43.エリートの意地VSマイナスの執念 part1
オットー・エイティットは、自らの未熟さに歯噛みしていた。
黒墨の中で立ち位置を変えながら、術中にある少年への攻撃を継続する。
敵は半径1m強の、半球状の領域を確保し、その範囲内に異物が入った瞬間に、回避行動に入っている。幾つかフェイントも織り交ぜているのだが、徐々に当たらなくなっていき、8本脚の猛攻を凌がれ始めている。
どころか、オットーを探している。
魔力を飛ばして、彼の姿を捉えようと藻掻いている。
この魔法の中、最善のダメージコントロールを遂行、慣れた上で反撃に転じようとしている。
触手で作った障壁の裂け目に、すぐさま流れ込むよう墨を操作していたのだが、即座に内側から新しい壁が生まれ、迫り出して塞いでしまう。
結局、“
「自信ナクスゼ、マッタクヨ…」
クライアントからの依頼は、「微塵も活躍させずに終わらせろ」、だったのだが、正直達成出来ているかはギリギリだ。
この魔法の中なら、何が起こっているか、外から「見る事」はできない。間接的な情報しか無い筈であり、今のこの仕留め損なっている
が、それは建前上の話だ。
ここまでやられて、ポイントを残して立っているだけで、彼はもう十分「活躍」してしまっている。
弱いとは思っていなかった。
戦う相手の事は確認する、プロだからだ。配信だって見た。その結果、魔力操作に異常に長けている事も理解した。
——
理解は出来ていなかった、それは認めよう。
彼が作る魔力障壁が、あれほど突破が困難であるとは、実際に戦ってみるまで分からなかった。偏差を考えれば済む話、と、高を括っていたが、触ってみれば激流のような手応えで、身体にナイフの先端を届かせるのも一苦労だった。
魔力による妨害行為だってそうだ。
見えてれば掛からない、という認識が甘かった。
Z型ともあろう者が、魔力が見えない筈が無いのだ。なのに、避けられなかった。その意味を考えるべきだった。
——コイツノ魔力…!
無色透明なのだ。
いや、勿論全く見えないわけではない。それが動いたり炸裂したりして、陽炎のように大気が歪み、景色が捩じれるのは確認できる。だが、視認性は言うまでもなく悪い。これが視界の外から、急に足の下に入って来た時に、オットーは初めてZ型の気持ちを理解した。
魔素が魔力に変換された時点で、それぞれの個体に特有の色が付く。と言うより、魔素が魔力として変換された時、その性質がどう歪められたのか、そこに現れる特徴が、「色」という形で認識されるのだ。
脳が作り出すイメージの問題なので、不可視波長というのも有り得ない。
魔力に色が「付いていない」とはつまり、純粋な魔素に極めて近い、という事になる。
これはローマンがどうだとか、そういう問題じゃない。
ローマンの魔力が見えにくいのは、一つに固まって放出されることがあまりないので、色が薄いせいだ。
纏めたり破裂させたりしているのに、色が無い魔力とは話が全く異なる。
普通に意味が分からない。なんだ無色の魔力って。そんなのあるのか。魔素の魔力化とは、化学反応のようなものではなかったのか。
——三都葉ノ連中ガコレヲ知ッタラ、余計ニ解剖シタガルダロウナ。
兎に角このヤンチャ坊主を、可及的速やかに黙らせなければならない。
時間を掛けて勝つ、それは命令から外れる。
気が進まないが、もう一段階ギアを上げるか?
しかしどれだけ優秀だとは言っても、現在のシールド設定であれを使うのは——
少年と目が合った。
と、言うのは錯覚で、単にこちらを振り向いただけだ。
——振リ向イタ?
さっきから彼は、頭の向いている方向に、魔力を発射していた。そこに誰もいないか、目で確認しなければならない以上、当然だろう。
だからオットーは、彼の背後を取るように移動していた。
そう、背後が一番安全だから。
何故だ?
——コイツナンデ、サッキカラ一発ズツシカ撃タナインダ?
悟った時には既に、少年が魔力弾を三発撃ちながらスタートダッシュを切っていた。
誘導。
わざわざ自分からこれ見よがしに死角を作って、そこに敵が入った頃合いを見計らって、攻勢へと一気に反転。
狡猾さまで持ち合わせる彼は、上に一点、下に二点、三角形の頂点のような配置で撃ってきた。蛸足が少年を囲んで叩く為に使われている為、今オットーは身一つである。自身の身体能力だけで避けるしかなく、どこに避けても、その方向を見られてしまう。
そして今の戦場の広さなら、オットーを再度見失う前に、彼は追い着いて来るだろう。少年の逃げ場を奪う為のクライアントの気遣いが、皮肉にもオットーの退路を断っていた。
——ソウカ、ダカラ奴ハ真ン中ニ立ッタノカ。
コートの端から端までならば、間に合わなかったかもしれない。
だから、手探りで歩いているような素振りで、壁までの距離を魔力弾で測り、部屋の中央に移動した。
二人の距離が最短の時に動いたのも、偶然では無いだろう。
1秒もせず敵の間合いだ。呼び戻せる触手はせいぜい2本。
普通に考えれば、そこまで悲観するような状況ではない。実戦の経験量も、身体強化の年季も、使える手の本数も、残りポイントも、疑うまでもなくこちらが上。正面から“現実”を叩きつければ、それで仕舞いだ。
だがこの少年相手に、「普通」を説くのは最早ナンセンス。
未知の深級ダンジョンに入って、モンスターを相手にする、その警戒度で挑むべし。
身体強化、敵との間が縮まり、防護膜が炸裂、オットーを抱き込む形で再度展開。
墨を追加するには、魔法陣が必要だと読んだのだろう。様子見無しで踏み込んで来た。
——SHIT!正解ダゼ!
その通り、印を結ばなければ再展開不能。単なる目潰しの墨は吐けるが、魔力感知の精度が上回る相手に使えば、逆にこちらの視界が不利になるだけ。オットーと少年のどっちが優れているかは未知数だが、お試しの能力勝負をするにしても今ではない。
駆け寄った少年が、加速!身体強化を加減して緩急を付けていた!ナイフを持った右手が伸びる!だが甘い!
モンスター相手の戦闘では
狙いは明白。高得点となる首への刃物攻撃。
横に少しそれる事で回避、敵の腕の内側に身を捩じ込み、顎に向けての左ストレートを放つ。
試験前に支給されるポイント計算用装備には、魔力シールドジェネレーター機能も含まれている。刃物なら潰せば殺傷力を抑えられるが、拳や槌などの打撃だとそうはいかない。魔法攻撃でもそうだ。だから魔力シールドが必要となる。
ところでこのシールド、訓練用である為、一つの変わった特性がある。
通常の魔力シールドは、できるだけ敵からの攻撃を肩代わりして、耐久値がゼロになって初めてダメージを通す。
一方、訓練では、衝撃で吹き飛ばされる、切りつけられた痛みで行動を阻害される、等、実際に攻撃を受けて貰う必要が出て来る。模擬戦だって、それが醍醐味だ。
だからこのシールドジェネレーターは、無理せず一部だけ吸収し、後は通すように作られている。六芒星魔法陣による複雑処理によって、それを実現した。
防護割合は場合によって設定が変えられるが、本試験では標準の半減モード。つまり、殴られたインパクトは、半分は残って肉体を襲う、ということだ。
頭部への攻撃はただでさえ高得点。
例えポイントが残ったとしても、顎に伝わった衝撃が脳を揺らし、意識を飛ばす事ができる。グランドマスターの前で数秒硬直するとは、それ乃ち「料理して下さい」と言うようなものだ。
意識を刈れるレベルの一撃が要る。
確かに半減されるが、しかしオットーレベルに高水準な身体強化、そしてこの体重差なら、それでも十分余りある。更にカウンターが成立している為、身体強化された少年の前進エネルギーも乗る。
相対速度は互いのスピードの総和、この距離で避けるどころか、動体視力を強化しても反応できるかどうか。
この無煙地帯に魔力の塊を忍ばせていないのも確認済み、踏み込みを狩られる事も無い。
——運ガ良ケレバ首ハ無事ダ。悪ク思ウナ。
その拳が出発した時点で、誰もそれを止められない。
オットーでさえも。
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