50.一々ご高説ごもっとも part1

「お前は!この学園に!不相応、だ!」

「いやそれはさっき聞きましたから」

「お前が入れたのは!間違いだ!それか!不正だ!」

「聞きましたって!その先をお願いしたいんですけど」


 随分と声の大きい、そして体の大きい男である。見た目だけで言えばR(ルーク)ポジションっぽく見えるが、果たしてこれは偏見だろうか。

 制服のラインが黄色、という事は、一学年上の先輩だ。

 立派な金色で、前へトゲトゲしてる髪型をしているが、粗雑に押さえ込んだ感じではなく、整髪剤で作られた形だ。首元のボタンを使って、上着をマントみたいに羽織る、不良感バリバリな格好。だが所々に配されたシルバーや、皺一つなく純白で、良い生地が使われてそうなシャツや靴下が、裕福さを最大限主張している。


 そう思って見れば、堂に入ってる威張り方だ。人を見下す事に慣れてるというか、そもそも意識すらせずそうなっている。

 何か命令したら、相手がその通りにするのが、当たり前、と言うか。

 俺の嫌いな人種だ。こういう奴って、俺達には現実的に、やりたくても出来ないような事を、大真面目な顔で、「やれ」と要求してきたりする。

 それをするかどうか、選べる時点で、恵まれてると気付いて欲しい。


「ニ、ニークト、様だ…」

「ニークト!…様!」

「ニークト様、ええと、今日もイケメンですね!」

「はっはっはー!そうだろ!そうだろ!」


 なんか盛り上がってる。ただ、言葉に詰まってる辺り、本心からのヨイショではないっぽいけど?お前はそれでいいのか?

 彼らの関係性が分からない、以前の問題として、


「えっと、どちら様ですか?」

「オレサマを知らないだと!?ローマンが物を知らないと言うのは、本当だったようだな!?まあ、お前がそういうノンリテラシー人間である事は、既に知っていたけどな!」

「知らないッスかあ!?有り得ないッス!“ムチムチモーマンタイ”ッス!」

「それを言うなら“無知蒙昧”だ八守やがみィ!」

「それッス!ジョーシキ持てッス!」


 なんか横からちっこいのが出て来た。

 前髪で両目が隠れた、黒髪の少年だ。来ているベストは学校指定の物じゃないし、こういう自由も、権力にあやかっているが故か?金持ち息子の太鼓持ちポジションって、本当に居るんだ……。

 でもこいつ、俺より小さいな。よし、お前はいいやつだ。


(((何が「よし」なんですか何が)))


「聞いて驚くッス!今アンタの目の前にいらっしゃる御方は!あの!ルカイオス家のご子息で在らせられる!ニークト!悟迅さとじ!ルカイオス様で」「おニク先輩!お早うございます」「誰が『おニク』だ!誰が!」

「『ルカイオス』……ルカイオス!?」


 その名が本当だとしたら、マジで偉い人だから、俺は結構怯んだ。え?ルカイオスってあのルカイオス?陽州の名家、高ランク潜行者一族の?確か現時点のディーパー最強も、ルカイオスじゃなかった?そんなのが俺なんかに何の用で?そして詠訵は何で今煽ったの?軽いノリで火に油やめて?


「おニク先輩、ごめんなさい。今カミザ君は、私と話してて」

「『おニク』と言うな!そして知った事じゃあない!下々に媚を売る見世物女と、バカ共に持ち上げられたクソバカローマンの不毛な会話なんて、何故オレサマが待ってやらなくちゃならないんだ!」

「ニークト様のゴヨーは何にも優先ッス!」


 唾、唾飛んでる。抑えて?もっとクールダウンして?これだから言いたい事だけ言う奴は。


 それにしても、お坊ちゃまと腰巾着が板についている二人だ。

 傍若無人が服着てるみたいな連中である。世界最高峰の貴族の家に生まれると、やっぱり周囲がゴミみたいに見えるのか?家名を笠に着てイキリ散らすのは、何と言うか、一族の面汚しじゃねえのかよ?


 話を聞かなきゃ一生騒がれそうというのが伝わったか、それとも俺が憎しみを稼ぎ過ぎたか、


「そうだ!明胤にお前の居場所は無い!」

「お前なんかが来ていい場所じゃない!」

「高等部進級の壁も超えてない奴が!」

「ローマンってだけで優遇されやがって!」

「素人の支持しか得られないクセに!」

「贔屓よ贔屓!」


 その場の全員が、彼に賛成のようだった。俺としては、元々無視する気は無かったけど、それはそれとして、言い分ぐらい聞いてくれても良くないか?

 だんだん委縮より、腹立ちの比重が高くなってきた。


「俺がこの学校に通ってはいけない、っていう主張で、合ってますかね?」

「そうだよ!」

「どういう」「そして今からそれを証明してやる!」「と、言います」「黙って聞けぇ!質問された事だけに答えろぉ!」「はーい」


 会話ではなく尋問とか審問とか、そういうのが始まった。

 まあいいさ。こっちには事実と実績がある。受けて立とうじゃねえか。


「まずお前、“爬い廃レプタイルズ・タイルズ”のD型を倒した時、魔法陣を利用していたな?」

「え、ああ、そうですね」


 これから話し始めます、みたいな空気出しといて、いきなり質問から入るのかよ。


「だがお前があの広間に入った時、D型がどういう姿か、貧弱な貧乏人のお前は、それが分かっていなかった筈だよな?」

「それはまあ、はい」

「ならば何故だ!お前は入ってすぐに、ダンジョンケーブルを通したナイフを、入り口付近に刺した。どういう判断だよ!?」

「あ!それは私も聞きたかっ」「お前は黙れ!」

「え…はい…」


 ああ、あれは——


「岩からなんか出て来るのは、見た感じで分かったから、脚を引っ掛けたりとかに使えるかなー、って思って。ほら、あそこのローカルって、地面から足を離さないと強化が入る、みたいなヤツだったし…」

「ほら見ろ!」

「?何が?」

「最初から色んな事態に備えてたんだ!用意周到だね」

「はんッ!色ボケで脳が腐ったか?お遊びで脳死共から小銭巻き上げるような、あっさい意識でディーパーやってる小娘はこれだから!」

「脳ミソゾンビッスかあ?コムスビはこれだから!」


 なんだコラやんのか!?お前今く~ちゃんとヨミトモになんて言った!?

 あったまってきた!ぶっ言い負かす!ブッ飛ばす!


「あのさあ!俺がやった事が何だって——」

「このマヌケが取った対策は!ケーブルを使って足を取る、というガキの遊びみたいなものだったんだ!だけどD型の実際の生態を見た時、コイツは如何に自分が愚かな考え無しだったかを知っただろうな!で、偶々D型がほとんど動かず、そして実体のある質量弾で攻撃するタイプだったから、魔法陣の中心に容易に配置できたし、重力を利用して攻撃を返すことも可能だった!」

「『流星返し』ッス!」

「その名前はやめてくれ!」

「名前だけはカッコいいって思ってるッス!」


 フォローはもっとやめろおおおおお!


「それはつまりカミザ君が、予定外への対処も出来る優秀な——」

「違あう!全て運が良かっただけ!そういう事だろ!頭使えよ見た目だけのクソ女!もしもD型から、“人世虚ホリブル・ノブルス”の猿共みたいな、機動性特化が出てきたらどうするんだ?ケーブルは逆に自分の行動を制限する、首を絞める枷になるぞ?飼い犬の首輪とリードみたいにな!マヌケ!えぇ!?どうするつもりだったんだあ!?」


 あ、えー………と、それはぁ………


「更に!更にだ!あのD型は!大きく弱体化してる!」

 え、

「そうなの!?」

「そうなんだ!本来はあの二回りは大きく!V型5体では済まない程の手勢を抱え!蛇の頭を3本は持ち!生命力だって異様に高い!それが奴だ!それにあの有効打だって、奴が丁度お前に攻撃しようとして、防御が手薄になったから入ったのだ!そしてお前の手には、本来他人の持ち物である、高級魔具が握られてた!そうじゃなければ、脚をやられたお前は、あそこで死んでただろ!

 お前は逆境を生き残った戦士じゃあない!ラッキーだけで世を渡って来た世間知らずでタフガイ気取り!猿共に祀り上げられて偉くなった気でいる猿山の大将!身の程を知らない分ザコ以下だ!マイナスランク?お似合いの称号じゃないか!」


 なんだとこの、

 と、言い返してやりたいのだが、言われた事自体に、穴が無い。ぐぬ、なんか腹立つ。

 だが人のファン層を「猿」呼ばわりするのは許さん。


「おニク先輩、何を根拠に言ってるんです?」


 何故か詠訵が、尚も継戦してくれる。


「深級のD型なんて、何が正確な情報かなんて分かりませんよね?極端な話、先輩が偽情報を掴まされていたら——」

「俺を!『おニク』と!呼ぶな!」


 その時突然、ニークトは激昂した。

 それまでも怒ってはいたが、今は歯茎を剥き出して、目玉が飛び出す程に見開き、憎悪すら感じる顔で、詠訵に詰め寄った。

 人差し指で、彼女を何度も叩き突く。


「正確か!分からない!だと!?教えてやる!俺が!この目で!見た!それだけだ!分かったら!知った風な事ばかり並べる!その小煩い口を——」

「おいやめろ!詠訵が怖がってるだろ!」

「先輩!ニークト先輩!ダメッス!抑えて!抑えてッス!」


 俺だけだったら分からなかったが、一緒にメカクレ君が間に入って引き剥がし、いさめたことで幾らか頭が冷えたのか、ニークトは息を吐き舌を打ち、「お前なんかに言っても意味ないか、フン、悪かったな…!」と吐き捨て、元の立ち位置に戻る。


「いえ、こちらこそ、すいません。そこまで嫌がってるとは知らず、配慮が足りませんでした」


 詠訵の側からも謝罪が入り、それで流れたような形だが、俺はニークトへの反発を強める。

 こいつ、やっぱりヤバいぞ。感情を後先考えず発散するタイプだ。甘やかされたせいか知らんが、勢い余って詠訵にも手が出そうなのはいただけない。

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