36.「快進撃」という言葉に縁があるなんてな

「見ろよカンナ!オストラのディンゴヒル州立公園の火事、まだ続いてんだってさ。なんかヤバイ植物のせいでボヤは何度も起こってるらしいけど、今回のはこれでもう1週間だってよ。スケール違うよなあ」

(((興味深くはありますが、其の前に貴方、アナリティクスとやらを、見ようとしていたのでは?)))

「おっと、そうだった」


 最近の日進月歩チャンネルの調子を見ようと、再生数や登録者数の推移を見れる機能、所謂「アナリティクス」を利用しようとしたのだが、TooTubeを起動した瞬間、気になる動画をハシゴしてしまった。

 危ない危ない。晩御飯休憩の時間もそろそろ終わるから、急いで確認しないと。


「さーて、登録者は、と、うぉおぃ!?50万超えてる!?!?!?」

 あとで告知用SNSに、感謝メッセージ載せとこう。

「増加ペースまだ維持してる…。先月のD型撃破が、明らかな起爆剤になってるな」


 魔力を滞留させる、外側に纏う、という発想に行き着いてから、潜行のスピードが劇的に上がった。ある程度の攻撃を身体で受けられるようになったし、察知できないくらい遠くからのM型の狙撃も、当たっても重傷にならない程度に軽減できる為、より大胆でスピード重視の動きが可能になったからだ。

 往路だけでなく復路に掛かる時間も短縮できる為、潜れる範囲が大幅に広がった。


 肉体強化を得て、5層に再挑戦し始めてから、3ヶ月。現在の最深記録は第8層。1ヶ月1層以上で進んでいると考えれば、全然悪くない。

 編入試験が来年の1月末だから、座学を始め試験対策に集中する期間を、一月ひとつき分設けるとして、あと3ヶ月。

 残すは最深2層のみ。

 

 高望みの足が、地に着き始めていた。


(((第七層は私からすると、消化試合だったんですけどねえ…)))

「え、そんなに緊張感無かった?」

(((あのダンジョンの、D型とW型、という言い方をするんでしたっけ?あの程度の相手までであれば、今のススム君で問題無く勝てます。気を抜かなければ、危うい戦いではありません)))

「え、ぇえ~?そっかなあ??ムフッ、そこまで買ってもらえると、ちょっと嬉しいって言うか——」

(((相性の問題です。ススム君が何処の中級でも安定して8層まで到達できる、とは一言も言ってません)))


 だからそんなに強く否定しなくても…。ちょっと悲しくなるじゃん。


「確かにあそこのモンスター、大型でも中身は所詮猿だからな」

(((ススム君の力でも、殺せる相手が多いですからね。あのダンジョンを指定したのには、それなりの理由があります)))

「ああ、そういう事だったのか」

 色々考えられてるなあ……。

 ………………待てよ?

「え、じゃあカンナは、あそこにどんなモンスターが居るのか、全部最初から知ってたってこと?」

(((当然でしょう?私を何者だと?)))

 いや何者なんだよ。

 “可惜夜ナイトライダー”というモンスターの目撃例は、俺が出くわすまで無かった。だから、入った事がある、ってわけでもないと思うけど。あ、でも、それだと、俺と会う前にどこに居たのか、良く分からなくなるな。

 千里眼でも持ってるか、透明にでもなれるのか、亜空間的な住処があるのか、それとも………

(((どうしました?そろそろ新たなよそおいが、見たいですか?)))

「心臓に悪いんであんまやめて欲しいです」


 それとも、目撃者はカンナが残さず殺しているか。


 いいや、彼女にとって、俺達人間なんてちっぽけな存在、紙くず同然としか思っていない筈だ。他のモンスターと違い、人間を見れば無条件で敵対する、なんて事にはならない理性がある。コミュニケーションも通じる。

 性格的に面倒臭がりそうだし、一々皆殺しなんてしない、と思う。


 心に浮かんだ最低な仮定を忘れようと、カンナに一つ要望を出す。

「最近ベールも手袋も付けてないし、これ以上露出度を上げないで欲しい」

 純度100%の本音。

 思春期男子には、切実な色々があるのだ。


(((考えておきましょう……。ところでススム君、「どうして事前に、モンスターの注意点等を、言ってくれなかったのか」、とは聞かないのですか?)))

「『与えられた物だけで生きるのは家畜と同じ』、だろ?」

(((よく覚えて御出おいでで)))

 たまには加点くれよ。減点しか聞いたことないんだけど。


「そうだ、一個だけ教えて欲しいんだけど、いい?」

(((何でしょう?)))

「今の俺は8層まで、ほとんど毎回到達できるようにはなってる」

 だけど、その下の9、10層にいるA型とZ型は——


「モンスターそのものがデカいタイプ、なんじゃないか?」


 これまでの敵は、大きくても4m未満。C型やD型だって、中に入れさえすれば、猿との戦闘に過ぎなかった。だから俺でも殺せた。

 でもA型とZ型は、少なくともA型に関しては、「小さい」なんてのは有り得ない。




 Aアマゾン型とは、ダンジョン内のモンスターを産み落としている種類を指す。


 9層にはA型しかおらず、同時に2体以上が同じ空間に居る事はほぼ無い。

 理由は簡単で、A型同士が出会った場合、食らい合いの殺し合いに発展するからだ。

 A型達にはどういうわけか、互いを敵視する習性がある。A型以外への攻撃性は、とある場合を除いて発生せず。逆にA型以外のモンスターが、A型を攻撃することは全く無い。

 

 A型は9層を徘徊し、平時はC型以下の、下級モンスターを産み、上の階層へ送り出す。

 他のA型と出会えば戦闘となり、勝者が敗者を食い、より強く、大きく育つ。

 どうしてそれで戦闘能力が上がるのかについては、未だに議論が絶えないらしい。


 その食い食われの関係の中で、何らかの基準を超えたA型は、RQレッドクイーン個体と呼ばれる。

 RQ個体は、モンスターの中でも上級である、D型、W型、A型、そしてZ型を産むようになる。


 そう、モンスターの強さとしては、一般的にZ型が上だが、ダンジョンとして重要なのはA型、その中でもRQ個体なのだ。


 ゼロ型は各ダンジョンに一匹ずつ。10層を丸ごと貸切っている。しかしRQ個体は、一体とは限らない。

 Z型は不定期に生まれる新たな同型と戦い、生き残った方が、ダンジョンの主として君臨する。

 

 ここで疑問が生じる。

 RQ個体がやり過ぎて、自分以外のA型がいない、なんて状況をうっかり作らないのか?


 実は、そうはならない。

 彼ら、いや、彼女らは、モンスターの種類と総数を、常時把握しているらしい。

 例えばA型の個体数が減り過ぎた時は、一旦停戦し、RQ個体が産んだ新A達が十分に育ち切るまで、争うことをやめると言う。RQ個体が居なくなったら、その時だけ他のA型が、同型を産むようになるらしい。


 ちなみに、未熟なA型に、下級モンスターが餌として与えられる、これがさっき言った、A型がそれ以外を攻撃する、「とある場合」である。


 彼女達には、ダンジョンを維持するという使命がある。

 従って、ディーパーがA型同士の戦いに遭遇したら、逃げ出す事が推奨される。見つかった瞬間に、2体ともが、侵入者への攻撃を優先。しかも、A型同士の戦闘では使われない、モンスターの出産による攻撃が解禁される。「共闘を促す共通の敵」ポジションにされるわけだ。


 ところが、A型一体を相手にしている時、他のA型が後から居合わせても、手を出してこない。どうやら彼女らが狙う分には、漁夫の利も許されるらしい。

 A型の戦闘にディーパーが割って入るのが許されないのは、「一気に2体狩られる」という大きな損失を避けたいだけ、なのだろう。


 では、ダンジョン内の個体数が少ない時に、A型を狩りに行ったらどうなるか?

 A型が一致団結して襲って来る。地獄と言っていい。A型が複数居て、しかもおっぱじめていない。これはいつにも増して、絶対に仕掛けてはいけないシチュエーションだ。

 Z型が雌雄を決している時も、A型が集まって、10層への入り口を通せんぼしていると言う。これも地獄である。最強が決まり、そいつの傷が癒えるまで、大人しく待つべきだ。


 内蔵魔力が尽きたダンジョンではモンスターが生息できなくなり、やがて最下層から順にラポルトが閉じていく。これがダンジョンの寿命である。

 が、実はA型を残さず殲滅し、モンスターが産まれないようにすれば、この寿命を速めることができる。ダンジョンの魔力はモンスターが生産している、というのが定説だ。

 じゃあどうして彼らが死ぬと、死体は吸収されるのに、肝心のモンスターコアだけ残るのか?これは現在でも不明。


 浅級や中級のダンジョンが、不都合・邪魔・損失が大きいような場所に生まれた場合、“グランドマスター”や“チャンピオン”ランクのディーパーを呼んで、内部のモンスターを絶滅させ、閉窟へいくつするらしい。

 深級?利益の方がデカいので、そこを中心に新たな都市計画が始まるだけだ。




「ってわけだから、大量に猿を産んでる以上、絶対デカいと思うんだよね」


 少なくとも、C型やD型のように、チビ猿が本体というタイプではないだろう。

 今までで一番、生命力が高いだろうと予想できる。


「さあて、戦ってみるまでの、お楽しみですね」

 などと、シーズンが終わりかけてるかき氷を突つきながら言っているが、この底意地の悪い笑顔を見ると、多分しっかり大型生物であるパターンだろう。それぐらいは察する事ができる。

 ナイフの小さな刃では、急所への効果が薄く、場合によっては血管にすら届かない、ということもあるかもしれない。


 次は巨大生物を殺せるようになれ、という課題なのだろう。


 新しい技を考えなければ。


 折角進んでいるのに、また壁に当たっている、のだが、実はそれほど落ち込んでいない。

 なんか最近、「どうやって解決するか」、考えるのが楽しくなってきた。

 解決できる力を手に入れた事と、「解決できる」と保証する誰かが居る、この二つが大きい。


 まだ見ぬA型を、どう下してやろうか。

 ああでもないこうでもないと頭を捻りながら、本日の学習時間に戻るのだった。


(((ん~~~、頭に刺さる感じが、堪りません)))


 それやる為に、俺に一気食いさせたのか。

 すげえ痛かったんだからな?

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