48.ここは敵地か新天地か part2

「ん?あれかな?」


 チビ認定失礼野郎が指した方には、管理窓口らしきものがあり、その前で数人の生徒を相手に、何かの説明をしている人が居た。先輩か。たぶんあれが寮長だな。

 彼は俺の接近に気付き、目を細めた友好的な表情で振り向き、


「やあ、初めまして。少し待ってて頂けると——」


 俺を見て数秒後、その顔を凍り付かせた。

 別に目も口もピクリとも動いてないんだけど、その不動ぶりが逆に、内心の揺らぎをこれでもかと明示していた。

 驚きの露骨さに、頭を下げかけてた俺の方も、一瞬固まってしまったじゃないか。

 

「あー…お、お世話になります…?」

「ああ、うん。少し待っててください」


 体温を取り戻した彼は、案内を受けていた数名に向き直り、「少々お待ちを、すぐ戻ります」と言って、俺の先導をし始めた。


(((寮長直々に、個別で案内して下さるなんて、なんて親切な方なんでしょう。どうですススムくん?まるで貴賓きひん対応ですよ?)))

(わあい。これから豪華なVIPルームに通されるんだろうなあ!)


 ほらなんか角部屋くれそうだぞ?本当に歓迎されてるかもよ?


「どうぞ、こちらが貴方の居室になります」


 奥も奥。なんか裏口的なドアのすぐ横である。

 ………で、出口が近いのは利便性的にまるだし。


「他の方と同じく2人部屋です。騒音や異臭など、通常の集合住宅と同じ事を気をつけて頂ければ……ああ、失礼」

 閉じてるのか開いてるのか分からない目が、隣の俺にポイと向けられ、

「“居住区”ですと、そういう決まりが無かったりしますか?基本から説明した方が宜しいでしょうか?」

「………パンフレットとか“入寮規則”とかは貰ってるんで、こっちで読みますし、あとはルームメイトにも、確認してみます」

「それがいいでしょう。これはアドバイスですが、お二方の間でも、早い段階で取り決めを結んでおくことをお勧めします。トラブルに発展しかねませんので」


 「まあ、話し合いができたら、いいんですけど」、その思わせぶりなセリフ何?やめて?そういうの間に合ってるから。それっぽい事を言う達人みたいなの、ここに既に居るから。


(((ススムくん、ちょっと気になる事が)))

(え?何なに?どうしたの?)

(((いえ、矢張り何でもないです。思い過ごしでしょう。何事も無ければ良いのですが)))

(そういうの!そういうところ!やめてって!今俺言ったよね!?)

(((はい。ですから、今やったんですよ)))


 自明の理ヅラやめてくれない?

 俺今、割とショック受けそうな場面だよ?なんかこの学園内、普通に四面楚歌に見えてきてるよ?


「ああ、それから共用スペースについてなんですが」

「共用……あ、お風呂とかキッチンとか、あーゆーのですね?」

「使える時間が決まってますので、そのつもりで」

「あ、それなら読みました」

 

 えーと、確か7時から7時半起きで、消灯が夜9時で、あとお風呂が「浴場及びランドリー使用時間はどちらも20時30分以降、その他キッチン・ダイニング・自習室・休憩室等は原則使用禁止。もし利用をご希望の場合、その旨と理由を僕にまでお伝え下さい」

 え、え?

「それと、出入りは当分こちらのドアからお願いします。横の端末に学生証をかざせば、出入記録が打刻されますので、問題ありません」

 あれ、え?

「門限は20時です。それ以降、裏口は一切開きませんし、正面玄関では決して対応しないので、そのつもりで」


「で、でも入寮規則の方には」「そちらは“通常”の入寮規則になります。編入生は大変稀な事で、トラブルにならない為のやり方を模索中ですので。既に入寮していた方々との間に摩擦が起こってしまうのは、我々寮の管理・維持を一任されている者にとって、避けたい事案であると判断しました。ご理解の程、お願い致します」


 「お互いまだ知らない仲です。異文化との交流は、歩み寄りが第一、でしょう?」だってさ。不用意に一をたずねたせいで、有無を言わさぬ十の猛反撃を受けた。

 爽やかな顔と声がかえって、断固として反論を寄せ付けない。

 ここで「『異文化』ってなんですか、同じ丁都の住人でしょ」、とでも口走ろうものなら、同じ笑みで延々と理詰めしてくるのだろう。


「わ、分かりました」

「それでは、他に質問が無ければそういう事で」

「あ、あの!」


 放心しそうな所だったが、これだけは確認しないといけない。


「日魅在進です。よろしくお願いします。よろしければ、先輩のお名前を………」

「おっと、これは失礼」


 悪意など無く、本当にその考えが無かった、という態度だ。

 さっきまで他意がたっぷりだったので、今のが「素で抜けていた」という反応だと分かる。

 俺に関わりたくないが為、無意識に自己紹介を省こうとしたか。


「申し遅れました。僕は高等部2年、バン西白シーパイです」


 「以降、お見知りおきを」と言いつつ、「本当は顔も見たくない」って、顔面にデカデカと書いてある先輩を見送って、渡された鍵を使い部屋に入る。

 同室の「乗研」…これ何て読むんだ?とにかく彼はいないようだったので、取り敢えず何も置いていない、入って右側のベッドを寝床に仮決定。引き摺って来た荷物を下ろし、中身を確認と整理…する前にベッドへ大の字で飛び込んでしまう。


「疲れた~」


 慇懃無礼スマイルマンめ。人を猿かスラム出身みたいに言いやがる。

 これでも丁都生まれ丁都育ちだっつーの。


(((随分と、嫌われたものですね)))

(異分子だからなあ…。にしても、思ったより直接的だったけど)

(((あまりお気になさらないのですね?)))

(会話が成立するだけね。唾とか石とか飛んで来ないし)

(((成程)))

 

 あんまりゴロゴロしてても仕方がない。嫌われてるのは分かってる。前向きに行こう前向きに。まずは改めて持ち物に欠けが無いかの確認を——


 扉が勢い良く開いた。蝶番ちょうつがいが外れるんじゃないか、っていうレベルで。

 驚いて入り口を振り向くと、


「なんだテメエ!?」


 向こうも驚いてる。この人が同室か?

 てか、あれ?話ちゃんと通してないの?そりゃ俺だって、見知らぬ誰かが部屋の中に居たら、びっくり仰天越天楽えてんらくだ。

 ………今のは忘れて欲しい。


(((びっくり…なんですって?)))

「あー!あー!すいません!驚きましたよね!」


 攻撃モードに入ったカンナから逃げるように、俺はルームメイトらしき男子に握手を求めに行く。

 だけど、こう、なんていうか……、怖くない?

 ううん?ここ進学校だよね?ドレッドヘアーのティピカルヤンキーみたいなのが出て来たんだけど?鼻とか耳とか口とか、指なんか10本全部に、金色のアクセサリーをジャラジャラさせてる。あとそのファーが付いたジャンパーみたいなのは、改造制服なの?そうは見えないんだけど。

 その場のノリで接近したのを、ちょっと後悔し始めてる。


「あのー…、今日から同室になります。日魅在進、って言い」「同室だあ!?聞いてねえぞ!」

 

 ごめんなさい。

 何であの糸目先輩の連絡不行き届きに、俺が謝るのかは知らないですけど、ほんとごめんなさい。


「えっとお、ジョウ、ケン、さん?」

「あ゛?」

 

 ひぃぃぃいいい!?ごめんなさい!漢字読めなくてごめんなさい!中学校不登校でごめんなさい!


(((光速で卑屈になるじゃないですか)))

(たすけてカンナ!)

(((人間関係のお悩みは、対象外です)))

 

「俺はノリドだ!乗研のりど竜二りゅうじ!坊さんみてえな呼び方すんじゃねえ!」


 全身から「アウトロー」を分泌して来る男、乗研。

 これ夜ぐっすり寝れるかなあ?こういう声のデカさで威圧して来るタイプ、例の低級狩り等のせいで、トラウマになってんだよね。

 

 前途多難は知ってたけど、

 

 第一歩目から、難事なんじが起こり過ぎじゃない?

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