19.個人的には“伝説”よりよっぽど衝撃 part1

「こ、こんにちは!いらっしゃいませ!日進月歩チャンネルの日魅在進です!え、えっと、今日は宣言通り、“魔人窟イヴィル・ビル”のデーモン達を相手にして、小遣い稼ぎをしつつ、新しいスタイルに身体を慣らしていこうと思います!」


『はじまた』

『きたあああ』

『見せて貰おうか』

『よろしく、カミザススム』

『君なら出来るよ!』

『ダッサ、いきなり日和ったダンジョンチョイス』

『浅級…なんだけどローマンにとっては十分即死圏内だからな』

『ぶっつけ本番でやる場所として、ピッタリなダンジョンだし、丁都近辺だとそりゃここだわなあ』

『ツマンネ帰ろ』

『まあ待てせっかち過ぎるぞお前ら』

『大幅に戦闘の組み立て方を変えるというのは並大抵のことじゃない』

『新戦闘スタイルにはそれだけの価値がある、ってコト?』

『どう戦うのかちょっと興味が湧いてきた』

『これで無策だったら笑う』


 すいません、無策みたいなもんです。


「あ、あと破膜したダンジョンケーブルを装備してます。妙な光とか写り込んでもきっとそのせいですので、ご心配なく」


『は?』

『ファーwwwww』

『何回でも言うけどお前馬鹿だろ』

『自分から追い込まれていくのか………』

『なんだろう、やることなすことアホ過ぎて、逆に好きになってきた』

『その危険行為に手を出す意味って何?』

『低難易度を盛り上げようってことか?ローマンが舐め過ぎじゃない?』

『今すぐやめろ、やるにしても目立たずシね』


 マジでな。俺だって言いたい事は山ほどあるよ。俺はやりたくないんだ信じてください!とは言うものの、カンナからの興味が失われたら、そこで終わりなのだ。伝説のイリーガルモンスターに師事するなんて機会、臆病風で逃したくない。


「これについて理由ワケは聞かないで下さい。どうぞよろしく……」


 さて、重い腰を上げて、いよいよ攻略開始といくか。

 俺は緊張しながら、そっと戸を押し開ける。

 ガバカメが起動していることからも分かる通り、さっきから既にダンジョン内部だ。建物が多く、隠れやすいというのは、ディーパーの側にとっても利点となる。

 この“魔人窟イヴィル・ビル”は、仮の拠点が作りやすいのだ。ここに住んでる変態も居るという噂まであるが、果たして本当なのかどうか。その答えは、出入りを管理する受付窓口しか知らない。


 ちなみに、ダンジョンの前で出待ちされたりだとか、ダンジョン内部で追い立てられたりだとか、そういったことへの心配は二の次でいい。


 まずダンジョン出待ちだが、ディーパーという、血の気の多い人外戦力の通行を妨害することになる以上、一般人はやりたがらない。トラブルに発展し、うっかり殺されることだってあり得るからだ。一部の世間知らず、オア、命知らず。そういった人種でなければ、まあやらないだろう。

 あれだ。ライオンを見物するのは楽しいが、同じ檻の中に入りたいか?答えは大抵ノーだと思う。

 そして同じディーパーが付き纏う可能性だが、これにはディーパー同士で不文律が成立している。「緊急時を除き、個人、パーティー問わず、ダンジョン内で他人に干渉しない」。これがないと、コアや撮れ高の横取りが発生したり、寄生行為が横行したりする。ダンジョン配信者等の有名人にとっても、「追っかけ」行為を規制する上で、不可欠なマナーなのである。

 

 よって、一度ダンジョンに入ってしまえば、人間相手はあまり気にせずに済む。まあその個人主義が行き過ぎて、この前みたいに全然たすけが来ない、ってことも珍しくないのだが。


 俺は今配信を回している。つまり、俺に対してのルール違反者は、そのままネットに晒される。俺をよく思ってない連中から見れば、感情的には問題無いだろうが、それでもディーパーとしての信頼は失うだろう。俺が配信者を目指した理由の一つには、こういった抑止力による防護も含まれている。

 

 ダンジョン内ではガバカメに限らず、何らかの映像記録を残すことが義務付けられている。更にガバカメのモニタリング機能の方は、常時稼働していなければならない。所有のダンジョンに潜らせる対価として、獲得モンスターコアの一部を納品させるのだから、入手数を管理する必要があるのだ。

 例えばここに、ガバカメの信号が途絶えた後、しばらくしてから戻ってきたディーパーが居たとしよう。

 信用のあるディーパーなら、「アクシデントでガバカメが壊れたから、急いで引き返してくれた」と、そう好意的に解釈される。映像を一々確認されたりもしない。

 が、それを失くしたディーパーは、「取り分の一部をちょろまかすために、わざと破壊したのではないか」、そんな疑いをこめた目を向けられる。ディーパー同士のトラブルになっても、心証的に不利になり、時に巨額を失う遠因にもなる。


 社会的地位って本当に大事だ。俺もローマンということで、横領を何度も疑われたが、免許証に点を付けられるような行為を徹底して避けていた結果、ギリギリ冤罪を回避してきた。じゃなきゃ今頃、過去の違反行為を理由に、色んなダンジョンの潜行を拒否されてる。

 こんなとこにも綱渡り要素があるローマンって…。


 あと付け加えるとするなら、ここは浅級の第一層。実入りが少ないから人も少ない。人口密度が高く、どのエリアでもディーパーとすれ違う、そんな人気ダンジョンではないのだ。


 以上の理由から、俺が注意すべきは、ダンジョンモンスター相手だけでいい。


(((ほほぉう?)))


 キレイな顔が意味ありげに頷いている気がするが、放置だ放置。全然大丈夫………大丈夫だよな?


「イタッ!?イッ゛!~~~~~ッッ」


 大丈夫じゃねえなあ!

「~~~、あ、ん?」

 ケーブルが一回爆ぜた痛みを和らげようと歯を食いしばっていたら、嫌な肌触り。

 これは多分、


「居ますね…」


 今居る所から、三軒先の閉じた木扉もくひ。具体的な種類は知らないし、存在しない素材の可能性もある。

 ダンジョン内の構造物は魔法で作られており、外に持ち出すと崩壊するので、採取は不可能。調べても、「魔素から出来てます」、以上終わりだ。モンスターは出て来れるのに、不思議な話ではある。

 とにかくその、よく分からん材質で出来たドアに、逆十字と目玉が融合したような、よく分からんシンボルが描かれている。

 あそこだ。

 あの扉の後ろに、多分、居る。

 何度も潜ったから、雰囲気で分かるようになってきた。


『「居ますね」、だってよwww』

『カッケーwww』

『恥ずかしいイキり方で草生える』

『ケーブルに伝導する魔力だけで痛がってる奴が何か言ってる』

『かっこつかねー』

『身体能力強化が無いローマンに気配察知スキルとかあるわけないだろ!』

『待てみんな!素のフィジカルがつよつよなのかもしれない!』

『そうだよね、それってやっぱりおかしいよね』


 やいのやいの言われてるが、ここは無視だ。

 現場でつちかった感覚というものは確かにあるのだが、言葉で伝わるものでもない。ここでコメントへの反論に集中すれば、いつかみたいにデーモンに組み敷かれ、今度こそ孤独のまま斬殺体になってしまう。


「途中まで、普通に歩きます」


 俺は他への警戒も緩めず、その扉の前へ差し掛かる、その一歩手前で止まる、のと間を置かずして足下の小石を蹴って当ててみる。

〈ガぁース!〉

 反応はすぐだった。開け放たれたと思った時には正面に向かってG型デーモンが斬りかかっていた。

〈ガアア!ア!ア?ぁア?〉

 盛大に空振からぶったことで困惑の声を上げ、周囲を見渡そうとする隙に、というのがこれまでの俺のやり方だった。が、

「一匹だけ…周囲に他の敵も多分いません…やります!」

 今日の俺は、「これまで」を変えに来たんだ。

 手持ちのコアは無い。武器と言えば、ダンジョンナイフが一本だけ。

 敵は、手斧で武装した大口の怪物。服は中世の町民に似て、防御力はあまりないのだが、肌はツルツルとした黒色で、人間のものより少しだけ硬い。

 G型レプトは数で押す、複数で群れるのが前提のタイプだった。G型デーモンも集団行動はするが、単体で待ち構えていることも多い。危険なのはレプト共だが、個体によってはデーモンの方が、単体で強い事がある。

 

 初心者がダンジョンモンスターとの戦いを覚えるなら、まさにうってつけのかたき役。

 

『えっ、ほんとにいた』

『指示厨顔真っ赤で草ァ!』

『「いるわけない」とか言ってたやつ冷えてるか~?』

『どう考えてもマグレだろエアデ共』

『自称ダンジョン経験者さんイライラで草』


 鉄が打たれるような衝撃が何度も響くが、これは大顎が噛み合わされる音だ。

 手では斧を振り上げながら、前傾姿勢で口を前に出す気味の悪い構えで、G型デーモンが対峙する。

 殺したいのか食いたいのかハッキリしやがれって話だコノヤロウ。

 俺はナイフを順手に持って、空の左手は少しだけ前に。

 ケーブルがまたも火を噴き、左腕が刺されたような刺激を喰らうが、何とか体勢を崩さないで耐える。と言うか、さっきから左手を重点的に狙い過ぎだろ!


 ともかく、大きな隙は、互いに無い。

 少しずつ、すり足で、間合いを、詰める。

 

    動くか。

 まだか。

 どう来る。

 どう出る。

    ここか?

 次か?


 蹴った!

 地面を蹴ったG型が飛び掛かって噛みつき攻撃を仕掛ける!

 タイミングを読み切った!避けてからそのまま腹を刺してやろうと「おわッ!」後ろ跳び!前への勢いそのままに上体を捻ったG型がいつの間にか左手に持ち替えた斧で切り払ってくる!

 クソッ!今チャンスだった!

(((取り逃した物に固執していると、今見るべき物を取りこぼしますよ?)))

 カンナの助言の意味を考える暇もあらばこそ、〈ガ!ガ!ガ!ガガガガアガ!〉上下左右斜めにと高速で振り回される刃に当たらないようジリジリと後退せざるを得なくなる俺。だがこのままでは、こいつのお仲間が潜んでいる場所にまで押し込まれる!

 なんとかしなければ、そう思うのだが、だからどうするかというアイディアは無い。G型は疲れを知らないように猛攻を続ける。

 縦に振り下ろし、横に薙ぎ、斜めに斬り上げ、また振り下ろす。振り上げて、縦、左斜め上、上から下、右斜め上、同じ軌道を逆に、左から右、これはダメだ、左斜め上、ここで一歩踏み込んでみる、少しだけ顔を反り顎の下を開いて挑発、左から右「いま!」


 水平に振られた斧の下を潜った俺は右の脇腹を一回だけ刺して擦れ違う!浅い!皮の内の肉には届き、黒い血は吹き出たが、臓器を捉えたかは微妙。非力な俺が持つ短い刃物じゃ、あの一瞬ではこの程度でしかない。

 まあいい。位置関係は逆転した。押されても地上側だ。幾らでも付き合える。

 というところでケーブルが発火。さっきから俺の左腕に何の恨みがあるんだよ!何度もそこだけ弾けやがって。


「いって!いった!イッッッ!……ヨシ、来いよ!」

 

『むっちゃ痛がってて草なんだ』

『グッダグダ』

『しっかりー!』

『いちいちキメ顔するのやめろ、腹筋に悪い』

『ダメだwwwwずっと笑えるwwwww』


(((ススム君?)))

 と、ここで美貌の鬼畜から有難いお言葉だ。


(((痛みを忘るる事なかれ、ですよ?)))


 逆にどうやったらこの激痛が忘れられるのか聞きたいくらいなんだけど!?


 という俺のツッコミを待つわけもないG型がまた動いた!

 猛攻!学習した結果なのか縦振りメインで動きを組立てきた!これではカウンターを狙おうにも、飛び込み方を間違えれば背中に重いのを貰い、崩れたところを滅多打ちにされる。


「くっ……!」


 隙は大きくなった筈なのに、飛び込むタイミングを失った気がしてしまう。安全に合わせられる行動が消えただけで、こうも不安に、及び腰になるなんて。

 だがこのダンジョンで、その姿勢はマズイ。

 ローカルの話もあるが、


『なんか逃げてね?』

『チクチクするしかないから火力不足』

『日が暮れそう』

『一生遊んでるつもりかよ』


 そう、見てるだけの側には飽きが来る。

 俺が攻めず、何の進展もしないのだから、不満が封じられる道理が無い。


 これじゃダメだ。前進しなければ。

 勝ち目を見せなければ。

 そうやって意識をより深く持った俺の左手首あたりで、


 また、またたいた。


「ぐッッッ、~~~~!!」

 この、いい加減にしろ。俺の魔力なんかそんなに多量じゃあ——


——「」?

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