40.恐怖!感想戦!

「肉体強化と体外魔力操作、更に魔力による索敵、動体検知。貴方はこれらの内、通常一つ、深く集中しても二つ同時でしか、行使できていません」

 

「うーん!そうかあ!」


「そして肉体強化の中でも、動体視力強化は特別枠となっており、精神力と集中力を、必要以上に費やしています」


「あー!確かにそうかもしれない!」


「改善点は其処です。その為には、自身の中に魔力を通す際、より効率の良い、最短経路を探し続けなさい。強化する、魔力を放出する箇所、その場所によっても、最適な通り道は変わります」


「あーうん!りょーかい!」


「ああ、それから、体内魔力が体外に出る時、どの出口を通ったのかも、正確に捉えなさい。目標は、自分に魔力排出口が幾つ開いているか、その正確な数を把握する事です」


「おー!ところで聞きたいんだけど!」


如何どうしました?」


 ズガガガガガガガガ!

 銭の列が俺を追って畳に食い込んでいく!


「それって今じゃなきゃダメだった!?」


 足を止める暇すら無いけど!?


 


 安心して欲しいのは、俺がうっかりしてるから、カンナに向けて声を出してるわけではない、という事である。


 ここはいつもの、俺の夢の中だ。

 例によってカンナに連れて来られ、例のごとくしごかれている。

 今日は夢に入ってからずっと、A型エイプとの交戦シミュレーションを、繰り返し受けさせられている。

 しかも戦いも佳境というところで、カンナから初交戦時の内容について、指導が飛んできたのだ。

 聞き逃したら、当然減点。

 もっと腰を据えながら聞かせて欲しい。


「結局九層では、戦闘回数二回のみで帰還したのですから、余力はあるでしょう?」

「その2回がどっちも大問題だっただろ!ってえええ!いつまで撃ってんだハゲ!」


 

 A型の、それもRQ個体を討伐し、さあここからだと喜び勇んで進み、次の広間で色々な問題が起こった。


 散々抉られた傷については、即効性の止血薬で応急処置とした。どこかのダンジョンのモンスターコアが原料の一つで、痛み止めの効果もあるので重宝している。これに関しては困っていない。

 じゃあ何が、俺の歩みを止めたのか。


 まず、その部屋の中では、A型が最初からモンスターを産みまくっていた。俺が着いて障子越しに感知した時点で、中に15体は居た。バリケードみたいな物まで、ドシリと設置してあったし。

 よくよく考えたら当たり前なのだ。最初に会ったA型は、あそこに移動して来たばかりで、俺との戦いになってから産み始めた。そうでなければ各階層に、自分の子を送る作業に従事している筈で、つまりガキ共に囲まれている時の方が多い。

 A型戦は、最初から複数で待たれている物、という至極当然の帰結に、考えが至っていなかった。過去にA型に襲撃された二回、どちらも遭遇戦だったことで、認識にズレが生じていた。


 それに加えてA型は、未知の攻撃をまだ隠していた。

 それが、今俺が撃たれている、ミニガンならぬぜにガンである。

 長細い、板にも見える箱。これまた長細い穴が通されているが、そこから銭が射出される。

 これが円周上に、等間隔で三連。一発撃ったら回転し、隣の板箱に替わり、次にそれが銭を吐く。これを少しずつ加速しながら、何度も何発も撃ってくるのだ。

 下級モンスターを死に物狂いで一掃してたら、遠距離から鉄砲と一緒の掃射が始まって、俺はほうほうのていで逃げ出した。あのムカデ猿相手に距離を取るとどうなるか、百聞に勝る体験で思い知ったのだった。


 

 ってことで、銭ガトリングをされても次はやり返せるよう、わざわざ離れた場所からスタートさせられて、今に至る。

 カンナは天井近くで、おやつのとろけるプリンを食べながら、のんびり観戦していた。


「ほぉら、手をこまねいていると、際限なく増えますよ?」

「あれ撃ちながら産めるのかよ!?容赦が無さ過ぎる!」

「A型相手に、子供の命で脅した時もそうですが、モンスターに、情けを期待するべきではありませんよ?貴方が共感出来る優しさなど、持ってはいません。彼らも、私も、ね」

「いやカンナは結構優しいと思うけど!それとは別に!毎回特訓が!アクロバティックなんだよ!」

「………『優しい』、ですか。矢張り、珍しい感性の持ち主ですね。見ていて飽きません」

「それはどうも!」


 A型との戦闘が、パーティー前提な理由が分かった。

 相性が良い奴でこれなら、硬さに特化したダンジョンのA型は、俺だけだと殺す術が無いに違いない。だがここに破壊力特化の仲間が居れば、どっちのダンジョンでも通用するようになる。


 臨機応変に、そして守備範囲は広く。そういう安定性を獲得する為の、パーティー制度だ。良い勉強になった。




 それから三度くらい蜂の巣になって、「如何して逃げないのですか?引き際を見極める訓練でもあるんですよ?」とか後出しされて、転がり出るように外へ退避。一旦休憩となった。


「はあ…、折角勝てたのに、冷や水どころか氷水ぶっかけられた気分だ」

 あの後ダンジョンから最寄り駅までの間と、電車を降りてから居住区までの間に二回、報道各社のおしくらまんじゅうの餌食にされた。こっちは疲れてるってんだよ。

 それを越えてやっとこさ帰れば、いつものお勉強タイム。

 ひいひい言いながら終わらせて、なんとか煎餅布団にダイブインしてからの、この鬼畜特訓である。

 戦勝ムードは、もう行方不明だ。


 そうなるとまた、不安がゴソゴソ鎌首をもたげ出す

 安定して勝つ方法を確立するのに、あと何ヶ月かかるんだろう。

 Z型も含めて、時間足りるかな………。


「問題ありませんよ」


 金色こんじきとばりの向こうに目を向けながら、

 俺の隣に降りて来て、欄干に片足を乗っけて寄り掛かったカンナが言う。


「貴方は、踏破出来ます。この私が、保証しましょう」


 彼女にそう言われると、どうにでも出来る気がしてくるのは、

 彼女が強いからだろうか?

 それとも、ずっと一緒に居てくれるからだろうか。

 A型と戦っていた時も、彼女が変わらない調子で笑ってたから、絶望的に感じなかった。


 あの時の俺は、夢中で、「勝てる」って、確信してた。


「本ダンジョンで、貴方が最も苦手とする敵は、あのA型です。それを討ったという事は、Z型は大した障害になり得ません。残り時間のほとんどは、九層攻略に割いても問題ないでしょう。ですので貴方は、遠距離からの高火力に対抗するすべを——」


 そこで気付いたのか、彼女は俺を見た。


「もし?聞いてます?」


「ああ、うん、だいじょぶ…A型の倒し方でしょ、うん」

 「カンナの顔しか見てなかった」、なんて言える筈もなく、目を逸らしながら考える振りをする。内心では、A型どころじゃなかった。

 最近ずっと顔を突き合わせ、見慣れたと思っていたんだけど、

 それでもこうやって、ふとした合間に見入ってしまう。


 何かを憂うような横顔も、りゅうせんを描く後ろ背も、

 どこでどうしていようと、

 彼女が居る景色は、絵画のように現実感を無くす。


 配信中は遠巻きに浮いてるから、潜行に集中できるのだけど、そうじゃなきゃ俺、余所見で死んでそう。


「ススム君?」

「あ、あのさ、カンナ」

 そこで俺は、なんとか体を起こす。夢の中なのに、倦怠感まで再現されてるせいで、立てそうにない。なので、正座で妥協する。

「ずっと、言いたかった、事があって」

「なんです?特訓項目の軟化なら、交渉の余地は——」


「あ、ありがとう!本当に!」


 頭を下げる。

 最近何度もこうしているから、大して価値の無い動作になってるかもしれないけど、俺にはこれくらいしかない。


「………何です?急に」

「オレ、一人で生きようとか、ナメた事言って、それどころか、世の中の役に立つんだ、笑顔を増やすんだ、なんて息巻いて、でも結局バカだから、全然ダメでさ…」

 ああ、くそぉ、まとまらない。

「それで、釣り合ってない夢を諦められなかったから、自業自得で、死にかけて、ホントに、オレ、何もできなくてさ…」

 そうじゃない。俺が無能なのは分かってるだろ。そうじゃなくて、

「カンナが、オレを助けてくれたんだ。救ってくれたんだ。可能性を示すどころか、ここまで、こんな幸せにまで、連れてきてくれた」

 だから、だから俺は、


「返すよ!」


 カンナから貰った分、

 これから何度も苦しんだり、弱音を吐いたり、折れたりしても、


「一生掛かっても、必ず返す!」


 カンナが望んでいる物を、


「まだ全然、カンナの期待には応えられてないけど、カンナに、もどかしい思いばかりさせてるけど、」


 だけど、


「カンナが楽しんで、笑っていられるよう、精一杯を尽くすから!」


 だから、

 ああ゛!泣くなよ!お前最近肝心な時はいつもそれだ!

 今泣かないでくれよ!もうちょっと、喋らせて——


「全く……」


 俯いている俺の目に、丁寧に折られた膝が入った。

 ひんやりとした指で顎を掴まれ、彼女の目線まで上げられる。


「貴方は私が、分かっていませんね?」


 あの目だ。

 燃える空のような瞳。

 夕暮れの世界が広がる隻眼。

 

「ほら、涙を拭いて、立って下さい。少し予定変更です」

 右手を左手で取られ、促されるまま、立ち上がる。

 と、カンナが後ろへ、手すりへと倒れるように重心を移し、俺は腕を引かれる力に逆らえない。

 彼女と俺は、

 目と目を合わせたまま、

 頭を下にして、

 足場の外に落ちる。

 

 少しの滞空。

 落下。

 加速していく二人。

 それでも、こわくない。

 ただ魅入られて、彼女を見ている。


 と、少女の黒装束が、大きくはためく度に、姿を変えていく。


 抜けるような空色のころも

 袖口は大きく、脇から外が透けるように薄い。

 黄金の帯と、二重になったスカーフ。

 頭の上に二つ、左右一対、髪が四つの環状に結われる。

 足の先まで布に覆われ、線を浮かせて形を見せる。


 考えるでもなく自然と、表現する言葉が浮かんだ。


 “天女”、と。


 カンナは左腕を俺の背に回し、徐々に減速、


                   爪先とつむじを

                   くるりと返し、


            その場でふわり

            浮遊する。


 眼下に、街並みが一望できる。

 優しく注ぐ太陽に染められ、

 金に輝く雲に満たされ、

 木々や瓦屋根が

 点々と顔を出す。


 あの、燃え盛る戦場も、元々はこんなに穏やかで、神秘的なんだ。

 ふと、そんな事を思った。



「いいですか?ススム君」


 右耳から脳を抜けるような、恐ろしい、けれどもっと聞いていたくなる声。

 

「私は、貴方が思う程、優しくはありません」


 そんなことない、そう言おうとして振り返り、

 鼻の頭が触れそうなくらいの至近に、彼女の玉顔ぎょくがんがあるのを思い出し、

 呼吸が止まり、何も言えなくなる。


「貴方が、私の目算を裏切っていれば、私は貴方を、疾っくに棄てています」


 カンナがと囁くと、吐く息が唇をなぞり、口内に忍びる。


「貴方は、私の期待通りに」


 歯の裏から、喉まで満たす。


「いいえ、期待以上に、成長しています」


 俺は唾と共に、それを飲んでしまう。


「私が、掛ける負荷を見誤った時も、貴方は立ち直って見せました」


 酔ったように、感触が曖昧になり、



「貴方は、十分、面白いですよ?」



 ぬるま湯の中みたいに、安心と昂奮が混ざる。


 「ですから」、くすりと、

 少女は一層、柔らかい笑顔で、


「これからも、宜しくお願いしますね?ススムくん」



——ああ、言われた。



 悔しさとか、不甲斐なさとかが、腹の下から泡立って、


 ぱんぱんに膨らんだ嬉しさで、押し潰された。



 

 それから、

 どれだけの時間そうしていたのか。


 俺は、憶えていない。

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