19.個人的には“伝説”よりよっぽど衝撃 part2

 自らの思考に、愕然とした。



 空気中にある魔素は、生物の体内で励起され、魔力へと変化。それが一定量溜まり、組み合わさったり反応したりすることで、魔法が生まれる。


 よく喩えに出されるのが「火力発電」である。燃料が熱されたことで何か——例えばそこに水があれば水蒸気——が発生し、それが機構を押し動かす。生物の体を発電施設とするなら、魔素が燃料、発生する物質が魔力、機構の挙動が魔法である。


 以上のプロセスのうち、「何を加熱し何を発生させるのか」、「どんな構造の機構を動かすのか」、この二つは生命個体によって違うので、当然だが稼働時の機能や効果の度合いも異なる。

 だから魔法は本来、人それぞれの単一形。血統や教育などで寄せることはできるが、「全く同一の魔法を持つ二人以上の人間」という光景は、ほぼ無いと言っていいだろう。



 で、今言いたいのは、魔素の状態では「何かになる前」、ってことだ。



 エネルギー資源であり、エネルギーそのものとは言えない。

 ケーブルの中心を通る魔力導線は、伝達する為のものだ。魔素に接触したとして、何の現象も示さない。


 さっきからズタボロダンジョンケーブル君が、何度もバチバチやってやがる。つまり、「燃料を燃やして何らかの物質を生成する」という段階自体は、ローマンの俺でも踏めているということ。

 

 別に、新発見でも何でもない。当たり前の常識。今時小学生でも知ってることだ。ローマンは、魔力を形に結ぶ前に、底の抜けた桶みたいに、そっくりこぼれ落ちてしまう。

 

 だけど、漏れてるのは魔素じゃない。「俺の魔力」なんだ。

 今それを、知識じゃなく、肌で感じている。

 

 左手が何度も焼かれるのは、そこがより多くの魔力を発している、ってことか?

 漏魔症は、至る所から魔力が抜けるパターンと、特定の数箇所から大量に流れ出すパターン、両方ある。

 俺は後者だった?いやでも、いつだったかの検診の時は、全身隈なくパターンと診断されたんだけど………?


〈アガア!〉

「どわ!今掴みかけてるんだから邪魔すんなよ!」


 G型には高度な知能は無く、何より俺の言う事を聞く理由が無い。よって、俺が頭一杯で混乱していたら、普通に好機と見て殴って来る。意識を他に逃がし過ぎた俺は、対処がワンテンポ遅れ、後退あとずさりが間に合わずに、正面から叩きつけられる。


「ぐあ!」


 骨が折れたり、肉が真っ二つにされたり、といった痛恨は避けたものの、胸を浅くやられてしまう。出血を確認し、傷の深刻さを探ろうと手を当てて、


「……あ、あれ?」


 出ていない。

 どころか、何も切り裂かれていない。


『あたっ……?』

『いや当たってない』

『ガバカメ画質悪過ぎ見えねえ』

『いちいちオーバー過ぎ』

『いやいやいやいや今のは死んでてもおかしくなかったぞ』

『え?なに、え?』

『あれ避けれるんだ…』

『そんなに反応が速いようには見えなかったけど…?』


 馬鹿な。さっきの軌道とスピードは、避けきるなんて不可能だった。

 だいたい、あの痛みは何だったんだ。

 当たってないのに痛むわけ、



——当たって毋いのに


 



 そこで、急に繋がった。

 あの夢。

 何度も何度もカンナに強いられた悪夢。

 全身が痒くて痒くて仕方ないのに、その痒い部分に触れない。どこかの神話の地獄みたいに、目の前の欲しい物に手が届かない、生殺しのいたぶり。


 けれど、もし、痒みを感じていた部分が、触れない、そもそも俺の肉体ではない物だったら、どうだろうか?

 体の外側を覆うように、もう一重ひとかさね、「感覚」を持っている、としたら?


 頭の奥から発熱するのが分かる。病気や恥のせいじゃない。とどまる所知らずに湧き続ける、思考の奔流が原因だ。

 

 俺の体が俺の目で見えているより、「広い」、とするなら、

 肉と外界との間にある、層、または神経、とにかくそういう物は、


 動かせるのか?


 俺の意思で?


 俺は、夢の中の触感を必死に思い返す。脳の奥から引っ張り出す。

 思い出したくもなかったあの痒みを反復し、そこに「痒くなる」ような体があると自分に言い聞かせて、


 左手に、力を籠める。


 バチリ、


「い゛ッッッッ」


 反応した。

 魔力だ。俺の魔力。俺の物。俺の体の延長となって、俺の思った通りに、動いた。


〈ガアアアアア——!〉

 G型が来る。今度はあの斧を切り上げて攻撃するつもりだろう。これまでの俺だったら、避ける、それしかない。

 だけど、今の俺は、一つ手に入れた。

 間合いリーチだ。

 剣道三倍段。対人戦闘でのそれは、勝敗をひっくり返し得る。

 俺の左手は、伸びた。見た目は変わらないが、今の俺なら感じることができる。

「く、グぐっ!」

 手探りながらも力を籠めると、左手に集めた魔力がG型の腕を押し込み、

〈——アアアアア、ア、ア、アア?〉

 一瞬だが、動きが止まった。

 俺はすかさず蹴りを入れて斧の上昇を更に阻害しつつ肉薄後に左胸にナイフを突き立て「入れ!」今度は魔力をそっちに放出して傷口を拡げてやった。

 バチン。

 右腕でケーブルの一破いっぱ


〈アアアァァァァ!!〉


 奴を蹴り、ナイフを引き抜きながら離れる。

 黒い液体を飛ばしながら後ろ倒れになったそいつは、少々もがいた後にピクリとも動かなくなり、やがてダンジョンに掃除された。


「勝った………」


『お、おう』

『そりゃ勝つでしょG型相手なんだから』

『なんか最後らへんだけ動きおかしくなかった?』

『いい感じに動きが噛み合ったんじゃね?』

『D型殺したヤツがG型討伐で呆然としてるの面白いな』

 

 コメント欄の反応は薄いが、成果としてはからそれも分かるのだが、


「今、え、今おれ、魔力を………」


 魔力を、使


 それは、俺の数年間の試行錯誤の否定、どころの話ではない。

 2000年間言われ続けた、一つの「当たり前」への反証。


 漏魔症ローマンは、魔力を使えない。


 それが、あっさり崩れ去った。

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