44.お偉方の鹿爪らしい会話 part3

「………成程」


 学園長が、重々しく口を開く。


「言いたい事は、分かった。しかしその上で、日魅在進がその立場に適当なのか、それはまた別の話であり——」


「一つ、宜しいでしょうか!」

 

 そこで、これまで口をつぐんでいた男から、くぐもった声が上がる。


「日魅在進が、ローマンの未来を啓く。これの確実性に、疑問を持つのは当然でしょう。ええ、私も首を傾げます」


 養護・栄養教諭代表。

 全身を覆い隠すタイプの、宇宙飛行士めいた防護服に身を包む。

「しかし皆さん!お忘れではありませんか!?ええ、きっと抜けております!」

 この中で飛びっきりの、不審者である。


「2000年間起きなかった事が起きた。これが一つだけなら、我々は驚き惑うだけです。何かの間違いとも思いましょう」

 しかし、


!起きたならどうです!?同じ場所で!2000年もの間起こらなかった事が!二つ!同時に!です!」


 魔力を操るローマンと、もう一つ。


「イリーガルモンスター、“可惜夜ナイトライダー”がその姿を見せ、遂にその実在が証明されました!あれは本来、“ポールの海”のような、仮定や理論だけの存在に過ぎなかった!人口に膾炙かいしゃしたことで、民間伝承となったに過ぎません!信憑性は薄かった!」

 が、

「それが立ち現れ、対面した人間が、歴史に無い奇跡を起こす!ここに相関は無く、偶然に過ぎないと、そう言い切れるでしょうか!?」


 「ええ、そうですとも。『関係無い』と決め付ける方が強引です」、表情は分からないが、実に楽しげであった。


「『ローマンとして』の価値が空振りであっても、『“可惜夜ナイトライダー”との接触者として』は、まず間違いなく価値があります!どちらに転んでも、ええ、国益に貢献できるでしょう」


 国の機関で確保する、それをするだけのリターンは堅いと、そう主張しているのだ。


「日魅在進という貴重なサンプ…証人を逃すのは、損得計算から言っても、言葉を選ばず申し上げますなら、“愚策”!であります。愚かな日和見主義と言えます!ええ、疑いようもなく…ゲホッゴホッ!失礼、ゴホッゴホァッ!」

 


 これで、各人のスタンスと手札が出揃った。

 最後の一人が遂に、その口を開く。


「パンチャ・シャン先生」


 全員が仰天して、視線を集中させた。

 話をほとんど聞いていなかった少女でさえ、椅子から転げ落ちそうになった程である。


「確認しておくべき事項がある」

「なんだ?ボス」


 明胤学園理事長。

 よわい90を超える老爺ろうや

 彼が紡ぐ言葉には、


「貴様は、責任を持って、言い切れるのか?」


 今でも威厳がみなぎっている。


「『責任』、ね?具体的には?」

「貴様の言う通り、日魅在進を迎え入れたとしよう。その後、常の通りの食客しょっかく気分で、の少年の育成を放任などと、真逆まさか、そのような勝手がまかり通るなど、考え違いをしてはおらんな?」

「そりゃあ勿論、俺が面倒を見るさ」

「それは当然として、だ。成し遂げることあたわなかった時は、如何いかがする?」


 顛末てんまつが骨折りの徒労と化した時、


「貴様はどのように、選択の『責任』を取る?」

「そん時ゃあ——」



——「ディーパーである事」を辞めるさ。



「な……!」


 学園長が慌てたように立つ。


「キミィ!この場でのその発言は、軽口でも口約束でも済まされんぞ!」

「後から反故ほごにするつもりはねえよ。元々そちらの理事長サマの、ご厚意に引き止められてるだけだ。そいつ一人がその気になりゃ、簡単に放逐できんだろ?」

「国への説明はどうする!?」

「肩書だけ御大層な穀潰しだぜ?悪いお友達だって付いて来る。追い出そうとしたい奴なんぞ大勢いるだろ。テメエも含めてよ。だったらテキトーな後付けだろうと言いがかりだろうと、それほど強くはツッコまれねえ」


 二の句が継げなくなる。

 それが何を意味しているか、分からぬ程に愚かではないだろう。

 本気、と言う事だ。

 何故なにゆえ、彼はそこまで傾倒しているのか。


 ドン。

 杖で床を突き叩く音。

 荒々しさは無く、

 ただ強く、重く。


「命を懸けるか」


 ここから先は戻れない、と、

 言外に警告する理事長の問いに、


「おう、懸けるぜ?明胤学園招待枠教師、いや——」


 彼は真っ向、真正面から答えた。



「元“チャンピオン”ランクディーパー、パンチャ・シャンの名に懸ける」

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