57.ボコボコじゃないかーい! part1

「少しは成長したかと、黙って見ていれば…」


 まずあのボリュームの髪を、どうやってそのサイズのポニーテールにしたのか、そこから聞きたい。右目は変わらず隠れてるのに。


「今の貴方は、敵と同じ事をしても、押し負ける。その認識は確立できたと、そう思っていたんですが?」


 それから胸の所にでっかいネームプレートで、「かんな」って書いてあるのは何のこだわりなのか。俺の中での体育着が、小中で止まっているのが原因なのか。

 何のとは言わないが膨らみが布を押し上げ、丈が足りずにヘソが出ている。


ぼうっと、相手が陣を組む事を許し、数を用意され、相手の得意である、行動妨害の刺し合いに終始し…」


 あと、その、ボトムスに関しては、短いとかいう話でなく、内に入ってるって言うか、何だっけこれ、“ブルマ”とかいう……俺それの実物見た事ないけど!?なんでそれチョイスした!?しかも裸足はだし


「勝ちを拾った際のやり方を忘れられず、そればかりに前のめりに……聞いてますか?」

「………全然聞いてないんだけど!?」

「何で貴方が怒るんですか。減点です」


 そんな格好しといて、俺に集中させる気ある!?

 記憶を完全再現とかじゃないからな!?「おちょくろう」っていたずら心全開だろ!


「あれ、そんな態度で行くんですか?良いですよ?このまま時間を進めても。これを維持するには、脳に著しい負担を掛けるので、いつまでも、居れるわけではいのですが…」

「はいすいません、黙って聞きます」


 正座しとこ。


「では、ススムくん。今の戦い、貴方は何が、いけなかったでしょう?」

「えー……と、」


 思い返してみると………


「三回目に仕掛けた時、ニークトからいきなり近寄られて、最初やろうとした事が出来なくなった時点で、大人しく後退してればアグッ!」


 突然顎下に指を添えられ、顔を上に向き直らされる。と言っても、カンナは屈んだりしておらず、立ったまま俺を見下ろしている。どうやってるかって?別に不思議ではない。指と言っても足の指だからだ。

「十点減点、です」

 左足を掌みたいに器用に使って、俺の視線を上げさせたのだ。

 一本足を軸に、もう一本は前に浮かせているのに、その立ち姿に、不安定さは無い。

 地を踏む部位だというのに、砂ぼこり一つ触れさせておらず、付着しているのは甘い匂いだけ。

 まあ、いつも浮いてるし、ここは夢の中みたいな物だから、当たり前なのかもしれないが。


「それ以前、もっと根の深い、そういった課題ですよ。本当に聞いてませんでしたね?」


 今度は足の甲で、左の頬をぺちぺち叩かれる。焦りに焦っていた頭には、その肌の冷たさがちょっと心地良い。


「もっと、根本?え?どういう…?」

「乃ち、貴方の向上心不足です。敵が魔力感知に長けている。それはその通りでしょう。しかし、何故あんなにも、容易く読まれるのか?この答えとしては、部分的な物でしかありません」


 ニークトが魔力の動きを含めて、俺のやる事に先回り出来るのは、魔力を詳しく感じ取れるから、だけじゃない?

 そして、俺の「向上心不足」って………


「あ」


 いや、そうか。


「攻撃が回転刃しか無い、って事を言ってる?」

「その通り。編入試験時は、選択肢の狭さを逆手に取って、結果的に面白い事になりました。ですが——」


 100回やれば、99回外すような、あてずっぽうが当たっただけ。

 いつも通用するわけがない。


「にもかかわらず、浅・中級のモンスター相手に通用した事もあって、貴方はそれを、必殺だと勘違いしています。これこそが問題です。危険を承知で覚悟を固める、その心根は好感に値します。ですが近頃は、危険を容認し過ぎです」


 「半端な深度での、思考の停止が、目に余りますよ?」、あうっ、額を爪先で小突かれた。


「貴方は何処かで、『どう間違っても、最後に回転刃による択一を迫れば、勝ち目を生み出せる』、こう考えています。この思考の良し悪しは、言わずとも、知れているでしょう?」

「う…、確かに、心当たりしかない」

 だけれども、

「でも今回は、俺の持ってる手札の中で、それしか有効な物が無いから、他に手立てが無いんjあガッ、アガッ、アガッ」

     「はい、はい、はい」

 

 今度は踵を軽く、頭にポカポカ落とされる。


「凝り固まってますよ?もっと小狡く行きなさい?本当にそうだとして、貴方がそれを馬鹿正直に、彼に教えてあげる、そんな得がありますか?」

「……あ、ぁあっ!?」


 そっか、相手がこっちのやれる事を全部知ってるって、そう思い込んでいたけど、よく考えたらニークトにとっては、確定情報じゃないんだ。

 試験の時みたいに、配信に乗せずに、奥の手を用意しているかもしれない。その疑惑で揺さぶるだけでも、相手に与える自由度が全然違う。

 だけど俺は、既知の手段で三度、それも三度目は少々強引になってでも、同じ勝ち筋にこだわった。


「今回の場合は更に、追加点、という餌も有りました。目の前の御褒美に夢中になって、狗尾草エノコログサに飛び付く猫のように、扱い易くなっていましたね」


 伏せられたカードなんて無い、そう宣言したも同じだ。

 もうその時点で、情報戦に一つ負けている。読み合いに持ち込んだら、あっちが有利になるのは当たり前だった。


「それでニークトは、防御のリソースを一部攻撃に回しても大丈夫だって、そう判断したのか……」

「貴方はと言えば、ただでさえ勝利が遠いと言うのに、更に分の悪い賭けに、自らの身を投じ、そうして——」


 今この状況、ってことね。

 ………うん、俺が100悪い。カンナもそら怒る。何やってんだコイツ、自分が基本は狩られる側だと忘れたか。


「か、カンナぁ…、これ、どうすれば…」

「知りません。元はと言えば、下手したてに出ていれば宥められたかもしれない相手に、無為に好戦的に出たが故の究竟くきょう、違いますか?目の前で否定意見を喚かれただけで、要らぬ返事をしてしまう、己の短気さを呪えば良いのでは?」

「う、うう…、ごめんなさい…、何も言えません…」

 「みんなのため」とか言って、完全に余計なお世話でした…。

 俺が変なプライド持ってただけです…。

「と、本来なら放っておくのですが」


 カンナの声の調子から、幾らか冷たさと険が取れる。


「この学園で、“新開部”という集団が、最も面白そうであるのは事実です。始業式から今日までの一週間。決闘騒ぎ以外で、学園に縛られている間は、思いの外退屈が上回ってしまいました」

「え………」

「あれに所属する事は、私の望む所でもあります」

「え、え………」

 床に手を着いてガックリとしていた俺は、差し込んだ光を見て、なんとか顔を上げる。

 俺に呆れる時、いつもそうするように、半目で睨みつけた彼女は、


「今回は、特別、ですよ?」

 

 菩薩の言葉を下げ渡してくれた。


「あ、ありがたやー!!!」

「うわ、煩いですねえ。もう少しお行儀良く出来ないのですか?」

 もうプレミアなんて一切無いけど、土下座しておこう。最敬礼超えて、最上位服従礼だ。


つくづく、手間の掛かる方ですね……」


 ただ気になったのは、

 彼女のその声が、

 思ったよりも、嫌そうではなかった事だ。


 俺の願望かもしれないけど、

 彼女が楽しめてたらいいな、なんて思った。

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