43.エリートの意地VSマイナスの執念 part2

——!?


 驚愕。

 少年がナイフを突き出す直前には無かった。

 だが拳がオットーを離れた瞬間、それが現れた。

 見たことがあったから分かる。少年が持つ中で、最高威力の技術。



 A型エイプであれZ型エイプであれ、ナイフ程度では簡単に傷を付けられない。

 甲冑や表皮が、高い硬度によって外敵を阻む。

 打撃で砕く手もあるが、単なる身体強化でやるには、少なくとも数十回の攻撃が必要。

 少年の持ち札では、特にZ型を殺す事が困難と言えた。


 それに対して、少年が用意した解答は、


 身を守る為に使った魔力の運動。

 その応用だった。


 ナイフの先端からエッジ、リカッソを通り、そのままバックへ上って、また先端へと一周するルート。ここにさい小粒子しょうりゅうし状の魔力を沿わせ、流動させ、チェーンソーめいた高速回転エネルギー刃とする。

 “切断”とは、圧力と摩擦のエネルギーだ。

 より狭く、より大きな力を。

 動く魔力の軌道をできるだけ細くし、流れる速度をできるだけ速くする。

 

 少年はこの魔力操作を、ナイフのブレードという“道”を利用して実現していた。

 何も無い宙空で同じ動線を描き続ける事は、少なくとも戦闘中には不可能な精密動作。

 しかしそこに型があれば、押し付けながらなぞればいい。

 

 少年はこの方法で、鎧の隙間から敵の肉に、凶刃を深く刺し入れ、魔力を血管に侵入させていた。


 そう、軌道が安定しなければならないその技は、なぞる物が無ければ使えない。

 またその攻撃の性質上、自分の手で押し込み続けないといけない。

 だから手中のナイフだけ警戒していればいいと、オットーはそう考えていた。目はナイフを追って、からのように見える腕も警戒していた。



 そんな彼の必殺の拳の先に、少年が咥えたダンジョンケーブルがあった。

 確かに、申請すれば持ち込める。しかし試験中は、シールドジェネレーター以外でのコア使用は違反行為だ。少年には使い道が無い。装備していたのを見た時には怪訝に思ったのだが、その後の戦闘で頭の片隅に追い遣られていた。



 その表面、り合わせによって出来たうねつたって、

 高速回転魔力刃が完成していた。



 今ケーブルは、少年の右脇の下から出て、口元まで引っ張られている。体外魔力操作で、オットーが左拳を放つのとほぼ同時、背中越しに伸ばされて来たのだ。

 顎を狙った一撃が通る軌道上!拳を引くのは間に合わない!

 

 この時オットーは、それでも顎目掛けて、ケーブルごと撃ち抜くべきだった。


 シールドでは防ぎ切れず、肉が切られる事になるだろう。指が何本か飛ばされるかもしれない。

 が、シールドが健在である以上、切り傷に魔力を侵入させる事など出来ない。更に身体欠損や仮死状態にも対応できる、一流の使い手が外に待機し、いざとなれば数秒せずに駆け付ける。極端な話をすれば、首を切断されようと、何とかするくらいの意気込みの布陣だ。


 だから、殴り抜くべきだった。

 しかし、

 だがしかし、

 これまでの少年の、“蛮行”とでも言うべき所業の数々が、オットーの無意識のテンションを、実戦モードへ切り替えさせていた。

 少年がシールドを越えて魔力を通す方法を持っていても、試験で人相手に使うのは大問題だ。今回は毒使用者用設定でも無い為、追加ポイントも入らない。

 けれどオットーは、命の危険を感じて、皮膚に傷が付くのを恐れてしまった。

 拳骨げんこつの先を微妙に逸らし、ケーブルとの正面衝突を避けたまま振り抜き、ダメージを最小限に留め、


 伸びきったその腕に少年が絡み付いた。


「ウォオオオオオッ!?」

「ンンンンンンッッ!!!!」


 両腕両脚が交差されガッチリと組み付く!少年の口からケーブルが離され魔力に掴まれた後に左腕を一回りし、再び少年の口元に戻る!ケーブル巻き取り機構が作動し締め上げて激甚げきじん回転刃かいてんじんは鈍る気配無し!

「ヌォォォオオオ!!」

 シールドもボディスーツもガリガリと削られる!オットーは左腕を壁に叩きつけて少年の口を開けさせようとするが「F*CK!」魔力壁をクッションのように挟まれて衝撃を軽減される!

 だが今は魔力によるフィルターなどと精度の高い操作は出来ず、完全遮断するしかない!皮膚から取り込む量には限界があり、呼吸による魔素吸収が無ければこの状態の維持は叶わず、循環が無いこの空間に居続ければ吸引可能な大気を使い果たす!

 それまで耐えれば、と、ここで、壁際である今は、半球だった魔力障壁が四半球で済む事に思い至る。

——維持ノ為ニ必要ナ魔力消費ガ、半減シテイル…!


 出来るだけ離れようと、壁まで下がる事までを含めて読み切ったのか。確かに角に追い詰めるのは難しいが、この位置関係なら壁際をリングに出来る。

 賭けの連続だが、その結果オットーは見事に嵌ってしまった!


 少年を壁や床に叩きつけ右手のナイフで巻き付く手足を刺し突く!ポイントは減っているだろうがオットーの減少速度とどっちが速いかは分からない!中に二人居るので新鮮な空気も相当な勢いで減り続けている筈だがこれもいつ限界値に着くのか分からない!

 速いのはどれか?

 少年のポイントが底を突く?

 少年の魔力が切れる?

 それとも、

 オットーが——



「イイヤ、間ニ合ッタ」

 


 少年は気付いたようだ。

 違和感があるのだろう。

 彼はそれを想定していた。

 外から破られる事を。

 だがその攻撃は、いつまで経っても——腕に取り付いてたった数秒だが——来なかった。

 

 蛸の足は、何処へ行ったのか?


「ツカンダゾ」


 気付くのが遅かったが、気付いてもどうにもならなかっただろう。

 少年には見えないが、墨が作る黒い闇の中、6本腕が再び五芒星を作り、


 2本がその中心から、いわおのような表皮の、黒い蛸を釣り上げている。

 その蛸の足が、4本出たところで止まった。残っている墨の半分が代償。ならば、それくらいが限界だろう。

 四筋の黒縄こくじょうは一斉に少年に伸び、障壁を易々と貫通し、首、右手、胴、右足に巻き付いて、


 

 四本共が縦方向にバラバラの輪切りとなり、

「がバァッ!!」

 その切断面に沿った斬撃が少年の身に刻まれた。



 決着。

 少年は気絶し、受け身も取れずに床にち果てた。

 頭の打ち方も悪そうだ。

 オットーが魔法を解除した事で、バイタルデータが減衰も遅延も無しで送信される。

 救護班が刹那で到着、回復魔法をかけつつ担架に乗せて運び出していった。

 オットーも治療を受けながらそれを見届けた後、


 緩々ゆるゆると、誰かが手を鳴らした、ような気がして、


 周囲を見回し、そんなわけはないと思い直し、自分の側の出口から退場し、控室のベンチに腰掛けた。


「フーッ………」


 ヘルメットを外すと、

 ドッと疲れが出た。


 終了時、オットーのポイントは524点だった。

 意外と残っている。が、まともな教育も受けてないローマンに、グランドマスターがやられたという前提が乗ると、途端に大事件だ。

 しかも今回の試験、上の意向で、少年の得意技の一つ、魔力の敵体内侵入は、採点に考慮しないという扱いを受けている。だから毒物等体内破壊の想定の無い、標準設定による模擬戦となったのだ。

 だが——

 オットーは左腕を見る。その部分のボディースーツには切れ込みが入り、乾ききっていない飛沫しぶきの名残も付着していた。

 

 考えずにはいられない。

 「もし実戦だったなら?」。


 意味の無い仮定だ。

 もしそうならオットーは最初から全力だったし、諸々の判断も変わっただろう。

 あそこまで肉薄する事も、無かったかもしれない。

 だがあの少年が、傷一つでも付けた時点で、重篤な傷害を負わせる事ができる、そんな“いつも通り”の条件の中に居たら?

 

 どうなっていただろうか。


 オットーは思い返す。

 今回彼は、徹頭徹尾、型に嵌められていた。

 だがあの少年に、確信があったわけではない。

 例えばあのケーブルだって、肺や肝臓リバー腎臓キドニー金的ボール狙いの一発が来れば、見当違いも良い所だった。オットーが足技を選択すれば、全くの御破算だ。安定思考の傾向を読み取り、スタンさせてから安全に勝ちに来るだろう、と推測は出来るとは言え、一歩間違えれば、あの時点で敗北。

 

 しかし、彼は迷いを見せなかった。少なくとも、表に出さなかった。


 鋼の心臓、というわけではない。

 ヘッドセットで顔が隠れていても、動揺し、焦り、張りつめているのを隠せてはいなかった。

 

 だが、震えてはいなかった。

 おそれはあったが、すくみはしなかった。


 相手を恐ろしいと感じた上で、目を逸らさずにそれを観察して、一か八かしかないと判断すれば、素早くよどみ無く実行した。

 最後の最後も、負けを確信して、それでも食らい付く手足を一切緩めなかった。


 深海から伸びる巨大な多腕を前にして、手元のもりを突き刺す為に、浮上より潜行を、生きる為に選べる人間が、世に一体どれだけ居るのか?


 敗北を前提にしているかのように思い切りが良く、

 勝ちを諦めていないかのように往生際が悪い。

 

 常にギリギリで、一度大きなミスをすれば終わりの中、大真面目に戦いながら、

 何処か軽快さ、珍妙さ、謎の余裕を見せる彼の精神性を、

 配信の視聴者達は、「天然キャラ」と称していた。


 あれは、そういう物なのか?

 オットーには、そうは思えない。


「ススム、カミザ………」

 

 その名を、呟く。


 少なくとも、新学期までの2ヶ月は、


 いや、彼が高校課程を終えるまでの3年間は、


 忘れる事は無いだろうと、


 確信めいた物があった。

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