18.ケツに火が付き虎穴に飛び入る

 ダンジョン配信者。

 それが職業として市民権を得るのは、そう難しいことではなかった。

 収入の多さ、と言うより、収入源を多数確保出来る点が、魅力的なのである。

 

 一つ目は潜行者本来の収穫。

 モンスターコアはエネルギー資源として、様々な道具や嗜好品の材料として、ディーパーの装備の素材として、現代社会の中核を担っている。一定以上の水準のコアを、安定的且つ大量に獲ることさえできれば、食いっぱぐれることはない。特に深級の強力なモンスター達は、純度の高いコアを残す為、第3層の時点でパーティーの基本単位、六人全員を食わせていけるくらいだ。


 次に、配信サイトからの報酬。

 TooTubeの場合、再生数10回につき2円。そこに広告収入と、生配信中の“投げ銭”と。人によっては運営サイトに中抜きされない、特別な支援プランを設けているチャンネルもある。

 パフォーマンスを披露し、“お捻り”を頂いて、その一部を場所代として支払う。路上パフォーマーと仕組みは同じだが、何しろ発信規模が桁違い。集まる注目も金も、上手くいけば数百万数千万単位にまで。現代の成り上がりドリームだ。


 しかしそれは、配信なり動画なり、人の目を引ければ、の話である。

 そしてダンジョン配信は、集客力がバカ高い。

 

 考えてもみろ。

 人が命を賭けて戦う場面を、安全圏から見物する。これ以上の娯楽があるんだろうか?

 しかも彼らが戦う相手は、独自の法を持ち、独特の生態系を養う、数々の異次元。

 浅級程度の規模なら、数週間に一度は、新しく生えてくる。だから“飽き”なんて、早々来ない。

 

 そこに政府としての推奨、なんていう後押しまで追加される。

 生産職とも言える潜行者ディーパー。その数が多ければ多い程、一人一人が強い程、国は豊かに栄えていく。

 ダンジョン産業は国策だ。規制どころか、称揚される。

 企業にとっても、外部の人間が自分から掘りに来てくれるなら、社員を使い潰すより良い。

 

 人が怪物と、迷宮のルールと、時にはトラブルによって人同士で、争い合い、殺し合う。それを見て楽しんでも、誰も責めない。逆により快適に観覧できるよう、公的勢力が手伝ってくれる。

 

 つまりダンジョン配信とは、合法的なデスゲーム、と言い切っても過言ではない。

 

 実際、ディーパー同士のゴタゴタが発生すると、視聴数が爆上がりすることから、自作自演が一向に後を絶たない。


 そして視聴者のお眼鏡に適うくらい、過酷な環境に身を晒し、それでも生き残った者達は、スターとしての道を歩むことになる。顔も名も広く売れて、タレントや偉人と持てはやされる。これが三つ目の金脈。


 世界潜行協会ワールド・ダンジョン・アソシエーション、WDAはそこに目を付け、“DRディーパーランク”なるものを設定。

 強さや功績に準じて決められるそれは、賞状や勲章と同じく名誉を、そして人気者という実利を、対象者へと授けるのだ。


 1から9と、その上に“グランドマスター”の十段階。更に逸脱した“チャンピオン”。下には負の特別枠“マイナス”ランク。

 その仕組みは、協会が英雄を意図的に作れる、それを意味している。

 彼らに気に入られさえすれば、もしくは多くの支持を集め、協会に影響力を持てれば、自然と金が集まる、勝ち組の側に取り立てられる。


 最後に、人並外れた能力が、引退後の進路を豊富にする、というのも外せない。

 ダンジョンに触れた者は、魔法が使えるようになる。

 そして、高濃度の魔素が充満するダンジョン内でなくても、魔力や魔法は行使可能だ。勿論効果や持続時間は大きく減退するが、人相手なら十分過ぎるくらい。本来の人間の限界を超えた肉体性能に、十人十色の固有魔法。“人間社会”の中で、“潜行者ディーパー”と言う人種は、上位者である。軍隊の訓練場のほとんどが、ダンジョン内に作られるのもこの為だ。


 人間の進化形、なんて呼ぶ奴まで居る。

 

 教官、実業家、アクション俳優………、ディーパーの経験は潰しが利き放題。

 そこで相手方に見せられる、分かりやすい成果があれば、戦場から辞した後も重宝され、尊敬される。

 記録映像としての配信、それをメインに据える者も居るのだ。



 で、ここまでオイシイ事尽くめな夢の職業、“ダンジョン配信者”の市場が何故飽和しないのか?

 

 答えは簡単。

 結構頻繁に重傷を負うか、死ぬからだ。



 まだ完全に詳細が解明されていないダンジョンに踏み入って死ぬ。

 調子に乗ってふかりし過ぎて死ぬ。

 一か八かの無謀な人生逆転に挑んで死ぬ。

 欲を出して夢を見た結果カモられるわコキ使われるわ崩落に巻き込まれるわ散々な目に遭い最終的にはA型になぶり殺される。

 等々。


 プロのディーパーとは違い、彼らの大半は夢見がちで脇が甘い。

 だからダンジョン配信者は、一般ディーパーと比べてすら、死亡率が高いらしい。一生分稼いだ上で、引退して大往生なんて、出来るのはごく一部だけ。

 故に、憧れる阿保は多くいても、真似する馬鹿は割合的に少なくなる。ダンジョン配信視聴者の母数が多い為、その1%に満たなくても、大勢力に見えるだけのこと。

 

 まあ生死うんぬん以前に、痛い思いなんてしたくないのだろう。奇跡的に成果を上げても、それを維持する為に待つのは、慈悲無き奪い合いに勝ち続けよ、という試練。

 泥をくぐって地べたを這って、あの手この手で恐怖と戦う。キツイ・キタナイ・クサイ、3Kが見事に揃った業種で、外から見る程華やかではない。

 軽い気持ちで始めれば、不幸な死よりも先に、呆気ない挫折が待っている。


 誰だって、体を張る側よりも、見ている側でありたい。

 

 そして「体を張る側」になったら、そのリソースをすり減らしながら、限界が来た後の分まで、稼ぎ切るしかない。

 

 


「ってことで、」

 俺は横目に隣を見上げ、

「今日の潜行で成果を出さないと、どの道ジリ貧で野垂れ死ぬと思われるんだよね」

 そう結んだ。


(((貴方には本来、安定収穫も、再生数も、人気も、名誉も、再就職の当てさえ、無いのですものね?)))

「うるさいな、知ってるよ」

 俺を小馬鹿にしながらコンビニのおにぎりを食すのをやめろ。どうやら俺の記憶から、味や食感を引き出しているらしいけど、それにしたって食べ過ぎじゃない?


 さておき、俺は今「バズって」いる。

 それも、なかなかお目にかかれないレベルで。

 が、次に俺がやることが、しょーもない事だったらどうか?

 戦闘を回避しながら浅級に潜ったり、そこからすら逃げ帰ったりしたら、何が起こるか?


 燃える、というのは実は希望的観測だ。

 大衆が興味を失くし、一瞬で忘れ去る。これが最悪のケース。

 俺は一生に最初で最後かもしれないチャンスを、棒に振ってからドブに捨てることになる。


 俺に向けられた“数字”は、まだ俺の所有ではない。ただの嵐。雨が止んだ後、流れ去る濁流に過ぎない。せき止める水門が無ければ、誰も、何も、通った後には残らない。いや、ローマンアンチという、傷痕だけは別だろうが。


 今の奇跡は、俺の行動次第で、簡単に泡と消えるってコトだ。

 ダンジョン配信稼業を軌道に乗せるには、今ここでの頑張りが、最も肝要。

 だから、

「だから、縛りプレイとか、やってる場合じゃないんだけど——」

(((はぁいそれじゃあ準備して下さあい、颯々さっさとどうぞぉ?)))

「拒否権無し、っと………」

 シット!

 知ってたけどさあ。

 それでも、ちょっと待って欲しい。


「このボロボロなケーブルは使わなくてもいいだろ!?」

 

 そう、カンナが俺に要求したのが、ご覧の仕打ちである。

 俺が今、防刃スーツの上に装着しているのは、愛用のダンジョンケーブル、の、残骸である。A型出現の衝撃とG型共のリンチによって、皮膜は破られ巻き取り機構は死に、無用の長物、いいや、内部の伝導物質が魔力に反応して、エネルギーを暴発して火花を散らしたりするし、寧ろ危険物と化している。


 前回の戦闘後に眼球に憑いた彼女が、俺の身体を無理矢理動かして、装備一式を回収してくれたのだそうだ。

 それを初めて聞いた俺の第一声は、「え、そんなことできるの?」だったが、よくよく考えたら、あんな場所で眠りこけていれば、そのままモンスターの餌である。

 俺は配信終了時点で死亡扱いとなって、“爬い廃レプタイルズ・タイルズ”はすぐ閉鎖作業に入ったのだから、一般ディーパーが降りて来る事も望めなかった。俺の身体が独りでに、調査隊の前まで移動していなければ、“奇跡の生還”は有り得なかっただろう。

 俺の意識が失われた場合のみ可能とのことで、やった本人も「やってみたらできた」という、行き当たりばったり案件だった。

 

 …こう考えると俺、カンナにお世話になりっぱなしだな。おんぶにだっこ、至れり尽くせりだ。男として情けない気持ちでヘコみそう。


 ………まあそこは一度忘れよう。今考えるべきはそこじゃあない。頼れる魔道具の数々も、予備のモンスターコアも無い貧弱そのものな俺に、更なる枷を与えようとしている、この鬼畜師匠をなんとかしなければ。

 

「無茶だろ!ムチャクチャだろ!これ最悪、自分の魔力が原因で死ぬよ!?」


 漏魔症と言えど、魔力を持てないわけではない。持ったそばから流れ出ているから、結果的に使える魔力が無いだけだ。

 外ならば、大気中の魔素の濃度が低く、供給が無いから魔力も生まれ出ない。が、ダンジョン内であれば、常に魔力は回復し続け、作られては垂れ流すのを繰り返している。

 つまり、今こうしている間にも、俺の肉体からは魔力が漏れ続けている。

 そして俺の全身に巡らせたケーブル、その伝導部が、魔力、すなわち励起された魔素に触れるとどうなるのか?

 

 バチィッ!「い゛ぃ!ぃいった!?」


 こうなる。

 右脚の太股の表面が、電流でも流れたみたいに弾けた。肉が吹っ飛んで血が…ということはないが、軽い切り傷や焦げ跡のようなものは出来ただろう。

 これで挑むなんて、正気の沙汰じゃない。

 ダンジョンに挑む事自体が正気じゃない?うるせえ引っ込んでろ。

 

「雑魚死が見えるんだよ!ちょっと調子崩すだけで死ぬ俺がこれを着けるなんて、爆弾巻いてるようなもんなんだけど!?」

(((如何どうしても拒むと言うのなら結構。貴方はモンスターと尋常に勝負しなさい、ですが貴方は——)))


——それで行き詰まったのでは?


 それは、

「そうだけど、」

(((私の言葉を信じますか?それとも、これまで己の中にある種から、その芽の一端をも吹かせる事叶わなかった、貴方自身の判断を信じますか?)))


 「貴方が貴方に固執こしつするとしても、私としては構いませんよ?」彼女は他人事のように言う。「いつもでも、そうやって生きるのですか?」って。

 だって他人事だからだ。彼女は俺の支援者であり、どこまでいっても観客オーディエンスだ。言ってることも、やろうとすることも、「もっと面白く」、その為の布石。

 俺が我が身を大事に思うなら、「こうすれば強くなれる」、そんな甘言に乗ってはいけない。

 

 ましてや、彼女はモンスターだ。


 史上最強とも目される、得体の知れない人外なのだ。

 価値観も違うし、知性は俺の遥か上。

 ハメようと思えば、幾らでも俺を陥れる、その能力があるし、ブレーキとなる良心は無い。

 俺がこの場で言うべきは、「悪いがこれは呑めない」と、しっかりノーを突き付けることだ。

 そうすればどうなるか?彼女は俺が都合良く動かないと知り、対等な交渉相手と見るかもしれないし、離れていくかもしれない。


「………わ、分かった、やる、よ、うん、やるよ」


 だから俺は彼女に従う。

 安全策?良識?知らないよ。

 これまでと違う事をやらなきゃ、この2000年間で積み上げられた“常識”に反しなきゃ、俺が強くなるなんて、誰にも頼らずに生きられるようになるなんて、


 誰かの為になるなんて、そんなものは夢のまた夢だ。


 俺がやるべきは、生きやすい方になびくことだ。

 だが俺がやりたいのは、死を蹴り飛ばす程に強くなることなんだ。

 

 カンナが、

 俺が会った、見た中で、最も強い、最も遠い存在が言うのだから、何かがある。それが試練や罠であっても、「楽しみたい」彼女が提案した以上、何の捻りもなく即死するようなものではない。

 なら、やれ。

 虎児を得る為に、虎の巣穴に入るのが常人だ。

 火口にでも入らないと得られない。それがローマンだ。

 だから、やれ。

 何でもいい。何か掴め。何かを得ろ。

 よし、理屈も追い着いてきた。整理をつけろ。この理不尽を飲み下す為の、気持ちの整理を。

 それでも、やっぱり、


「いやだなあ、これ………」


 「気が進まない」ということだけは、覆せない本音だった。


(((うわ、また“おかか”ですか。何日連続です?流石にいてきます。十点減点です)))


 カンナもカンナでいい加減、俺の食生活に期待するのやめたら?

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