17.先に気が狂いそうなんだけど

さて、此処で問題です。今の貴方に最も足りていない物とは、何でしょう?」

「ああああおおあああ、こ、おお、おおおああああ!!」

「十点減点。女の子の話は、しっかり聞くものですよ?」


 知らないよ!

 喋るどころか聞いてる余裕さえないよ!


「全く……、仕方がありませんねえ…」


 カンナが一度手を叩き、俺はやっとのことで解放された。

 今日の夢は、味気ない暗がりではない。赤茶の岩壁が果てまで続く、大渓谷に囲まれた川の傍。教科書で見たグランドキャニオンが、こんな感じだった気がする。

 暑くも涼しくもない。が、それは快適だからと言うより、さっきまで感覚野が埋め尽くされていた、というのが原因である気がする。


「ちょ…あの…これ…つづけなきゃ…」

「正解をどうぞ」

「聞けよ!」

「十点減点です」

「あ、ちょ、」

「はい十点減点」

「え、えーと、『足りないもの』って言ってたよな?そ、それなら、あの、その、アレだ。魔力だ!」


 ど、どう?


「………まあ、三分の一くらいは正解ですね」

「そこは30点とかじゃないのかよ」

「此処で検討すべきは、仮にその『魔力』を得たとして、何を補うべきか?ということです」


 「何を」?

 それはモチロン——


——待て待て


 そうじゃあない。

 模範解答を考えろ。


「分かった。生存力だ」


 コアエネルギーによる魔力バリアが無いと、素の防御力ではほとんど一撃死、それこそが大問題、と、思ったのだが、


「十点減点」

「なんで!?弱い俺が生き残るなら、喰らってもいい回数を増やすしかないでしょ!」

「貴方の弱さの大元の原因である、『魔力漏出問題』が解消された、その場合の話をしているんです。理解してます?」


 あ、そっか。


「え、でも、それでも『死なない』ことが重要じゃないのか?そこさえクリアできれば、いつか勝てるだろ」

「尋常の生物同士の戦いなら、生命力は最強の武器でしょう。然し貴方が相手にするのは、貴方よりしぶとい事が確定している、辺獄の異形共、ですよ?」

「ヘンゴクの……なんて?」

「失礼、『ダンジョンモンスター』、でしたね。貴方は態々わざわざ、彼らの得意分野に付き合うと?『五回までは蘇生出来るから、徒手空拳で完全武装の戦車に勝て』、そう言われたとして、うなずけますか?」


 うっ。

 言われてみれば、そうよな。根本的に、そっちで勝負するのは、無謀よな。


「ダンジョンでの戦いにおいて、防御力や生命力とは、大方の場合は保険であり、補助であり、副産物です。勿論、何らかの才能がある、という例外なら別ですが」

「『才能』かあ………」


 俺から最も遠い言葉だ。


「ススム君、そろそろ、本心をどうぞ」

「ンえ?」

「貴方、さっき何か言おうとして、一般的な解答に切り替えましたね?」


 ギクリ。

 な、何で分かんの、この人……?


「貴方の直感を、渇望を、聞かせて下さい」

「えっと、」

 俺が足りてないのは、

 欲しいのは、

「攻撃力………」

 いや、ちょっと違う。

 火力?威力?



 それだ。

 俺は、決めきるだけの力が欲しい。

 この手一つで、「負けない」のでなく、「勝ち取る」力。


「『決定力』…、好いですね。適確な言葉選びです」


 人差し指を立てたカンナは、夕焼けみたいな空に上向け、そのままクルクルと回し始める。


「身体能力、そして魔力。其れの研鑽の果てに、屠る力在り、です」


 「強靭さ、速さ、精確さ」、どれもが通過点だと、彼女は言う。

 気のせいだろうか、その指の先の景色が、ひずんで見える。


「後の一切合切は、自ずと付いてきます」


 肘が伸び、腕と指が水平に。

 真っ直ぐ遠くを指す格好で、

 

 あれ?いつの間に、手袋を取った?


「最後に行き着く場所は、『死滅』」


 黒くつやめく爪の先から、

 

「其の境地です」


 不可視の、

 けれど確実な存在感を放つ一閃が、

 

 死線が、

 放たれた。


 金切り声のような残響。

 思わず頭を庇って屈みこんだ俺が、そぉっと、目を開けて確認すると、

 渓谷が、

 さっきの気配の通過点が、

 

 まっさらに、ならされていた。


「は、」

 丸くくり抜かれたとかでなく、地は平らに、断崖は自然なカーブを残し、そこに何も無かったように、新たな渓谷が作られていた。

「は、あ………?」

「ふぅー………」

 硝煙のように、指先に立ち込める黒雲を、蝋燭めいて吹き消して、

「良く見なさい、カミザ、ススム君」

 ポカンと、口をあんぐり開ける俺に、彼女は言う。


「これが、貴方がくべき道です」


 「貴方がくべき、到達点です」。


 い、や、

「む、ムリだろ………?」

「貴方が其処まで行き着けるのか、私にも分かりかねます。何しろ、初めての試みですから」

 だから、


「貴方如きが、道理無理を語るなど、烏滸おこがましい行為ですよ?もう十点分、減点しておきます」


 ザラザラと砂が食い込む感覚で、両膝を突いてしまったと自覚した。

 圧倒的過ぎる。

 絶対的過ぎる…!

 その恐ろしさと、凶暴さと、神々しさを、直に浴びてしまう。

 これに、

 これに

 育てられるって、

 鍛え抜かれるって、

 どういう事なんだ?

 思っていたより、もしかして、恐ろしいことなんじゃあ、ないのか?


「其れでは、再開します」

 

 彼女の両手が、打ち鳴らされる予備動作に入る。


「待って、先に教えてくれない?これを続けて何になるかだけでも」

「与えられた物だけで長らえる、というのは、家畜の生ですよ?」

 

 つまり教えてくれないってこと。


「では精進して下さい」

「ちょ待」


 パン。

 また始まった。


「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ああもう分かんねえ。

 これが何になるんだよ。

 毎晩毎晩、寝覚めが悪過ぎる。

 俺の身体に開いた穴の全てが、もどかしく身動みじろぎしているようで、


 厭だ。

 厭な、苦しさだ。


「一つ、宿題です」


 そんな俺に構わず、何処から出したかカップラーメンをちゅるちゅる啜りながら、少女は授けてくる。


「貴方は、痛がっていました」


 それはもう、聞いたよ。


のに——」


——痛がってましたよ?


 分かった。

 それは分かったから。

 何とかしてくれ、そう思っても、


 口で懇願することさえ、


 今の俺には出来なかった。

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