52.黄昏少女、かく語りき part1

「見て見てカミザ君!メニューが一杯あるよ!私、中等まではお弁当だったから、じっくり見たの初めて!向こうにある喫茶店は、友達と結構行くんだけどね?」

「へ、へー、そうなんだあ……」


 推しの新情報がインプットされるのは、喜ばしいことなんだけど、後ろめたさと危機感で、生きた心地がしない。


「と、取り敢えず席取っとくから、先に買ってきていいよ?」

「ほんと?分かった!ゴメンね!すぐ戻るから!」

「ご、ごゆっくり~」


 憂いなくニッコニコな詠訵も可愛いなあ。という感動を活力に、俺はこれからどうするかについて、頭と気を回す。

 目立つ場所、且つ二人席。

 邪推されない為、何もしてないと見て分かる場所。そしてここなら、何か買わないと近くには来れない。あの時の俺が考え得る、最善最良がこれだった。

 

 屋外の席なんて、風とかのせいで食べにくくなるだけでは?って思ってたけど、今は大変役立っている。ありがとう、オサレカフェ。


 誰一人隠す気の無い視線の砲火に晒されながら、胃があるだろう辺りをさすり、大人しく詠訵の帰りを待つ事にした。このまま逃げ出す、という選択が、若干魅力的だったのはナイショである。




「頂きます」

「い、いただきます…」


 詠訵が選んだのは、よく見るようなエビアボカドサンドと、アイスティーだった。

 正直食欲があまり湧かないのだが、俺はソーセージが入ったしょっぱいクレープにした。カンナが興味を示したからである。………いやいや!喋れるんなら助けてくれよ!食事に注文付ける時だけ、しっかり出てきやがって!犯罪的イリーガル腹ペコモンスターめ!

 それに今俺、必死で食事に集中してるけど、味が分からんのだが。これの記憶って美味しくなる?後から文句言われても知らないからなあ?



「そ、それで、さっきの話なんだけど」

「あ、うん!そうだったね!パーティ結成の話だった!」

 黙々と食べること10分ほど。

 詠訵がサンドをお腹に入れ終えたあたりで、話の続きに戻る。待ってる間、彼女の食事をチラチラ見てしまったが、カンナといい、綺麗な女の子は食べ方も洗練されてる。自分と同じ生物とは思えない。「すげえ…神秘だ…」とか馬鹿な事を思いながら、ボケッと見てたせいで、途中で何度か目が合ってしまったくらいだ。


「先に聞くけど、って言うか、こういう聞き方は失礼かもだけど…」

「いいよいいよ!何でも聞いて?」

「詠訵は、さっきの提案がネットとかにれたら、最悪“くれぷすきゅ~るチャンネル”を大きく傷つけるって、それは分かってる?」

「え?………ああ!さっきから様子がおかしかったのって、まだその事気にしてたんだ?」


 その事です。

 ファンとしては最重要事です。


「一応、アイドルみたいな感じで追ってる人も居るだろうし、それに今まで、“く~ちゃん”は表立って、臨時のパテしか組んでないだろ?詠訵にとっては、数ある所属パテの一つだろうけど、リスナーから見ると、初めての固定パーティーになるわけだ」

「あ、私学校でも固定のパテ組んでないよ?」

「………うん?じゃあさっき、『俺らのパーティーに入れるなんて納得できない』、みたいに言ってた人って?」

「ああ、あれ?私は『ここが固定メンバーだよ』、なんて一言も言ってないんだけど、お邪魔する頻度が他よりちょっと多いから、正規メンバーになったって勘違いさせちゃったらしくて」


 「ごめんね?後で私からちゃんと言っておくから」、

 やめれ、次の嵐を呼びかねん。


「なおダメだ。初めてのパーティー、しかも所属は二人だけ。他の人から見ると、本当に“特別”になっちゃうから。要らない裏読みを生むだろ?」

「う~~~ん」


 俺的には、当たり前の警戒だったつもりだが、彼女はまだピンと来ていない。


「要するに、私に『彼氏』がいる、そしてそれがカミザ君だ、って思われる、って事だよね?」

「そう!そういう事!」

「それって——」


——何か問題なのかなあ?


 何ですと?

「いやいやいや!ファンが離れたり、酷いと反転して暴れ回ったり、大変な事件に」「それってさあ?」


 「本当に私の“ファン”かなあ?」、………?どういう事?


「じゃあカミザ君は、私に彼氏が居たら、ショックだったりする?『もう見ない!』ってな」「そんなわけないじゃん!」「うわ!びっくりした!」「あ、ごめん」


 俺としては、エネルギッシュな彼女から、幸せをおすそ分けしてもらってる立場だ。

 相手が犯罪者だという動かぬ証拠が出て来たりしたら、不安になったりはするけど…、いやでも、そんなの当事者しか確定できないんだし、正直考えるだけ無駄だ。彼女本人が良くない方向に行きそうだったら、要望だけ質問フォームに投げて、判断は本人に任せる。

 彼女はヨミトモの操り人形ではないのだから、俺がやれる事は、これくらいだろう。

 

「でしょ?私が思うファンって、最近あった良かった事とか、そういうのを共有できるくらい、需要と供給が合致した人、なんだよね」

「いやでも、現に今、アイドルとして見てる人は結構多い、と思う。何度かボヤ騒ぎがあったし…」

「それで怒ったり、離れていったり、そういう人なら、私の配信に来なくて良いかな、って私は思っちゃうな」

「えええ…?いや、それでも、今獲得出来てる客層を、積極的に切り捨てる事も無いんじゃあ…」


 くれぷすきゅ~るチャンネルは、今ノりにノっている。全盛期は一日に5000人レベルで増えていたし、今もなんだかんだ、1000人ずつくらい伸びてたりする。それを打ち止めて、どころか、流れを逆転させてしまう、そういう事態にだってなるかもしれない。


「そもそも、その人達を最初っから『お客』扱いしてない、と言うより、まず私の配信って、趣味で始めたら実益が付いて来た、ってだけなんだよね」


 「まず『お客さん』とか『仕事』とか、そういう構えじゃないんだ」、国内でも指折りの成功を収めた、ダンジョン配信の女王は語る。


「確かに、『私はファンのみんなと付き合ってます!彼氏は居ません!』、って言う方向性で売り出してる子が居て、それを売りにしてお金とか集めて、後から嘘だったって分かったりしたら、少なくとも、怒る気持ちは分かるんだよね」

「ま、まあ、それはな?」

「あ、でも、休みの日とかにコッソリ会ってたのに、週刊誌とかにスクープされるのは別だよ?プライベートな事して、仕事に支障が出るから隠してたのに、それを暴き立てるのって、それは違うと思う。

 例えばだけど、『この人は神の御許みもとに召されました』って、お葬式を挙げてからお墓に埋めたのに、後から棺桶を掘り返して、腐ってるところを見せつけて、『こんなに不快な見た目になってる!教会が言ってるのはデタラメだ!』って叫んで、それって神父様とかが、謝らなきゃいけないのかな?」


 「監督責任はあるかもしれないけど、一番の罪に問われるのは墓荒らしさん、だよね?」、そう付け加える。

 「傷つかない為のお約束」、「方便としての嘘」、「思い出を美しいままにする為の、隠し事」。それをその手で破った者が、本来罰せられるべきだ、と、彼女は言う。


「それで、私の話に戻るんだけど、私は『アイドルです!』とも、『皆さんにみさおを立てます!』とも、言った事無いんだよね。私とみんなとの間にある『約束事』は、『私は新しい事に挑戦して、それを出来るだけ楽しく見せます』、『私と同じように、これを楽しいって思う人は、ちょっと見ていってくださいな』、これだけ」


 「新規で見に来る人は、今でもすっごく多いから、配信内でも何度か、改めて言ってるでしょ?」、確かに彼女は、自分のスタンスを複数回にわたって、表明している。TooTubeのチャンネルトップにも、全ての配信の概要欄にも、ファンが作った非公式wikiにさえ、それはしっかり載っている。


 「くれぷすきゅ~るチャンネルは、『楽しい』『嬉しい』『見たことない』を共有するチャンネルです」、と。


「私としては、自分がやってる事で、誰かが喜んでくれたら『』、ってだけだったの。収益だってその為に使うし、そういう活動を応援したい方はどうぞ、ってこれも何度も言ってる。私と付き合いたい人が、そのコンセプトを勘違いしてたとして、『これまで貢いで来たから、その恩を裏切らないで』って言われても、困っちゃうだけなんだ」


 確かに、そういう手合いに言える事は、「概要欄くらい見ろ」、だけだろう。化粧水と歯磨き粉のチューブを間違えて買ったとして、パッケージとか商品詳細くらい確認しろ、としか言えない感じ。


「だとしても、収益がガクンと落ちることもあるだろうし、逆恨みで攻撃されるかもしれないだろ?」

「その時はそれこそ警察の方とか弁護士の方とか、そういう詳しい人に相談だね」

「でもストーカー被害とかだと、動きが鈍いって言うし…」

「もし直接来るんなら、私が“正当防衛”すればいいだけでしょ?」


 あっはい。

 人類の中で上から数えた方が早い人は、言う事が違いますね。


「あと、収益は正直気にしてないよ?だって、ディーパーの稼ぎで生活は成り立つから。最悪今すぐ配信者を辞めちゃっても、私の方は何も困らないんだ」

「ええあッ!?」

「あ!違う違う、例えば!例えば仮に、ってことだよ?」

 

 良かった。齢十六にして心臓発作を起こす所だった。

 俺の“生きがい”はまだ無事か。まだあたたまれるか。

(((今のも気色が悪かったので、減点します)))

 お前は、はよ、出て来い。

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