38.「母は強し」ってそういう意味じゃねえだろ
「うわあお」
さっきまでの、「ザ・戦場」という空気から一変。
「御殿、って言うのか…?」
主要な建材は、同じく木製。
三角形の瓦屋根が並び、それぞれが広い渡り廊下で結ばれる。
一つ一つの建物が大きく、外から見た概算で、校庭が一つ入るくらいの広さ。
しかし、ギラギラゴテゴテとしているわけではなく、白壁に黒い屋根という落ち着きで、
『武家屋敷じゃね?』
『貴族って感じはあんましないな』
『中世丹本っぽいぞ、ススム』
コメントを確認しても、同じような感想が書かれている。
とは言え、様式とかから時代背景を探るのは、徒労に終わるだろう。
ダンジョンが地上の文化を忠実に再現する事なんて、聞いたことが無いし、
本物の武家屋敷は、こんな風に天空に浮いていない。
「これ、下ってどうなってるんでしょうね…」
『映すなガバカメ!』
『ヒャアッ』
『俺は高所恐怖症だぞ、ススム』
『バカカメめ、こういう時だけ鮮明になりやがる』
『この金色のモヤは何?』
「あ、これは本当に、こういう色の雲?霧?みたいなのが立ち込めてます。お蔭でちょっと遠いと何も見えません。下がるほど濃くなっているので、ここがどうやって浮いてるのか、そもそも本当に浮遊してるのかも分かりません」
(((試しに降りてみます?案外、足が着くかもしれませんよ?)))
(絶対にヤだ)
(((残念)))
ドS師匠は置いといて、俺は緊張しながら歩き出す。
何しろここから先、道順が分からない。
今までの階層は、市販の地図であったり、他人の配信から割り出した経路だったりで、順路を確認済みだった。
対して9層以深は、完全に情報ゼロ。
貯蓄を使い果たす勢いであれば、地図くらいなら買えるのかもしれないが、俺にそれは出来なかった。
何故か?
売り手への伝手もコネも無いからだ。
ネット上だと真贋が分からないし、対面でも足下を見られるなら良い方、全くの偽物を掴まされる可能性だってある。信用できる得意先って大事なんだな、って思いました。
嘘か真かビクビクしながら進むなら、自分で一から開拓するのと変わらない。
よって、マッピングは自前で行こうと決めた。
「まあ、何処にA型が居るのかは、分かりやすいですね…」
この点在してる広い屋敷の中で、ぬくぬくゴロゴロしている事は想像に難くない。
ちょっと覗いてみようか?
どういう見た目かが分かっているだけでも、立てられる対策があるかもしれない。
俺は渡り廊下を抜け、まず正面の建物に近付く。
デカい。
外周もデカいし、中に入る為の襖もデカい。
高さ5mはある。この時点で、中に居る奴が巨大なのが確定だ。
「横からの道は…」
一応、杭を刺すみたいにして壁伝いに行けば、中に入らずとも進めそうに見えるが、
「なあんか、嫌な予感がするんですよねえ…」
俺は試しに、金のモヤへと魔力を伸ばしてみる。
右手の延長となったそれは、
何の抵抗も無く、色付きの大気へと分け入って行き、
じゅうっ
「あっつ!」
慌てて魔力を離し、手を引っ込める。
本当にそうなってるのか、感触だけそれっぽいのかは分からないが、道を外れた先は、焼けるような高温だ。
『それ熱いんだ…』
『プロでもミスったら即死しそうな場所だな』
ここをショートカットするには、それこそチャンピオンランクの化け物でないと無理そう。
「大人しく正面突破しまーす…」
何事にも横道無し、ということだろう。
少しテンションが下がったが、そもそも一匹も倒さず通過する気も無かったので、そこまでのショックにはならなかった。
見た目からして、「巨人用です」感バリバリな障子に手を掛け、横にスライドさせる。
思ったよりは軽い手応え、そして、開いた先には——
「いや居ないんかい!」
大げさにズッコケてしまった。
道理で気配が無いわけだ。
確かに、A型は徘徊するタイプだし、どの部屋に居るかはランダムだけどさあ…。
ここは誰もが必ず通る場所なんだから、誰かは居た方が良いだろうに。
所詮はモンスターか…。
盛大な肩透かしだったが、なるべく良い方に考えよう。
「帰路が確保できたのは、取り敢えず良かったですね。まあ後から来られたら、結局困るんですけど」
A型が住んでる和風の広間には、必ず1~8階層へ繋がるラポルトが開いている。
これは、A型から産まれたモンスターが、持ち場へ即座に配置できるように、という設計思想だろう。
このダンジョンは和風な造りで、階層の表示も漢数字だから分かりやすい。
未知の言語の数字が使われたりして、どれがどの階層行きか、見ただけでは判別できなかったりするらしい。
まあ、「1」は大抵棒一本なので、そこだけは分かる事も多いと言われるけど。
余談なんだけど、この部屋にある「六」から「八」までの扉は、他の物と比べて広くなっている。つまり、C型やD型の車体は、ここでもう作られている、という事が確定する。
A型がどういう見た目なのか、どうやって産んでるのか、益々分からなくなって来た。
先に進もう。
「ご丁寧にも、三方向どちらにでも、行けるようになってますね…」
迷わす気全開な構造を前に、兎に角右から回ってみることにした。
あまり何度もA型に遭わないように祈りながら、総当たりしてみるしかない。
情報を持たざる者の、辛い所である。
俺は溜息をこらえながら外への襖を開けようとし、
タン、と、
その前に自動的に開いてくれた。
「え」
『あ』
『あ』
『あっ』
そこにはハゲ猿が居た。
紫色の
そいつとバッタリ出会い頭。
〈………〉
「あっ、どうも」
気さくに挨拶してみた。
刹那、隠す気ゼロな殺気が発され、俺は瞬時に全身を強化、体外魔力破裂も併せて横へと全力ジャンプである。
〈キィィィィイイイイイ!!〉
突進しながら入って来るハゲ猿!
「ちょっとツイてると思ったらこれだ!」
覚悟が空回った時点で完全に気を抜いていた。
魔力探知による壁越しの警戒が緩んだその時を、狙うようにして現れやがった。流石は現実である。俺への嫌がらせに余念が無い。
(((ふっ、くくく、くふっ、「どうも」、って、間の抜けた顔で、ふふふっ)))
何かツボってる奴が居るけど文句を言うのは後だ。攻撃を避けた俺は、そこで猿の全貌を見る。
長い。
第一にそう思った。
何が長いって、胴が長い。
海老を思わせる、折り重なった甲冑。それがガチャガチャ言いながら、畳の上を這い進む。
「軽い方が強い」このダンジョンの、セオリーに真っ向から反する構え。
重く、硬く、動きが鈍そうな見た目をしている。
いや、思ったより速い。百足みたいな移動方法と、蛇のような柔軟性で、曲がったり振り返ったりにも、そこまで不自由してないみたいだ。
そいつが示威行為のように、ハゲ猿が付いた先端部を上げていく。
さっきまで下になっていた、甲冑の内側が見えるようになる。
そこには猿が居た。
ちゃんと言うなら、「猿共」が居た。
めり込んで一体化したように、ギュウギュウに詰め込まれた猿の群れが、みんなはっきりとした意識を持って、俺の事を睨んでいた。
これはきっと、体の一部分なんだ。
仔猿共の手足が、百足の脚になっている。
俺はネットの噂で聞いた、人を連結させるホラー映画を思い出した。
〈キキャッ!キキキキキャ!〉
ハゲ猿が唱えるように吠えると、頭含めた僧衣部分も、肉から湧いた鎧でみるみる覆われていく。更に大量の鉄砲が、メリメリと内側から生み出され、子猿達に配布されている。
一糸乱れず、一斉に狙いをつける銃口。
地面に近い箇所からは、C型の中に居るようなチビ猿が分離し、そいつにも短刀が作り渡された。
「ああ、なるほど、そういうこと…」
猿共が使っていた武具も、C型やD型の車体も、こいつが魔法で生み出していたのだ。
「卵生じゃない場合、戦闘中には産めない、って思ってたんだけどなあ…」
本当にそうなら、楽だったのだが。
中級ダンジョン“
「ははーん?」
巨体であり、群体。
命も資源も、女手一つで大量生産。
「さては多芸だな?お前」
返った答えは弾幕だった。
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