42.獅子は兎を狩るにもうんぬん part1

「“聖釣タナ・タプ”!」

 開幕速攻!オットーは略式の詠唱を済ませた。

 その背から蛸足が八本生えてそれぞれナイフを引き抜き一斉に投げた。

 少年がそれを避けた時には既に次なるナイフを手に、今度は斬撃八本の嵐が繰り出される!


「……誰が『大人気の無い男ではない』って?」

「………手加減はしている」

「いつもと比べて初手からギアを入れ過ぎだろうがよ」


 

 彼らは全身にセンサーを装着しており、肉体に何らかの衝撃が加わったか、身体強化が発動しているか、不正な魔具使用が無いか、生命維持に問題が無いか等を、絶えずモニタリングされている。残りポイントを見れるのは本人と、室内から見る試験監督、それから管制している職員のみ。

 ナイフは当然刃が潰されているが、体に触れた時点で当たり方を確認され、適切な量のポイントを減らされる。

 能力を事前に申告させて、回復、炎、毒などの保持者の場合、もう少し複雑な設定になるが、基本は削り合いというわけだ。

 ちなみに例えば首を締められたら、ポイント自体はあまり変動しないが、意識や呼吸の状態によっては、その場で強制終了となる。


 これらは不可逆な傷を避ける為の仕組みであり、教師との組手の際は、生徒を守る重要なセーフティネットだ。

 特に双方の力量差が極めて大きい場合、強者側はうっかりやり過ぎないよう、細心の注意を払わなくてはならない。



 と、言うのに、今のオットーは、

 なまくらのナイフを、相手に刺しかねない勢いである。

 少年はローマンであり、肉体強化の効果時間は短い。そもそも出来ている事自体が異常なのだが、それでも効力が失われている隙というものは、確かにある。

 もしそこに、オットーのナイフがはいれてしまったら?それどころか、当たり所が完璧だったりしたら?


「おい、医療班に改めて言っとけ。死人が出かねねえぜってな」

 

 男は念の為、最悪の事態に備える事にした。

 その間にも戦況は変化する。

 距離を取ることで対応していた少年だったが、徐々に壁際に追い詰められ始めた。

 更に高密度な斬撃舞踊で終わらせようと、オットーが前に出る。

 憐れ少年は蛸の腕の中で刻まれて「いや、ポイントがあまり減っていない!」

「何?」

「あの中でどうやって、いや、そうか!」


 その時、男の脳裏には、数ヶ月前の配信が蘇った。



 中級A型、それもRQ個体討伐を成し遂げた少年だったが、条件が恵まれていた故のこと。

 あのダンジョンのA型最大の強みは、軽業かるわざ兵士と飛び道具による飽和攻撃だ。

 その為の陣が整いさえすれば、フルメンバーパーティーとの撃ち合いでも拮抗できる。

 故に人員を確保した上で、長期戦に備えて回復・補給役を用意し、万全の布陣で攻め入る。それが基本の攻略法となった。


 少年はまだ、A型の得意技に対処できていない。

 よって、伝説的な勝利と言われた配信でも、男は胸の隅に引っ掛かりを感じていた。

 これでは常勝できない。このままA型と戦い続ければ、何時か死ぬ。


 その懸念を知ってか知らずか、少年は早くも翌日に9層再挑戦。男としては気が気ではなかった。


 A型のガトリング攻撃、M型の銃列、小型猿兵共の捨て身の猛攻、それらが始まれば、少年は退くしかなかった。

 何度もそんな日が続いた。

 稀にA型側に問題があって、勝てる時もあった。しかし、まぐれ勝ちだ。


 少年の配信は、9層に入るまでが如何に早くなるか、それを楽しみにする配信となっていた。

 A型との戦闘では、逆に視聴者数が減るという、奇妙な現象が起こっていたのだ。


 少年は、そんな状態でもブレなかった。

 来る日も来る日もA型と戦い、

 何十回もの体当たり的挑戦の末に、


 編み出した。

 面の攻撃への対抗策。



 オットーの脇を、床スレスレのごく低姿勢で擦れ違う少年!

 オットーが振り返って追撃するも、少年はまたも背中を壁に付け、そして今度は何故か膠着状態に入る!


「ポイント減少!」

「どっちだ!?」

「オットー先生です!」


 モニターに表示された数字は、


 少年の持ち点917ポイント        オットーの持ち点982ポイント

 

 確かに押されているのは少年だが、オットーに初めて、明確な攻撃がヒットしている。

 否、あの攻撃に晒されて、1割程しか削られていない方が重要。

 

「どういうことだ、シャン。貴様、何か知っているのか?」

「中級A型を完封した時と同じだ」


 彼は、


「体外魔力の運動を利用して、受け流してやがる!」

 

 手練れのディーパーなら、直接対峙した相手の魔力を知覚できる。が、配信越しではそうはいかない。だから、少年自身の説明によって、男は何が起きたかを理解した。

 

 まずは這いつくばるくらいの低姿勢を維持。

 自らの正面に魔力の奔流を放ち、その方向を捻じ曲げ、自分の背後へと回す。

 そういった、流動する盾を作り出すのだ。


 正面からの攻撃は、魔力と共に後ろに流される。

 サイドからの攻撃は、横殴りに弾かれるか、減速し横流され狙いを外される。


「だが奴は漏魔症、長時間の発動はできん」

「短時間で良いんだ。強化された脚力なら、間合いなんて数秒で消える」


 その上で彼は今、壁を背にして敵を誘った。

 相手から近づくような状況を作りながら、最も防御が手薄な背中を守っていた。

 一挙両得の位置取りだったわけだ。


「しかしそれだけでは被害を抑えたに過ぎない。グランドマスターに攻撃を当てるなど——」

「Z型攻略………」

「何?」

をやったのか?」



 中級ダンジョン、“人世虚ホリブル・ノブルス”、第10層の主。

 大猿、Zゼロ型エイプ。


 6本の伸縮自在な腕、硬い甲冑と表皮、多彩な武装。

 更に装甲が壊されることで、その部分が身軽となり、速度が増すという特性も持つ。

 武器の扱いにも技量を感じさせ、口からは毒を吐き出し、自己再生能力まで搭載。時には大きく下がり、その場の壁や城に登り、巨大な鉄砲での遠距離攻撃に徹する、そんな嫌らしさも持ち合わせる。


 まさに集大成とも言える、“Z型”の名に相応しいモンスターである。


 A型の屍を積み上げた少年は、そいつの許へと辿り着き、死闘を繰り広げた。


 そして矢張り、奴のフットワークの軽さ、高所へと逃れる小賢しさに、苦戦を強いられる事になる。


 その時に少年が使ったのが——



「動いた!」


 蛸足の1本が吸盤を使って壁に貼り付き、少年の直上から「いや!」貼り付けていない!

 ただジャンプしただけのオットーに対し少年は斬りかかる!と言うよりも、オットーが動きを見せた時点で同時に魔力を撃ちながら走っていた!蛸足のうち2本は床に付こうと伸ばされ、残った5本が敵対者を襲う!

 少年が鋭角に飛ぶ!体外魔力操作による空中制動!床に向かった2本がまたしても貼り付き損ねる!5本の連携が乱れた合間を縫ってインファイトに入る少年!もう蛸足では間に合わない!オットーも基本魔力による姿勢制御で返す!互いに両手にナイフを持っての空中戦!数合の打ち合い!拳を脚で受け刃を魔力で逸らし、僅かにポイントを減らし合う!囲う蛸足!逃げ場が無くなる直前に少年が蹴られた反動を利用して離脱!


 その背から一本のナイフがオットーを目掛けて飛来。

 当然打ち払われ、た先から再び加速して咄嗟にかざされた左腕にヒット!


「オットー先生のポイント減少!948点!」


「魔力操作だ!クソが!強化ガラス越しだと魔力が見えねえ!」

「魔力感知センサーが捉えていました!オットー先生の足が伸びた先に、滑り込むようにして魔力が配置されています!」

「そうか…!接触する時機を狙って抵抗・破裂させれば、確かに吸盤が取り付くのを妨害できる」

「問題は、オットーなら当然、その魔力が見える筈ってことだ」


 考えられるのは、こういう可能性だ。

 先ほど攻撃を弾くのに使った魔力のうち、気付かれないよう一部だけ切り離し、発散させずに固めていた。そしてオットーが動いたタイミングで、彼の視界の外からそれを操作し、足が貼り付くのを防いだ。


 Z型と戦う際に、少年は同じ事をやっていた。

 踏み込んだ足の下、掴もうとした手掛かり、逃げた先の足場、そういった場所に魔力を仕込んで、敵のペースを崩していた。


 が、それが本当だとするなら、魔力を維持し、操作する、その持続力と射程範囲が、あまりにも広い事になる。

 発散し続けるのと違い、魔力をエネルギーの塊として維持するだけなら、ローマンでも不可能ではない。勿論分単位では出来ないだろうが、10秒20秒なら持つ筈だ。


 


 実際には、視線もらずにそこまでの操作性を実現するなど、高ランクディーパーでもできない人間が多い。まるで魔力の側にも目が付いているような、高水準の自在振りである。


「魔力操作の精度だけ切り抜けば、ランク8か9、下手をすればグランドマスターにすら届くぞ」

「そりゃあなあ?肉体強化を手動マニュアルでやるようなバカだぞ?」

「酷い説得力だ」


 最後のナイフの一撃だってそうだ。

 オットーの魔力に遮られるせいで、少年が自分の魔力を感じるのは、かなりの困難だったに違いない。しかし彼は、いとも容易くやってのけた。しかも一度魔力が切れたと見せかけて、別の魔力攻撃で再度押し込む二段階攻撃だ。

 オットーの度肝を抜いたのも、当然と言える。


「さて、どう出る?オットーさんよ?相手してんのは、ちょっと強いディーパーでも、ちょっと賢いモンスターでも無いぜ?」

 

 861対948。

 優位は動かない。堅実にやれば勝ちは盤石。

 このまま削り切るのも手だろう。


 だが腕利きのディーパーは時に、確実性をこそ重視する。

 与えられた任を必ず達してこそ、“真の一流”であるとこだわっている。

 命を懸けるからこそ、一片の欠落も許さない。


 だから彼は、

 下された命令を全うする、その矜持の為に、


 優先度の低いプライドを切り捨てた。

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