46.その日、それを見て、様々なドラマが動いた

「い、えええええええええい!!」


 高々とキツネサインが掲げられ、部屋に無邪気な歓声が響く。


「やったやったやったやったー!!」


 声の主である少女は、尻で椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がり、わけもなくクルクルと踊り始める。


「同級生~♪同級生~♪」


 配信用に防音室へと改造されているので、少々騒いだところで問題は無い、のだが、今の彼女のはしゃぎっぷりは、「少々」の度を超えていた。


「ヤッッッッホーーーーーー!!」


 意味も脈絡も無く感情を爆発させた彼女は、


「ふはー………」


 ようやく落ち着いたのか、椅子に倒れ込むように座り、虚脱状態。


「……かわ………」


 机の上のタブレットで映像を堪能しながら、少しして思い出したかのように、青みがかった黒髪ショートを整え始める。


「楽しみだなあ………」


 常日頃周囲から、「美少女」とはやされる元の造りと、

 舌先で獲物を転がすような、捕食者の笑みが相俟あいまって、

 生来の無垢の内側に、ゾッとするような蠱惑こわくを飼う。


「早く、新学期に、ならないかなあ………」


 しみじみ、といった有り様で、


 少女の呟きは、

 壁に吸い消された。




——————————————————————————————————————




「えー、とー、ああ!あの時のローマン?」


 燦燦さんさんと輝く太陽。

 重く実り、頭を垂れる稲穂。

 それらが敷き詰められた、黄金色の絨毯。

 その中に立つ、場違いなビーチパラソル。

 影に置かれたサマーベッドに、魅惑的な体型の女が寝そべる。

 セパレートタイプの金色ビキニを着用し、こんがりと日に焼けた肌が照り光っていた。


「あの監視って、まあだ続けてたの?マジメだねー!」

「そうだ。それについて、少し気になる事がある」

「へえ?聞かせてよ」


 彼女と話しているのは、おとぎ話の旅人を思わせるような、マント型コートを纏う男。

 奇妙にもこの陽気の下、上半分が黒、下半分は鮮やかな朱色、後端が尖ったマフラーを巻いている。


の少年の言動を観察したが、時節不自然に視線を外したり、妙な事を口走る時がある。まるでカメラの死角に居る何者かと、示し合わせているかのように」

「ふ、う~……ん?」


 サングラスをずらし、黒い眼球に宿った、溶岩のような虹彩を向ける。


「受け取った、か…」

「ほとんど確実と考えていい」

「あーらら、なあんで全世界配信とかしちゃうかねえ…?コソコソ小遣い稼ぎだけしてりゃいいのに、降って湧いたギフトを自分の力みたいにイキっちゃって、人に見せびらかしたくなるの、お子ちゃまの良くないクセだよねえ」

「抑圧されし者達ならば、成功への執着も強まろう」

「頭空っぽでショッボイ子がさあ、生きてるだけで、“差別”っていう特別扱いされるなんて、世の中優しいよねえ?なのに『覚えられたい』、『個として見て欲しい』、『苦しみたくない』って、もっともっと、欲しがっちゃう」


 「やれやれ」と肩を竦めているが、


「精々どれか一つしか、手に入らないって分からんおバカ」

 

 本気で嘆いているのではない。


「大人しくしてれば、わたしらからも」


 心底馬鹿にしているだけだ。



「目を付けられずに、済んだのにね」



 がさり。

 少し離れた場所の稲穂が、根本で何かが動いたように、一斉にその実を鳴り揺らす。


「聞こえた?ロー君?」

「きいた。くうか?」

「そうだねえ~…」


 そこで彼女は、笑みを益々酷薄に曲げ、


「いや、まずは周囲を嗅ぎ回ってみて」

「まだみるだけか?」

「そう、それも羽音が五月蠅いくらい、派手にやっちゃって」

「みつかるぞ?」

「別に良いよ~、どうでもね」

「わかった」

 

 了承の後に、稲穂がざあざあと揺さぶられ、その跡が川のように伸び去った。

 

「何を考えている?」


 成り行きを見ていた男は、彼女のめいの真意を問う。


「苦労の『く』の字も知ってこなかった、チョーシに乗っちゃう憐れなガキンチョは」


 尤もらしい事を言って、ただの嗜虐しぎゃくを、口のに乗せ、


「最期くらい、世の為に役立つべきだって、そうは思わない?」


 悪びれもしない軽い調子で、取るに足らない小者を捨てた。




——————————————————————————————————————




「へえ?そう?そうなんだ!」

「うん!きっと間違いないよ!」

「オロカ!バカ!死ななきゃ治らん!」


 アッハハ、ハハハと、哄笑こうしょうが響く。

 暗い屋内、巨大な機構、並ぶ座席に、偽物の星。


「だったら!ダメだ!そいつは!ダメだ!」

「本当にダメ?消えなきゃいけない?」

「ああイケナイね!因果応報!」


 アッハハ、ハハハと、自明を説く声。


 機械の先端、       爪先立ちから、

       ボールの上で、       片手逆立ち。


「何故に妾が此奴こやつ等の相手などせねばならんのだ!頭が痛くなる!ゴミジジイとハッピーバカ女はどこに行ったんじゃ!妾一人を置いていくでない!」


 部屋の一角、比較的高所に、座席を潰して、置かれる玉座。

 行儀など知らぬと、どっかり掛けるは、似合わぬ口調の、幼き少女。


「貰ったのがダメ!目立つのがダメ!

 上には上が!無知は罪!」


 ピエロは踊る。愉快に震える。

 少女と少年、観客は二人。

 愚物とわらわれ続けた彼は、

 性根の芯で、暗愚をわらう。


「はあ…、オヌシらに言われるまでも無い。既に手は打った。向こうの出方次第では、とっとと処理しろと命じておいた」

「誰だ!?」

「誰だい?」

「誰なんだい!?

 楽しいお役目は誰の手に!?」

「今手が離せるのは一枝ヒエダしか、“ローズ”の奴しかおらんじゃろう!しっかりせい!思量しりょう軒並のきなみワシに投げおってからに!」

「おっと、そうだ!そうだった!

 みんな!いそがし!てんてこ舞い!」

やかましいわ!」

 

 ショーはまだまだこれからだ。

 そして次こそ終わらせてやる。


 手癖の悪い、イタズラ好きは、

 残念、ここで退場だ。

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