26.そう簡単なら、世に挫折など無いわけで

(((はいまた誤りましたね?十点減点です。何時いつになったら、余計な深読みを辞めるのですか?)))

「いや、でも、小論文に間違いとか無いだろ?わざわざコロッセオについて言及してる文章って事は、そこに絡めて書いた方が良いと——」

(((具体例に惹かれ過ぎです。良いですか?義務教育、及びその延長としての国語教育には、そのような“個性的な”読みを尊重する仕組みなど、搭載されていません)))

「え、でも、『あなたの意見を書きなさい』って——」

(((その設問は、「貴方は我々にとって望ましい思想の持主ですよね?」、という尋問です。或いは、「その思想に寄せられる位には、空気が読めますよね?」、でも良いでしょう。

 貴方が文章だけで相手を感動させる事の出来る、文学的素養の持ち主であったり、若しくはげいのうに関する学び舎の門戸を叩いているのであれば、を出す意味があります。

 然し、貴方が挑むのは、潜行者の養成学校。遠回しな軍学校です。軍隊に必要なのは、統一性と命令系統への絶対服従。跳ねっ返りは、本来お呼びではありません)))

「で、でも、何か尖った長所があれば、それで入学できる場所のはず——」

(((「尖った才能」が他の欠落を補って余りあるからこそ、狭き門を潜れるのです。尖っているだけの人材など、少なくとも国単位では、必要とされません。協調性が無くても欲しい、と、そう思わせるだけの何かを、貴方は持っていますか?)))

「そ、それは、その…」

(((そうでないなら、いたずらに反感を買う真似は、避けるべきですね。その主張に命を懸けると言うのなら、どうぞお好きに)))

「いえ、書き直します……」

(((宜しい。それから追加で、文字の書き順も矯正しなさい)))

「それは、書けてればいいんじゃ——」

(((「その字を書くのに最良の順路」を、先遣の方々が長い年月を掛けて割り出して下さったのにも拘らず、それを利用しないと?)))

「いや、でも、それを意識する時間がもったいないって言うか——」

(((限られた時間、限られた紙面の中で、貴方は自分をどの様に売り込むつもりですか?「字が綺麗」というのは、確実に好印象を与えられる、謂わば狙い目です。今回の様に、明確な合格点が存在しないと考えられる場合、手堅い加点を逃すのは、愚の骨頂と言えますよ?)))

「はい、直します……」

(((速やかにお願いします。それから、無為な口答えの分、減点しておきますので)))


 


 ここまでのやり取り、2分間に詰め込まれてます。

 何だろう、泣いていいかな?

 カンナの個別指導は、思った以上にスパルタだった。


 編入試験の筆記部門の過去問というのは、実は公開されている。最初はそれを解くつもりでいたのだが、何しろ実施回数自体が少ない為、直ぐに尽きてしまうと予想できた。

 そこで、カンナがまず問題に目を通し、そこからパターンを割り出し、同レベルの例題を作成。それを俺が解いて、形になってきたら、本物の過去問に挑戦する。こういう流れが決まった。

 俺がパラパラとページを一通りめくって見せただけで、概ね把握し傾向を解析するカンナには、最早それ程驚かない。が、その後に続いた“教育”の数々には、音を上げる寸前まで追い込まれていた。

 なんかもう、思考方法から改造する勢いだ。編入試験を突破する、それだけの為に最適化されている気がする。

 

 それと、


「………ずっと聞きたかったんだけど」

(((如何どうしました?)))

「その格好、なに?」

(((佳いでしょう?)))


 何故かカンナの見た目に、大幅な変更が入っていた。

 

(((ススム君の記憶を基に、「教導者」の外見を模してみました。如何いかが?)))

「……これが教師?」


 白シャツに黒いスーツスカート、それと黒タイツ、そこまでは良い。分かる。片目が隠れてるのに装備される眼鏡も、まあこの際指摘しないでおく。

 

 スカート丈、短すぎない?

 なんか全体的に、絞め付け過ぎじゃない?

 俺の記憶に、インナーの形が浮くレベルで、シャツのサイズがぴったりな先生、居ないんだけど。

 腰下こししたで急に盛り上がるラインも、全然隠せてないし。


(((正確には、ススム君の記憶から再現した、「不修多羅ふしだらな女家庭教師——「俺にそんな性癖は無いよ!?」

 本当に心当たりが無い。

 ………

 無いよな?

「あの、集中させてくれない?」

(((これからの辛く苦しい旅路に、少しでも心の安息を差し上げようと、そう思っていたのですが…)))

「心が休まらないんです!」


 勉強時間は、一時間みっちりやって15分休憩のペース。カンナの詰め込み教育に、俺の気力で一年間耐えられる、そのギリギリのサイクルがそれであるらしい。そこに集中力チャレンジなんて重なったら、今度こそ限界オーバーだ。


(((台詞も用意してきたんですよ?「次のテストで良い点取ったら、好きなこと何でも一つ「はあい!休憩時間終わりぃ!次、英語やりまあす!」

 わざとらしく脚を組み替える通常攻撃に加え、ボタンを上から順番に外す強攻撃が始まった為、俺は戦略的撤退を図った。少しでもよこしまな気を起こせば、カンナを横目で見る事に意識を持っていかれ、勉強どころでなくなる。と言うか本当は、今すぐ視線をそっちに移したい衝動に駆られている。これ以上は危険だ。

(((奥手ですねえ……分かりました)))

「うん、俺は今気を逸らしちゃいけないから」


(((真ん中のボタンを開けます。胸と肌と下着が同時に覗いている光景を御所望とは、欲の張った少年ですね。指で拡げて見せてあげますから、此方こちらを——)))


「ん゛んッ!」

 俺は全力で学習机に頭を打ちつけ、ここ数秒の記憶を飛ばすことに成功した。

 え?今なんか言った?

 本能が「振り返れ」と喚いているが、「見るなの怪」並みに嫌な予感が理性を醒まし、未来への目的意識が首の回転を繋ぎ止めた。俺は奥さんを迎えに冥界へ行った神様とは違う。「振り返るべからず」、オーケー絶対に見ない。


(((はいそこ三人称単数現在形の「s」が抜けてます。雑念に惑わされ過ぎですよ)))

 うぐ、直接攻撃を仕掛けて来る奴がどの口で。

「ちなみに英語学習の秘訣とか聞いても良い?」

(((第二言語は感性です。才能が大半を占めます。貴方の頭の構造が上手く合致していれば、一番の近道が取れるのですが)))

「一応聞くけど、見込みある?」

(((ご自分の胸に手を当ててご覧なさい)))

 無し、と。

(((ですので、次善策を採ります。貴方の場合、此方がより適したやり方でしょう)))

「そのやり方って?」

(((暗記です。単語も構文も反復によって何としても頭に刷り込みなさい。「こう来たらこう」、その壁打ちを身体に染み込ませ、間に日本語を挟まずとも反射でイメージが繋がるように調整しなさい)))

「ここに来て解決法がパワー系過ぎない!?」

(((数学をご覧なさい。数字は見れば意味が分かるし、公式なんて一定数しか出題されません。論理思考と、国語、つまり相手の意図を探る力さえ備えていれば、余程よっぽど対策し易いです。しかし英語はそれ以前、まず問題文の意味を解読出来るかどうか、そこからもう危うい。何のアドバンテージも持たない者が、最も余剰努力を求められる科目、それが第二言語なのです)))


 確かにパターンの数だけで言えば、英語の方が無数の対策を要するだろう。

 もう自分を漬け込むくらいの覚悟でやらないと、上位層に食い込むなんて出来ない、ってことか。感覚で読める天才に付いて行くのに、「読む」段階で躓いてるなんて、お話にならない。

 リスニングだって、折角聞き取れた単語を理解できないんじゃ、物笑いの種でしかない。


(((単語帳くらいなら自作できるでしょう?移動時間は、それと理科・社会科系科目を叩き込む時間です。幸い世界史は高校からの選択範囲扱いをされていますので、歴史に関しては丹本国内だけに絞れます)))

「一問一答と、教科書読み込むのと、どっちがいいのかな?」

(((そこは手探りですね。筋道立てて記憶する方と、単語の羅列を積み込める方。貴方の集中力によっても、向き不向きは変わります。それと、単語帳の順番は小まめに入れ替えなさい。拍や韻で覚えた結果、特定の順番でないと思い出せない、なんて事態を招きかねません)))

「準備段階の時点で工数が多い……!」

(((本来は魔学も最速で進めたいのですが、其れについては潜行が進めば、自然と教える事になるでしょう。今は後回しです)))

「ここから覚えること増えるのかい……!」


 当初の意気込みがどれだけ楽観的だったのか、それを何度も丁寧に思い知らされている。


 いいや、

 正直に言おう。

 俺は多分、複数回折れてる。


 もっと漫画とか読みたい、ゴロゴロしたい、あと1時間は多く寝たい、配信は見てるだけでいい、同年代とアニメの話で盛り上がりたい。そういう、ただ「か細くのんびり生きる」為の欲に、本当だったら何度も負けてる。だって、それはとても簡単な事のように思えるし、手を伸ばせば届くなんて、色んな事を忘れて思い込めてしまう。あの日より以前、俺はそれらを、普通に持っていたのだから。


 だけど、俺はまだ戦っている。


 俺の背を後ろから支え、隣から鼓舞する声がある。

 本人には、励ましているつもりが無いのかもしれない。

 ただ必要な作業を消化し、目的の為の最善手を打っている、それだけなのかもしれない。


 それでも、彼女が俺を見ている、それだけで、「俺はまだ立てる」って、そう強がれる気がした。

 そうだ、俺は見られている。彼女はいつも、それを思い出させてくれる。

 彼女の正視せいしが媒体となって、俺を焚きつける無数の目が、意識の底まで届くような気がした。


 みんな、言ってくれている。

 「お前はよくやってる」「頑張れ」「ローマンでも成功できる」「それを証明している」「お前は希望だ」「努力は報われる」「かっこいい」「見ていたい」「歴史を変えろ」………


 そうだ、俺の目標は、もう俺だけの物じゃない。

 俺一人が負けても、そこで終わりじゃない。


 だから、俺は何度も打ちのめされ、

 何度も何度も打ちのめされ、

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

 それでも、前に進める。


 忘れなければ、いいのだ。

 背負っていることを、託されていることを、見守られていることを、歓ばれていることを、

 忘れなければ、体が勝手に動く。

 忘れない為に、彼女が居る。

 自分でアーカイブを見返したり、エゴサーチをしたり、そういう動作を絞り出さずとも、

 自分から求めなくても、四六時中、俺に与えてくれる。

 俺が忘れられてない、それだけの事実を、思い出させてくれる。

 

 そんな彼女の存在は、絶対に、無くてはならない物だったと、断言できる。




 それはそれとして、

 もうちょっとその格好、なんとかならなかったんですかね…?

 意識から追い出すの、難し過ぎるんですけど。


(((気張って下さい。此処を越えれば、念願の夜食の時間です。今日は一寸ちょっと奮発して、目玉焼き乗せ焼きそばですからね)))

「それカンナが食べたいだけじゃん」

(((はい手が止まってますよ、十点減点)))


 こいつ…!

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