51.危ないから!冗談抜きで危ないから!

「詠訵さん!どういうつもりなの?」

「さっきのは方便だよな?本当にあんな奴と組むわけないよな?」

「ニク豚は嫌な奴だけど、そんな手段で対抗することないよ!」

「そうそう、さっさとランク8に上がっちゃえば良いんだよ!」

「あんなデブとインチキ、どっちの相手もするべきじゃないだろ!」

「クラスの平和の為にも、本人の為にも、早めに追い出すべきだ!」

「あいつをパーティに入れるなんて納得できない!」

「俺達はあんなのとは組めないよ!昇格が遅くなるし、評価も下がる。メリットが無いし不快だ!」


 チャイムが鳴り、担任が今日の時間割の終了を告げてから、間髪入れずに詠訵の周りに、人だかりが形成された。


 避けられてるのは分かってたけど、「憎しみ」レベルまで深くなってる。予想より悪い。

 それに、もうちょっと聞こえないように、気とか使わない?普通。

 俺を人扱いしてないのか。だから何を言っても許されると思ってるのか。「許される」「許されない」を意識する程、俺に価値を見出だしてないのか。それとも、俺が弱いからどれだけ怒ろうが、何も怖くないと思っているのか。

 いや、全部か。


 本人の前でボロクソ言う事に、恐ろしさも後ろめたさも、感じていないのだ。

 

 これまで何度も経験した事。だが今回の場合、彼らは優秀なディーパーで、6年間で固めた結束があり、詠訵の、あの“くれぷすきゅ~るチャンネル”のたすけを受けた事への怒りもある。過去類を見ない程、苛烈であからさまだと言えた。


 こうなると、彼らの言い分の正しさを、彼ら自身が証明している。

 詠訵が本当に俺と組めば、この場に居る内の何人かが、俺だけでなく彼女そのものにも、悪感情を向けるだろう。これまで築き上げて来た、友情やコネクション、それが崩壊する危機だ。パーティーメンバーだって、嫌いな奴と組まされたら、パフォーマンスも悪くなる。


 詠訵の側は、失う物しかないのだ。


 そしてこのニュースで波紋が広がるのは、何もクラス内、学内に限った話ではない。


 詠訵は活動2年目で、しかし明胤学園の生徒である事は、既に大勢の知る所となっている。

 今では本人も開き直って、制服姿で潜行してたりするが、本来これは恐ろしい話なのだ。

 何故かって、外から覗き見たにしろ、内から漏れたにしろ、明胤学園の内側は、世間と繋がってしまっている、という事になるからだ。

 学校内でも機密の話なら、隠し通せる。

 が、生徒が知れるレベルなら、割と筒抜けになってしまう。


 「くれぷすきゅ~るチャンネルの“く~ちゃん”が、カミザススムをパーティメンバーに指名」、これが拡散されないわけがない。下世話好き共のターゲットにされたら、「熱愛」みたいなスキャンダルに仕立て上げられ、大炎上にも発展しかねない。

エンタメ界での名声も問題だが、厄介ファンやら反転アンチやら、そういう連中が暴走すれば、私生活がトラブルに巻き込まれる。


 彼女はファンを大切に思っているし、そこに信頼関係があると思っているだろう。自分はやましい事をしていないと、胸を張って言える信念の人だ。問題は無いと、断言してしまうのだろう。そういう彼女を、俺は推している。


 実際、外野が騒いでも平静を保ち、事実を見極め煽動に乗らない人だって、確かに存在している筈だ。事実として、そこには恋愛の「れ」の字も無いんだから、ちゃんと判断出来れば、騒ぐような事は何も無い。


 が、冷静でいられないリスナーも確かに居る。最初のインパクトによって、それ以外の情報が入って来なくなる程、盲目的な“行動”に走ってしまう者も居る。


 そしてその割合が低くとも、致命傷になる事もある。


 現在のTooTubeにおける、くれぷすきゅ~るチャンネル登録者は300万人超。例えばこのうちの1%が、報道によって一時的にでも動揺し、更にその1%が、感情のままネットに書き込んだり、周囲に言い触らしたとする。

 一つの言い掛かりが300の悪い憶測を生む。最初の一発では動じなかった人達にも、その後の300もの追撃によって、揺らいでしまう人が出るだろう。

 ネットによって誰もが広く発信できてしまう事で、これが連鎖を起こし、伝言ゲーム効果も合わさって、人を不安にさせる情報が爆発的に広がる。

 規模が大きく、目立つようになれば、元々くれぷすきゅ~るチャンネルを良く思っていなかった者、成功者は誰でも憎んでいる者、争乱を誘発する事に楽しみを覚える愉快犯が参戦。


 本人もほとんどのファンも、問題行動を何も起こしていないのに、「不祥事」「マナーが悪い」「やらかした」と騒がれて、界隈内外からの評価を落とされる。挙句の果てには謝罪を求められ、応じるなり弁明するなりといった、必要無い筈だった、気が滅入る“作業”を行うハメになる。


 だと言うのに、悪評を聞いた人間が全員、本人発の続報を追うとは限らない。最初の悪いイメージのまま、訂正も更新もされずに離れていく人々。

 ファンと作る楽しい思い出に水を差された上に、引き入れられた筈だった新規視聴者を失う可能性も高い。


 どれだけ完璧な対応をしたとしても、槍玉に挙げられた時点で、小さくない損を被る事が確定する。それが「ネット炎上」というものだ。


 対抗策は、重箱の隅からすらも、突かれる隙を徹底排除すること、それしかない。




 俺は、詠訵に助けられた。

 それはニークトとの討論、という話だけではない。

 「カミザススムと共に戦いたい」、そう言ってくれる初めての人間だったという意味でも、俺の心を癒してくれたのだ。

 「一人でカミザススムの問題を補える」、そして、「カミザススムに大して嫌悪感も持っていない」。ニークトへの反論として、「そういう自分みたいな人も居るよ」という、仮の話として言ったことだろうと思うが、俺には本当に嬉しかった。


 感謝してもし足りない。



 そしてだからこそ俺は、

 彼女に近付いてはいけない。



 リスクマネジメント的観点では、詠訵の行動はかなり良くない。

 良いか悪いかじゃない、危険なんだ。


 事はアイドル的な売り方をしている配信者の、色恋沙汰ゴシップなのだ。匂わせたり、疑念を持たせたり、それが罪となる世界なのだ。


 舞台裏で休んでいた、着ぐるみの中身を激写されて、責められるのは非常識な撮影者か?


 違う。「不注意にも撮られた側」が、世間の信用を一方的に落とすのだ。


 現時点で、取り返しのつかない騒ぎになりつつある。これ以上、詠訵の迷惑になるわけにはいかない。今俺に出来る事は、これ以上接点を持たないよう、そして関係がここで切れるよう、彼女に思う所が無いような顔で、黙って離れる事だ。

 そうすれば、ネットニュースに書かれるのは、「秘した関係を思わせる男女、大人気ディーパー禁断の恋か?」ではなく、「論破されたローマン、恩知らずにも人気ディーパーに礼の一つも言わない」になる。


(((い仲を疑われる事前提で慌てるの、逆に自意識過剰ではないですか?お似合いに見えると、自身で思っている、という事になりますよ?)))

(こういうのは過剰なくらいが良いの!一回のミスで大変な事になるんだぞ!?俺も一応生物学的には男性だから、可能性ゼロだと判断してくれない場合があるんだよ!)

(((昨今は、女性同士でも、ゼロでは無いのでしょう?)))

(今そういうの良いから!それにそっちは歓迎する層が居るから!)



 更に、俺の素顔が世間に割れているのも良くない。

 彼女の所属校は速い段階でバラされたが、それ以上の身バレに対する防御は鉄壁だ。くれぷすきゅ~るチャンネルと詠訵ミヨを、イコールで結び付ける確証を持つ者は、恐らくまだいない。

 だけれども、仮に俺と彼女が意気投合し、有り得ないけど万が一、行動を共にするのを学園外で目撃されたら?

 「く~ちゃんとカミザススムは仲が良い、つまりこの女の子の方がく~ちゃんだ!」、なんていう割り出しも出来てしまう。

 そうなる前に、俺はこの場から消えるべきだ!



 作戦を決議した俺は、通学鞄を手に足早に教室を去り、


「待って!カミザ君!」


 5秒もせずに呼び止められた。


 振り返ると、詠訵が走って追いかけてくる。

 ??????

 何してんの?この人?


「もお!何でパテメンを置いて行っちゃうの?そりゃあ、毎日行動を共にするわけじゃないけど、でも初日くらい、ちゃんと親交を深めようよ!」


 はい?「パテメン」?誰が?


「な、なあ詠訵。本当に俺と組むつもりじゃないだろ?」

「え………?」


 すっごい悲しげな顔された。何が起こってるのか何一つ理解できないのに、罪悪感だけはつのっていく。


「私、そのつもりでいたんだけど、もしかして、本気にされてなかった、のかな…?」

「え、あ、いや」

「それとも迷惑だった?」

「め、めいわく?」

「ごめんね?私、一人で勝手に盛り上がっちゃって…」

「ごめん、まず、整理させて欲しい」

「あの、どうすれば良いかな?何をすれば、私を仲間だって認めてくれる」「待って待って待って!」


 なんで選択権がこっちに渡されてんだ!?

 え?これ言わなきゃダメ?

 「スキャンダルが怖いから、あなたとはパーティを組めません」って、俺から言わなきゃいけないやつ?今のこの、切なげな詠訵に?衆人環視の中?俺常態の女の子相手にだって、話したことあんま無いんだよ?居るだけで人を不快にさせる男だよ?傷つけない断り方とか、持ってるわけ無いんだけど?


 ああ!後ろのお前!撮ってんじゃねえよ!見世物じゃねえんだよ!マズい!推定有罪映像を握られた!クソォッ!このままじゃやられる!!


(カンナ!何か、何でも良い!女性視点から!どういう感じが理想かを教えてくれ!)

(((………)))


 あ、あれ?カンナ?どこ行った?

 ほんと何でも、遠回しでも良いから、何か無い?


(((すいません、ススムくん)))

(カンナ!)

(((ゆえあって、姿を現せません。自力での離脱を、お願いします)))

(え?おい?どうした?カンナ?応答しろ!カンナ!?カンナアアアアアア!!)


 いや声が届くなら助言くらい可能だろうが!


「カミザ君?」

「………あのさ!詠訵!」


 これしかない。

 この道しか、開いていない!


「食堂行かない!?」

「……え?食堂?」

「そう!良いだろ!?お昼時だし!カフェテリアとか気になるんだよなあ!それに!俺達には!話し合いが!必要だよな!?」

「うーん……」

「な!?」

「うん!分かった!」


 よおし!まだ軌道修正チャンスはある!


 おい聞いてるか!?後ろのお前ら!まだパーティー加入は確定じゃない!それをハッキリさせる為の話し合いだ!分かったな!?

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