49.爆上がりの後に急降下、と言うか乱高下 part1
始業式当日。
紺を基調に、襟や袖口に白色のラインが入った、指定ブレザーに袖を通す。
この制服も、優秀な性能を誇る防具だと言うのだから、恐ろしい学園である。
高等部は一学年辺り100名程度。
初等・中等だともっと多いが、振り落とされた結果この人数らしい。
始業式とは言っても、全校生徒が一堂に会する為には、それなり以上の広大さが必要である。
編入試験で使ってた、地下のアリーナもあるにはあるが、あっちは模擬戦闘関連でないと、使う許可は下りないらしい。
と、言うわけで、初等・中等・高等部で、それぞれ分かれて式を行うみたいだ。
俺達高等部生の始業式は、第一講堂という場所で行われた。教室よりも先に、こっちに集められたのだ。
なんと座席がある。体育館的なところで、立ったまま話を聞いたりするもんだと思っていた俺は、「金掛かってると違うな」と感心してしまう。
全席指定席で、俺は悪い予感の通り、端っこの方にぽつねんと追いやられた。
案内してくれた担任の女教師には、背の低い者同士シンパシーを感じていたのだが、本人からは険しい目つきで、ずっとガン見されていた。
「そんなにローマンが珍しいかい?お嬢ちゃん?」みたいな茶化しが一瞬選択肢に浮上したが、死ぬほど寒い上に、低身長を笑う者への殺意を感じたので、やめておいた。
多分同志だと思うし、仲良くなれればいいんだけど。
式は特にトラブル等も無く、粛々と進行した。
理事長とかからお言葉があるかと思いきや、学園長と高等部主任だというおばあちゃんのスピーチだけだった。
いや、正確に言えばもう一人、前期からの生徒会総長も檀上に立っていた。
明胤の生徒会は初・中・高で分かれているが、それらを全体としてまとめる、総長と副総長というポジションが居るらしい。つまり生徒の中で一番偉い人、みたいなイメージだ。
並み居る強ディーパーに仰がれる人だから、どんだけ厳ついのが出てくるのかと思えば、呼ばれて立ち上がったのは、真面目そうな青年である。
ここは普通に「典型的優等生」が選ばれるんだな、と思っていたら、なんか舞台裏に下がって行った後、台を持って戻って来た。
頭に疑問符を浮かべていると、もう一人、小さな女の子が袖から入って来る。マイクが置いてある演壇の後ろに、青年が台を置き、駆け寄った女の子がその上に乗る。
そこで、青年が踏み台を持ってきていた事、そして総長が誰なのかを理解した。
「えっとお~、ちょーめんどくさいんだけど」
小学校高学年くらいに見える、赤髪ツインテールの女子で、元気は感じられるのだが、やる気が微塵も見られない。
「ゲンコーがあるんだけど、学園長とかいうおじさんの長話で、大分待たされたのでぇ、全カットしまーす!」
ええ…?それ、アリなの…?正面から学園長ディスってるけど、問題にならない…?
と、隣に控えていた青年が、そこで何かを耳打ちした。
「え?あっ、ごっめーん!えっとぉ、明胤学園前期生徒会総長、初等部6年C組、パラスケヴィ・エカト!」
本当に小学生かよ!
「プロトって呼んでねー?以上!アタシは初等部に戻りまーす!」
そんではっや!?そんなんでいいのか!?と唖然としたのは俺だけみたいで、
慣れてるらしい生徒、苦い顔をする教師陣を放り、止める間もなく行ってしまった。
っという一幕が挟まれたのだが、あれをスピーチに換算していいのかは、ちょっと分からない。
始業式の後は、高等部一般教育棟に案内され、1年B組の教室へ。そこでクラスメイトとご対面。
担任は他の式の手伝いや、マスコミ対応があるとかで、しばらく自由に待機、という事になった。
マスコミ対応、と言っても、俺の件とは限らない。明胤学園は、国の英雄の卵が集まる場所。特に高等部まで進めた精鋭達ともなると、注目度が高いのだ。前々から期待されていた、という生徒も居るし、ああいう連中の活動が活発化するのも、それが仕事だしそうなるよな、という感じ。
兎も角、朝が慌ただしかった反面、ここでは暇になった。
クラス内では見知った顔という事もあって、もうグループ同士で集まって、活発に言葉を交わし始めた、のだが、
「………」
(((爆心地みたいですね)))
(しゃらーぷ。誰の周囲がノーマンズランドだって?)
(((と言うよりもグラウンド・ゼロです)))
半径数メートル。人っ子一人居ません。
ちょくちょく目を向ける人は居るが、「こっち来んな」って雄弁な視線だった。
これ一番後ろの窓際の席なのも、何か意図を感じる配置だ。
まあ、そうなるよな。
知ってた。誰もが予想していた、この哀しい結末。
(仕方ねえ、あれをやるか…!)
(((ほぅ…?何か策が?)))
(始業開幕一日目から使う事になるとは思っていなかったが、これは俺の得意分野だ)
俺はまず腕で固い部分との接触面をガードしながら机の上にズサーッ!と伏せ顔を窓側に向ける。よし、無敵の構えが完成した。
ぼっちにとっての対団欒風景防御態。
それがこれ、
(寝てるふり!)
(((………そういう所は、
少なくとも小学校6年間の地獄はこれと図書室自習で乗り切った!絶望の中学校時代でも1年は持ったし!
と、啖呵を切ったものの、思ってしまうのは、
(高校生活も、バラ色とは行かなさそうだなあ)
(((「薔薇色」とは、
(相変わらずよくご存知で)
地下生活を思わせない博識を披露するカンナと、いつも通りに脳内で会話して、寂しさを紛らわせる事にする。
………3年間これかあ…。まあカンナが居るし、中学時代よりは楽そうだ。
「ねえ」
(あ、カンナ?晩御飯どうする?てっきりキッチン使えるモンだと思ってたから、色々作ってみるのに挑戦する計画がパーになったけど)
(((そうですねえ。入寮直前に、草葉翁のナポリタンを頂きましたし、暫くはその記憶で、満足出来るのですが…)))
「もしもーし」
(でも家賃は学費に含まれてるから、無いも同然になったし、奨学金の等級こそ下がって、完全にタダにはならなかったけど、ディーパーの収入は結構余裕が出て来たし………、ちょっとくらい奮発しても、いいと思うけど?)
(((然し、「漏魔症罹患者である事を理由に、社会的に不利な状態にあるとは、最早認められない」、として、支援手当の給付が、打ち切られましたよ?そこを勘定に入れてます?)))
「起きてるかな?」
(大丈夫。それも含めて、まだ割と余裕ある。カンナにはお世話になってるし、なるべく美味しい物食べて欲しいし)
(((私としては、貴方が餓死しない程度に、搾取するつもりですので。生活水準は、上げるより落とす方が、格段に困難です。散財が行き過ぎて、破滅などしないように)))
(うん、ありがと)
(((ところで)))
(ん?)
「つんつん」
「へぇぇッ!?」
不意に首筋を
「あ、起きた?オハヨ♪」
(((なかなか、面白い事になっていますよ?)))
カンナが言う通り、教室内の空気がおかしい。
なんか、全体的に会話はまだちらほら続いてるんだけど、誰も彼も
そしてそれは多分、目の前に居るこの子が原因だろう。
美少女だ。
明るく親しみやすい気安さと、侵し難い神性を、両面共に強く感じさせる。
青が混じるように見える、黒髪ショートボブ。
つぶらでまん丸な瞳に比して、鼻も口も顔の輪郭も小さめ。
後ろに手を回しながら、ニコリと笑顔を無遠慮に近づけ、俺の目を下から覗こうとしている、この距離感。
磨かれ、整えられているのに、くるくると自在に振り回される凶器、みたいな。
活発さで人を呼び、深い魅力で逃さない。
動物は、動く物を本能的に目で追う、と言う。天敵を察知し、獲物を見つける為に。スキップでもするような楽しげな雰囲気は、一目見れば心奪われる美貌から、眼を逸らす事を許さない。
そんな少女が、わざわざ俺の席の近くに来て、しかも俺に話し掛けている。
一気にこんがらがって来た。
あれ?っていうか、この人——
「あ、あの、すいません……」
「うん?なにかな?」
「えっと、本当にそうなら、失礼になっちゃうんですけど、どこかでお会いしました…?」
「え?そんな事ない……ああー、そっか。同級生はほとんど知ってるし、ここに通ってるのは知られてたから、みんな知ってるつもりでいたけど……」
「そうだよね、分からないよね」、その言葉の後、何かを考えるように腕を組んでいたが、
「ま、いいや!どうせ、そのうちに知られるから、言っとくね?」
彼女はそっと後ろに下がり、ステップを踏みながら肩幅に足を開いて、左手を腰に、右手のキツネサインを突き出し、
「何でもおまかせ!くれぷすきゅ~るチャンネル!いぇい♪」
その瞬間、俺の脳が最高速で補正を働かせる!
彼女の背後から翼のように、縦の白色ラインが入った青色のワイヤーリボンが飛び出し、手袋や小さなベレー帽、更には制服の上から新たな装飾を形成。
脚は高性能ボディースーツが守り、靴は頑丈だがスマートな青色ブーツ。
リボンが伸びて近くに置かれたバックパックから4機の盾のような魔具を取り外し、周囲に展開。
髪には淡い青色のインナーカラー、顔に狐面をモチーフにしたダンジョン用ヘッドセット。
キラキラキュートなサファイアブルーの後光
「く~ちゃ」ガッ!急いで立ち上がりかけた俺は両腿を
教室は今度こそ、完全な静寂に包まれたのだった。
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