と思われた。

 しかし現実として、ニークトの左脇を抜けて、その青年が囲いを脱した。

 静止画をスライドさせたみたいな、不自然な移動。


「魔力流動を自分の足の下で起こしてキャタビラみたいに……?いつも相手の足を取ってるやり方を、自分に向けて使うっていう逆転の発想かな…?」

「うおう」

 

 「こちらも流石はランク7」と、交里は親友の分析眼に舌を巻く。不可思議から答えまで、2秒も掛かってない。


 そして2秒あれば、ディーパーの戦闘は三転くらいする。


 今の回避は、狼によるフットワーク封じロックを免れることと引き換えに、ニークトの斬撃を受けに行っていた。ノーダメージでの解決は不可能だったのだろう。ポイントは1000対411。“ワンサイドゲーム”だったのが、“パーフェクト”に達しつつある。

 観る側を驚かせる事はできたが、延命に過ぎない。

 ここでまた距離を取っても「いや?」ナイフを持った右手で刺しに行く!これ以上逃げても後が無い事を悟ったか!

 しかし左後方から仕掛けられたニークトは冷静に一歩離れながら振り向き、左腕の爪を打ち込む。視界の外に行っても、ぴったり追えている。意表を突くなど出来ない堅守。あの硬さと視野の広さが、RルークKキングのポジションにあれば、そこそこの活躍ができるだろうに。本人が嫌われていることが、交里には惜しまれてならない。


 乾坤けんこん一擲いってき攻転こうてんをあっさり打ち破られかけている青年

 の右肘が急に畳まれる。


「あれ?」

「おろろっ?」


 さっきまで前へと突き出していたにしては、有り得ない速度で拳が帰って来た。前腕で相手の拳を受け止め、爪を外へといなす。が、それでもニークトが、内側へと手を引き戻せば、それで腕を切り裂けてしまうだろう。まだその左手は大ダメージの布石として生きている。


 そして、それをやらない理由の無いニークトが、左腕に籠めた力を、「押し」から「引き」に転じる、

 

 その合間だった。

 

 右腕から受けた衝撃を利用した、左拳でのカウンター。

 そんなもの、誰しもに見えていた。

 ニークトの鎧を貫けるわけもなく、

 だから誰からも捨て置かれ、

 一瞥の後に忘れられた、

 

 その拳が、

 消えて、

 

 


 風船が、爆ぜる音がした。

 赤と金と黒色が、パーティークラッカーの紙吹雪みたいに、

 ワッと、内から散り飛んだ。



 大狼おおおおかみ胸皮むながわが、ぶち破られたのだ。


 


 そこから数十秒の交錯、

 見る者は誰一人、声を出さなかった。

 息すら止めて、理解に努めた。

 

 動きと言えば、

 何人かの口角が、


 人知れず、

 緩く上がっただけだ。

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