44.お偉方の鹿爪らしい会話 part2
「なんだと?」
学園長がすかさず食って掛かる。
「何が言いたいのかね?」
「言った通りだ。耳が遠くなっちまったか?それか、俺よりも日本語が下手か」
「キミねえ!」「珍しいドス!」
一触即発に構わず、言いたい事を言い始めたのは、中等部主任。
小振りのシニョンにしたプラチナブロンドに、コバルトブルーの瞳の女性だ。
「シャン先生、いつも寝てる、ってか、そもそも会議に来ないドス。どういう風の吹き回しドス?明日はテッポダマ
「やめろ縁起の悪い。俺はやる気が無いだけだ。やる気を出せばこれこの通り、普通に参加する」
「オー!全然自慢にならないドス!」
「いい加減にしろ!」
突如始まった漫才に対し、学園長は怒り心頭といったご様子である。
「ただ気に入らんだけなら黙っていてくれんかね!?」
「気に入らない、そうだな、その表現が良い。俺は『気に入らない』んだ」
「だから何が!?」
「目の前にある“未知”の原石を!事もあろうに!この明胤学園が!ポイ捨てしちまおうとしてることがだよ!」
圧。
潜行経験のある者は、一人を除いて反射的に得物に手を掛けた。
有無を言わさぬ迫力が、その場を駆け巡る。
「前期生徒会副総長!」
「ハッ!」
呼ばれた青年は即刻直立状態になった。
実直そうな見た目通りの、素直な立ち姿であった。
「この学園は、誰が作った?」
「我が丹本国、正確に申し上げるなら、旧大丹本帝国政府であります!」
「そうだ、国が金を出して作り、そのままずっと国の金で回してるわけだ。では、何故旧帝国は、そして現政権に至るまで全ての丹本政府は、潜行者の学校なんぞに巨額を投じている?」
「ハッ!お答えします!国益及び国防の為であります!」
「その心は?長くなるから“休め”でいい」
「ありがとうございます!」
副総長は肩幅に足を開き、背後で右手を上にして親指を組んだ。
「まず我々が住むこの丹本列島には、極めてダンジョンの発生密度が高い地域である、という地理的特徴があります!
古来より、ダンジョンは人類の生活を大きく変化させるものであり、『大河と深級ダンジョン在る所に、大規模文明在り』、という格言まで存在します!
つまり海に囲まれた狭隘な地に、ダンジョンが所狭しと並ぶ丹本列島は極めて特殊であり、ダンジョン中心世界での優位性を獲得している、と申し上げても過言ではありません!」
ダンジョンから掘り出された物が、数々の地を、国を、大陸を回す。
やがてはダンジョン採窟量こそが、世界をより広く治める為の、指標となっていった。
「このように、歴史的背景からして、本邦が世界的にも早い段階から、ダンジョン中心の国造りへと
有り余るダンジョン資源と、手が足りなくなる程のダンジョン数を背景に、供給も奪い合いも、ほとんど列島内で完結していました!」
しかしながら、人が大海を渡れるようになれば、宝島は狙われる定めだ。
「牲歴1892年のクリスティア合衆国との条約締結以降、列島は『丹本国』という個として、諸外国と交流を持ち始めました!
ダンジョン由来技術、及び潜行者の質で上回り、列強と同格へ成り上がる丹本国。
この構図は
それは本邦を、
結果は皆さん、御存知の通り。
「列島は一時、クリスティア合衆国の完全統治下に置かれました!現行憲法である『丹本国憲法』も、この時に合衆国主導で起草されたものであります!」
そしてここからが、
その『丹本国憲法』のとある条文こそが、現在まで続くこの国のネック。
「丹本国憲法第二章第10条!
ひとおつ!
国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、軍事力による威嚇又は軍事力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する!
ふたあつ!
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の軍事力は、これを保持しない!国の交戦権は、これを認めない!」
つまり、兎に角軍事力を持つな、ということである。
「本邦から牙を抜く意図も含まれていたとも言われる、平和希求条文ですが、その後の合衆国と旧ナロド連邦との情勢悪化によって、当のクリスティアにとっての障害となってしまいます!」
ナ連への防波堤として、丹本国を使いたい。
しかし丹本国は、軍を持てない。銃火器もだ。拳銃一丁、弾丸一発、公式に所持する事が出来ない。
そこで、合衆国と丹本国政府が捻り出した案が、
「刀剣や魔具で武装する、潜行者で構成された戦力、『治安予備隊』を編制!これが現在の、『丹本防衛隊』の前身となります!」
ここで、最初の結論に戻る。
現代の国際社会でも、ダンジョンの影響力は大きい。
否、エネルギー産業が活発化し、寧ろそれは増している。
国内の供給を
そして、そんなにオイシイ資源大国は、「軍事力」を持っていない。本来は秒で侵攻され、侵略され、分割の憂き目に遭うだろう。
それを防いでいるのが、世界有数の高ランク潜行者集団。
「魔法は軍事力ではなく、個人の実力である」、
というロジックを、
国家公認、『丹本防衛隊』である。
また、強大過ぎる個人を、国の傘下に置く事は、治安維持にも一役買う。
政府とはその国において、最強で在らなければならない。
内憂外患、
どちらをも砕く
鉄の盾。
潜行者が居なければ、脅しでも喩えでもなく、国が滅ぶ。
質の高い潜行者の数が、足りなくなっても同じ事。
「現在国内に居る“チャンピオン”ランクの人数は、10人中何人だ?」
「3名です!第二位!第五位!第十位の御三方であります!」
「そして8年前、とうとう永級ダンジョンまで生まれちまったこの国が、それ以降大規模“
「国による潜行者、研究機関への手厚い支援!及び本校を始めとする、育成機関の不断の努力の結実であると考えております!」
「長々とありがとうな、座っていいぞ」
「失礼します!」
直立状態に戻り、最敬礼の後、席に着く青年。
「ってなワケだ」
「何を言いたいのかサッパリ分からんぞ!」
とりあえず学園長が、聴衆の総意を代弁する。
「分からねえか?言ってただろ?『不断の努力』ってよ」
「今のお前らはしてたか?努力」、その言葉に、副総長がハッとしたように表情を変えた。
横目でそれを捉えたパンチャは、「コイツ悪い大人に騙されそうで心配だな」、などと思ってしまった。
「何を……国籍取得済みの海外出身者入学・雇用制度の整備をし、交換留学まで始まった。現にキミのような、他国出身の教職者も珍しくなくなった。異なる風土も深い懐で取り入れ、常に新たな時代へ適応し、他国に置いて行かれぬように、広い視野を持って——」
「ヨソと追い着け追い越せじゃ駄目なんだろうが!」
叩かれた机にミシリと折れ罅が入る。
今度はパンチャが強く出る番だった。
「お前ら、何か勘違いしてねえか?こうしている間にも、合衆国もキリル連邦もオウファも陽州も!火薬式近代兵器とダンジョン由来技術の融合研究を進めているんだぜ?
これまでの効果がコストに見合っていない、単発運用がせいぜいだった、魔力弾やカートリッジじゃねえ。モンスターコアさえあれば、誰でも簡単に深層のモンスターを、そして高ランクディーパーを殺せる、そんな量産兵器の製造に、国を挙げて鎬を削り合ってやがる。
深級ダンジョンの上級モンスターが、機関銃の隊列でバタバタやられちまう、そんな時代が、遠からず現実になろうとしてんだ!」
その時、この国はどうなるか。
少なくとも、銃火器に関する技術的進歩、そのおこぼれには
「軍事力以外で並んでいる」とは、「軍事力込みでは明確に劣る」、という事だ。
「法が変わる事もあるかもしれんがな。そんなのは簡単に起こらねえし、起こると確実視できる事でもねえ。まずそれが良い事なのか、その結論がすぐに出せねえ。
それなら俺達は、俺達に出来る事をやるしかねえんじゃあないのか?俺達には何が出来る?銃、爆弾、遠隔兵器で武装するような、そんな連中に、
「その新技術とやら、世に顔を出すにはそれ程掛からんと、貴様はそう予見しているのか?」
様子見に回っていた老女が、再び口を開く。
「ああ思うね。実際、半島含めた連邦周辺が、キナ臭くなって来てんじゃねえか。いつもの険悪ムードってだけならいいがな。支援してる大国連中の、新しいオモチャの試運転の為に、また代理戦争でも始めようか、って魂胆かもしれねえ。そこばっかりは想像するしかねえが、もし火蓋が切られた時に、こっちに飛び火しないと、無関係でいられると、言い切れるか?」
「待つのは経済成長の再演か、制御不能な戦火拡大か」
「………」
老女がパンチャの意を引き出し、学園長は沈黙を選んだ。
言いたい事が無いではないが、一旦は最後まで聞くという判断だ。
「それで?貴様は何を言いたい?」
「この国にはダンジョンと、ディーパーがある。つまり、人と、資源と、魔法がある。なら少なくとも、この分野で世界の一番を取っていなけりゃ、枕を高くして眠れねえ、ってもんだろう?」
プライドとしてのトップではない。
生存戦略としての
「今、俺達の目の前に、革新の種が転がっている。断言しよう。カミザススムは、確実に化ける!賭けても良い!そしてこれは、長い間魔学界が目を背けてきた、『“漏魔症罹患者”救済』に繋がるかもしれねえ!
現在の丹本人口が約1億3000万。内1000万がローマンと言われる。12、3人に一人。これはクリスティアに次いで世界二位の割合だ。扱いが他よりマシだからと、不法入国したのを含めれば、この数字は更にデカくなる。
そいつらほとんど全員が、現在は社会から隔絶されたコミュニティ内で、ただ生かされるだけの日々を送っている。言っちゃなんだが金喰い虫だ。ガキが学校通えてないって話もよ、ローマン界で、そうじゃねえ奴の方が珍しいぜ」
そんな彼らもまた、ダンジョン潜行者となれる、その未来が
今の彼らが人扱いされないのは、その病に由来する「弱さ」が一番の原因だ。
もしも、仮に、
夢物語だが、
ローマンであることが、逆に他者には無い可能性に繋げる。
そういう事だって、あるのかもしれない。
「勿論、一朝一夕の話じゃねえ。
進歩と成長の為に、
そして理想の為に、
教育者として、国の未来を作る者達として、
暗部に向き合わねばならない。
そしてその第一歩として、「日魅在進」という才能は、申し分のない起爆剤だ。
「これを釣り逃して、芽が出ないまま死んじまうならまだマシだ。他国に引き抜かれ、ダンジョン・魔力研究において、数歩も先んじられてみろ。しかも国内のローマンの反感を買う特典付きだぞ?」
「その時はこの国の終わりだ」、パンチャは「お手上げ」ポーズで締め
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます