16.先立つモノが不可欠

(((またまた見事な、大言壮語ですねえ)))


「誰のせいだと思ってるんだよ」


 俺の肩越しにスクリーンを覗くカンナ。

 一生返せないだけのドデカい借りがあるのは分かってるんだが、それはそれとしてブーたれてしまう。

 

(((別に私は、楽しませて下されば、それでいんですが)))


「楽しませる為にお金が必要、ってことだよ」


 俺の目に棲むご主人様と、仲良くアーカイブ鑑賞中である。

 

 彼女へ支払う対価は、エンタメの提供だ。

 が、「楽しいこと」の尺度がカンナ基準であるので、何をすればいいのか分からない。

 気に入りそうなのは、俺が必死こいて戦う姿だが、それだって雑魚相手ばかりなら飽きるだろう。

 俺がもっと強くなる。それは大前提。その上で、なるたけ、もっと、うんと、危機的な状況に突っ込むには、装備や機器類も高品質な物が要る。


 そこで、「金」、金銭問題だ。


 俺の収入として、一番大きな物は給付金ローシ。しかしこれは生活費でほとんど消える。

 残るはグレーゾーンの収入か、配信者。

 そして配信者なら、実入りが跳ねる、可能性だけならある。お先真っ暗の袋小路、それ以外の道が、僅かにだが存在する。


 万が一であろうが、0との差は大きい。


 だから、俺の人生で最も「見られている」今だからこそ、俺は成果を上げなきゃいけない。

 どうせカンナを納得させるより、モニター向こうの大衆を盛り上げる方が、きっと楽な筈なのだ。

 だったら、彼女を満足させる一環で、資金を得てしまおうというわけである。


「言われた通り明日から潜るから、今日のうちに要点だけは聴いておきたいんだけど」


 俺はカンナに、俺だけに見える彼女の像に、向き直る。


「俺は、どういう修行で、強くなれるんだよ?」

 

 破損した装備を買い直す金が無い以上、俺の頼りは彼女が言う可能性だけ。

 どこをゴールにするのか、それだけでもハッキリさせたい。


(((そうですね、ずは……)))


 カンナはそこで、ふと思いついた顔をして、


(((あの“夢”の、意味を考えて下さい)))


 「夢」。

 最近になって、見させられるようになった、あれのことを言っているなら。


「あの痒さに埋め尽くされながら、考えろって?」


 あ、なんだろ。

 眠るのが憂鬱になってきた。


「………分かんねえ~………」


 まあそれは後でいいや。

 一旦投げることも大切だ。


「で?これでアーカイブは全部だけど、もういい?」


 そう。

 今日の本題は、俺の復帰宣言配信ではない。

 俺のこれまでの配信を、倍速でもいいのであるだけ見せろと、彼女が急に求めてきたのだ。


 ヘンな感じだ。

 俺の配信に、可愛過ぎる女の子が、目を通している。


「正直その……そんな面白くないだろ」


 俺のギャグセンスは、そこまで秀逸ではない、っていうか、普通に会話してもつまらない男なのだ。しかも弱い。彼女レベルの絶対強者からすると、見所なんて一つも無い。正直、底が知れるからあんまり見ないでほしい。


(((そんな事はありませんよ?試みの冴えなさをあの手この手で補おうとする、滑稽な道化の姿。見ていて癖になる憐れさです)))

「褒めてないよなあ!?それ絶対褒めてないよなあ!?」

(((此処を御覧下さい。ほら、当たっていのに、痛がっています)))

「弱いのは分かってるよ!見ないでくれよ!」


 ただ辱しめたいだけかよ。ウィンドウを閉じようとカーソルを上昇させ、



(((ふふ)))


 ふふふ、

 

 うふふふふふふ



 脳髄に、控えめに、響く。


「な、なんだよ、何が、言いたいんだよ」


 俺はその調べに、狼狽するばかり。

 汗が滲むほどに緊張し、顔周りが暑気しょきを帯びる。

 ちょっと嬉しく思っている、そんな自分が分からない。


(((いえいえ、済みません。ただ、一つ思った事が有りまして)))


 膝の上に両手を乗せて、背筋が自然と吊り上がり、意味も無く掌を握っては開く。

 彼女に見られている時、俺はどこかおかしくなる。


(((客観的な映像が欲しかったのですが、なかなか如何どうして——)))



——磨き甲斐が有りそうです。



 今日もカンナは、


 甘やかに笑った。


 楽しそうな彼女の様子は、

 いつも通りに、

 俺の心臓を握り締めた。

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