44.お偉方の鹿爪らしい会話 part1

「それではイリーガルの活発化についての対策は、以上で宜しいと言う事で——


 続いて、本年度の編入候補生、日魅在進、その合否へと、議題を移させて頂きます」

 

 明胤学園中央棟第一会議室。

 円卓に掛けた10人の間に、剣呑な緊張がはしった。

 

「まず筆記試験の点数ですが」「不合格だ」


 各科目別の成績が投射されたスクリーンの横で、司会進行を務めていた女性は、遮られたことで不快気に眉をひそめる。


 椅子にどっかりと座り、横柄さを隠しもせずに発言したのは、髪の色素は失われていないものの、つむじを中心に禿げ上がっている初老の男性。

 学園長だ。

 肩幅よりも腹の方が広く、会議中にも拘らず葉巻を吹かしていた。


「議論の余地は無い。この少年に才能は無い」

「お言葉ですが学園長」

 

 遮ったのは、淑女然とした白髪はくはつの老女。高等部課程を管轄する高等部主任。


「それは彼が“漏魔症候群罹患者”であると、その事を仰っているのですか?」

「その通りだ。それ以外に何がある?漏魔症イコール将来性無し。これが真理だよ。魔学的にも医学的にも、そして2000年の歴史的にも、証明され続けて来た事実だ。我々の一存で、してや一介の中学生程度が、覆せる道理など無い!」

「しかしご覧の通り彼の成績には目を見張る物が」「どこがだね!」


 場の主導権を取り戻そうとした進行役の牽制を、パワープレイで爪弾つまはじく学園長。


「筆記は中学三年時点の我が校生徒なら平均的と言わざるを得ない、何とも平凡な点数だ。オマケに模擬戦では半分もポイントを削れず、どころか短時間で気を失ったそうじゃないか!見たまえ!全身32箇所のせっそうという医療記録!殺傷性を抑えた試験でこれだぞ!?実戦に出せば命を落とすと、それが分からん者はおらんだろう!?サバイバル技能に関しては優秀だが、それも『優秀』止まりだ。極度に突出しているわけではない!」

「あのすいません」


 意を決して、と言うには気の乗らない声で口を差し挟んだのは、初等部主任。20代後半、目線を机の上から動かさず、陰気そうにブツブツと話す男。


「なんだ!」

「『平均』とは仰いますけれども、お聞き及びかと存じますが、彼、日魅在進君は中学課程の内の二年間を登校せずに過ごしていまして、独学で我が校の標準に追い着いているのは成長性を汲み取って然るべきかと——」

「それだ!」

「…『それ』、と申しますと?」

「中学校を、義務教育をキチンと受けておらんと言うのがイカン!人と関わらず生きて来た奴には“社会性”って物が無い!大して強くもない奴に、その欠落は致命的だ!それに中学程度の精神的負荷に耐えられん奴に、潜行者という激務が本気で成り立つと思うか!?」

「しかし学校側との話し合いで、卒業自体は問題無く可能と話が付いておりますし、何より彼が時節行う『学習風景』を映した配信では、極めて実直で努力家である人柄も窺え——」

「はん!教師の口から『配信』とはなあ!?あんなもの、素人共をつけ上がらせて、潜行者の心証を悪くするだけの迷惑な道楽だ!あの一瞬で、人の何が分かる!」

「そうは仰いましても彼は現に娯楽の提供を成功させ」「お二人とも、論点がズレています」


 老女が割って入る。


「ここは義務教育の必要性や潜行配信の是非を論じる場ではなく、日魅在進という少年の未来を話し合う場、違いますか?」


「そうだ。だからワシは言っておる!

 いいか?初等部中等部の連中は忘れているかもしれんから改めて教えてやるが、我が校の高等部のカリキュラムには、深級ダンジョンへの潜行も含まれている!更に、『ゆくゆくは永級にも』、と国に交渉中なんだぞ!

 そんな、最前線とも言えるダンジョンに、ちょっと手品が優れていて、人並の努力が出来て、話題性にタダ乗りする小賢しさを持ってるだけの、お山の大将を潜らせると?世間様に胸を張って、彼の生存を保証出来ると!?」


 「冗談じゃない!」、学園長は吐き捨てるように言う。


「ちょっと優秀なくらいならな!その辺りの深級に潜れば、一山幾らでゴロゴロおるんだ!わざわざこの学校に来ずとも、そいつらの仲間入りをしてりゃあいい!配信とやらでも稼げるのだろう?充分食っていけるじゃないか!」


 「だがこの学校の生徒は違う!」、机に叩きつけられる拳。


「我が校の生徒はな!替えが利かないんだ!それぞれが唯一無二の人材となって、これから務める企業を、或いはこの国を、或いは己が身命をささぐ何かを、その双肩そうけんに担う事になる!己の手で、己の存在意義を造り、守る!それが明胤学園の卒業生だ!

 自らの意思で自らを決める、そういった強者のかがみとなる為に、誰もが切磋琢磨している!それが此処!本邦最高の学びだ!

 我々もそれに応え、努めて公平冷徹であろうとして来た!実力が足りんと判断すれば容赦なく落第させ、中等から高等への進級の壁が越えられず、涙を呑んで転校していった者も居た!

 そんな彼らの前に!高難易度ダンジョンにも潜れず、成長も無く、対話も覚束ないような、そんな高等部生を連れてきて、『珍しかったから採りました』とでも言うのか!?」


 「どの口で!?」、ヒートアップして立ち上がっていた学園長は、そこで額を押さえながら、深く息を吐き座り直して、


「不合格だ」


 そう結論付けた。


「ならば転校という形で、中等部に迎え入れるというのは?」

 老女は食い下がり、

「中学三年間という、長い期間を掛けて評価が可能ですし、周囲との戦闘力の差も、それなら大きな開きは無くなる」

「問題外だ」

 学園長は、それでも突っねる。

「我々にはそんな制度も前例も無く、新たに作るとしても、その程度の実力者に配慮してではない。在校生にも、混乱と不信を生む。第一、彼の側は、その環境に耐えられまい」


 「ここは明胤学園だ」、彼は静かに自論を重ね塗り、

 

「この学園に、弱者の居場所は無い。そうだろう、前期生徒会総長?」


 急角度でパスを飛ばした。


「え?アタシぃ?」

 

 そこで卓上に両脚を投げ出して、我関せずを決め込んでいた少女が、面倒そうに一同を見回し、


「うーん、まあ言っちゃうけどー?弱っちい人は、ウチにはいらないよねー?」


 それだけ言って、再度スマートフォン弄りに戻った。

 この室内で最も小柄、と言うより、一際ひときわミニサイズな少女である。


「教頭」「はいぃっ!」


 目を合わせないように下を向いていた、眼鏡を掛けた40絡みの女性は、隣の学園長に呼ばれて、反射的に立ち上がった。


「キミも、不合格には賛同の筈だ」

「あー、そのー、何と言いますか」

「なんだ」

「どちらかと言えば、そっちの方に傾いているかなー?って感じなのですが、しかしもう少しお話をお伺いしてみても——」

「どっちなんだ立場を瞭然ハッキリしたまえ!」

「はい!編入には反対です!」


 10の席の内、3つが不合格に流れた。

 この学園の編入は、最終的にこの場で過半数、つまり6人以上の賛成が無ければ、可決とはならない。

 学園長があと2人を引き込めば、それで決まりとなる。

 しかも浮いているのが、中等部主任と生徒会副総長の丁度2票。

副総長は総長に追従する可能性が高く、流れが向こうに味方しているのを考えると、情勢はかなり不利。

 老女はせめて中等部主任だけでもと、口を開こうとするが——


「HAHAHAHAHAHAHA」

 

 パン、パン、パン、パン。

 陽気に笑いながら、ゆっくりと手を叩き、椅子を回転させて一同に向き合う。


「まったく、『もと一の学び舎』だとよ?ナイスジョーク!」


 浅黒い肌の、大柄な男だ。彼専用に作られた椅子は、それでも重量に悲鳴を上げていた。


 招待枠教師代表、パンチャ・シャンである。

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