20.「そんなバカな」は俺が言いたい

「ちょ、ちょっともう一回いいですか?と言うかもう一回やります」


『いいぞ』

『いいよ』

『全然いいよ!』

『おー、やれやれ』

『はよしろ』

『問題無いぞ、カミザススム』


 俺はコアを拾うと勝ちどきもそこそこに次の敵を探し始める。

「えーと、えーと………居た!居ました!あれで行きます!」

 普段は扉から出た相手にどう動かれてもいいように備えるのだが、矢も楯もたまらなかった俺は手順を幾らか省き、石を何個も投げてしつこくノック。蹴破るように現れたG型は、どこかキレ気味に見えた。


『あ、また当たった』

『ゑ?』

『あるぇええ?ローマンは敵を感知できないんじゃなかったの?』

『有識者息してる~?』

『雑ぅ!』

『なんか諸々どうでもよくなってて草』

『さっきとは別人みたいにライブ感満載のムーブが出た』

『ローマンには不可能ってのは基礎の基礎なんだよ低学歴』

『実際問題どうやってるんだ』

『やらせじゃない?裏で指示出してる高ランクが居るでしょこれ』

『実は編集済み動画だったりとか?』

『でもそう言えば例の深級ダンジョンでも探知能力高かった気がするぞコイツ』


 今度の奴は長細い包丁みたいなのを両手で低く構えて、読み合いも何もなく突進してきた。

 俺はまた左手を前へ、G型の右足が石畳から離れて次の一歩を着ける、その途中で前から押さえるようなイメージで、「こう!」力んでみる。

 例に漏れないケーブルのリアクション。そして2mくらい手前で前のめりにスッ転ぶ大口野郎。前歯が痛そうなぶつかり方だ。

 右回りで接近して両手でナイフを下ろし刺す。首の後ろ、人間なら頸椎があるあたりに刃を入れ、魔力を流し込む。

 ソッコーで離れて観察。

 G型はまたもコアを残して消え去った。


『流れるように終わった』

『急に手際良くなって草』

『ドジっ娘デーモン概念!?』

『ツいてたな』


「や、やっぱり、思い違いじゃ、ない……!」

 

 単なるエネルギー、というより「押す力」程度だけど、

 確かに、

 魔力を、

 行使できている。

 

 ささやかだが、否定しようのない事実だ。


「次、次行きます!もっと最適化できるかも、次行きます!」


『ススム、分かったから落ち着け』

『何を興奮しとるんだこいつは』

『おお行け、はよいけ』


 この感動を伝えられないのがもどかしいが、まあ画面越しだと何が起こってるか分かりづらいか。やってればその内、何か変だと気づくだろう。そう思った俺は、その後も何度も、2、3体セットになってる奴らも含めて、コアも使わず狩り回ったのだが………


『いややっぱヤラセだろこれ』

『ローマンがこんな簡単にモンスター殺せるなら人類はこんなに苦労してない』

『危なげなくなったどころか余裕すら見える』

『本物の有識者の到着が待たれる、ガチで』


 案の定ざわつき始めた。ここまででの討伐数は、10体をとっくに超えている。


「え~、みなさん、信じられないかもしれませんが、僕、日魅在進、魔力使えてます」


『はあ!?』

『え!?』

『嘘乙』

『出た出た絶対詐欺だろ』

『すっごおいね!』

『ススム、それは流石に無理があるぞ』

『スピリチュアル系でしたか』


「あー、そうなる気持ちはよく分かるんですが、これ割とマジなんです…。えっと、あ、リアルタイム配信であると証明した方が良いんですかね…?なんか質問があれば…今答えますけど…」


『質問しかねえ!』

『まず魔力を持てないローマンが魔力を使うってのがどういう感覚か分かんないんだけど』

『身体構造的に不可能だと思う』

『どうやってんの?』

『説明を求める、カミザススム』


「え、っと、なんかこう、自分から出て行く、“流れ”みたいな物を、こう、固めて放つ、みたいな…?」


『は?』

『は?』

『は?』

『わかんねえ』

『何言ってんだこいつ』

『ローマンにそれができないから問題なんだろうが』


 いや俺にもよく分からねえから!どうしてこんなことが出来るようになってんだよ!それも急に!


(((にぶい。十点減点。仕方ありませんねえ、まったく)))


 返答に窮している俺に、世界で最も頼もしいカンペが来た。まあその“頼もしい”イリーガルが、指についたご飯粒を舐め取ってるのは、今は見ない事とする。

 

(((良いですか?世の魔力と言う代物しろものは、ことごとくダンジョン由来です。どんな人間も、ダンジョンに触れる事で初めて、魔力や魔法といった構造、仮に「回路」とでも称しますが、それを内に宿すようになります)))


 うんうん、常識だよな。


(((この「ダンジョンによる魔力回路開通」、その過程で排出口が極端に多くなってしまった状態、それこそが漏魔症です。程度問題ですよ。ダンジョン生成時の副次的エネルギーが強力である為、通常より多めに穴を開けられるわけです)))


 出口の多少が異なるだけで、ローマンと他の魔法使いとは、根本的には同じ、そう言いたいらしい。

 え、でも、ローマンじゃない人は、その出口閉じたり開いたり自由に出来るんだけど…?


(((口が少数なら、それも容易でしょう。しかし全身至る所に無数に存在するそれを、自在に操る事が出来る人間など、そうは居ません。両手の指を一本一本別々に動かす事さえ、貴方達には困難でしょう?)))


 そっか、ローマンが排出口の一つや二つ塞げたところで、他の大量の出口が開きっぱなしなら、あまり関係無い。そして外から見たら、開閉による差が小さ過ぎて、何もできていないようにしか見えないんだ。

 一般と同じ能力を持つ人間が、何故か他人に出来ることが出来ない。そんな状況はこうして成り立った。


(((今回貴方には、魔力貯蔵という観点を完全に放棄して頂き、自分から垂れ流される魔力、その操作のみに集中させました。その為には、「漏魔症は魔力を持てない」、この思い込みが大きな障害となります)))


 単なる体質の差を「欠陥」と捉えたことで、僅かに発生した「自分の魔力」すら操れなくなっていた。

 魔力の使用効率や、魔法の成立。それには精神的な側面が深く関わって来る。俺が魔力を使うには、まず「俺が魔力を持っている」、その事を正しく認識しなければならなかった。


 じゃあ、あの悪夢でずっと感じていた物って、


(((貴方の周りには、貴方の一部として使える物が、こんなに漂っている。それを実感として、理解して頂く必要が在りました。ケーブルも同じ理由です)))


 ローマンは「魔力を使えない」んじゃない、「魔力の出口を塞ぐのが著しく困難」なだけ。

 だから、自分を通すことで魔素が魔力化すれば、魔法の形を成立させられなくとも、単なるエネルギーとして「使う」ことができる。


 

 というような趣旨の話を、細かい部分は誤魔化しながら、「感覚的にこう思う」くらいのニュアンスで、見ているみんなに語って聞かせといた。



『はえー』

『え、ありえるの?それ』

『ローマンの定義は何らかの原因で魔力が溜められない人間の事だから、一瞬だけ自分の魔力として使えるってのは確かに理に適ってる』

『なるほど!わからん!』

『盲点だったけど、そっか、魔力状態への励起自体は起こってるのか』

『今まで誰も思いつかなかったのが不思議なくらい初歩的な話だな』

『ダンジョンが人間を根本から改造してるって学説が信憑性帯びてきた』

『これダンジョン研究歴史的進歩の瞬間なのでは?』


 まあここまで騒いどいてなんだけど、ほんとにちょっとした補助程度にしか使えないから、これがあればD型が余裕だったかと言えば、全然そんなことはない。

 学術的価値はあるかもしれないが、俺が今すぐメキメキ強くなるわけではないのだ。


 何だか大山鳴動して鼠一匹みたいな肩透かし感を抱えながらも、とりあえず次の敵を狩りに行く。3体かあ。こいつらに勝ったら、次の階層でV型相手にするのも択だなあ。

 

 なんて考えつつ、扉に石を当て、近くに居た3体ともが同時に躍り出てきて、

「…!」

 俺は即座に右手のナイフを投げつつ左手から魔力を撃った。

 完全に反射、その行動の是非を検証する暇も無かった。

 狙われていたのが俺なら、ただ避ければ済む。

 が、よりにもよって、戦闘を察知し離れつつあったガバカメが狙われたとあれば、話はそう単純に行かなくなる。

 ダンジョンモンスター達には、目の前の脅威を後回しにして、カメラを狙いに行く理由が無い。実際巻き添え以外で、それが破壊された例は無かった筈だ。

 それに、攻撃は背後から、既に制圧が済んだ筈の方向からだ。

 そっちから、大型の鉤爪の付いたアームらしきものが、吹っ飛んできた。ガバカメへと一直線。どう見ても事故でも誤射でもなく、破壊か奪取を狙った一撃だった。


「なんだ!?」


 軌道変更に成功してカメラや位置情報が無事であることを確認するも、攻撃の根本に目を向けた俺は、身も頭も一瞬止まってしまう。

 ケーブルに繋がった遠隔パンチとでも言うべきその攻撃は、当然と言うべきか、モンスターではなく人間から放たれた物だった。

 灰色っぽい、地味な色合いの甲殻を装備した、一見すると一昔前のロボットヒーローアニメで、敵キャラやってるような奴だ。

 テクノロジーの匂いをプンプンさせてたから人間だと分かったが、ここがもっと機械的なダンジョンなら、モンスターだとワンチャン誤認するレベルの外見だ。

 そいつが前に伸ばした腕に、爪付きアームが戻って来る。巻き取り機構までしっかり完備。

「あの、そこの人!一応言っとけど、俺は助けを必要としてない!それ以上の攻撃は横入りとか妨害になっちゃうから、控えてくれると」言い終わる前に撃たれた次弾を避ける。話を聞くつもりが毛頭無いことが分かった。なんとなく分かってはいたが、しかし確定して欲しくはなかった話でもある。


 今俺は明確に、ディーパーから攻撃されている。

 

(((あれ、「不文律」とやらは、如何どうなりました?ダンジョン内なら、安全な筈ではぁ?)))

 俺が聞きたい!

 というかそのニヤけ面をやめろ!

(((随分と御大層な危機管理能力を、くくっ、お持ちのようで)))

 クッソこいつぅ!ここぞとばかりにおちょくって来るんだけど!はいはいそうですね俺の見通しが甘うございました!


『うおおお!ディーパー同士のトラブルだあああ!』

『ひゃあ!ついてる!』

『いや絶対やらせだって、どんだけ撮れ高量産すれば気が済むんだよコイツ』

『急に攻撃してきたな!狂ってんのか?』

『なにこいつ』

『誰か通報しとけ』


 そしてコメント欄の流れが速くなったのを見逃さなかったからなあ?

 詳しい内容を読む暇は無いけど、絶対今湧いてるだろオイ。


 どうしようこれ。相手がモンスターじゃないのがタチ悪い。しかも今俺の背後にはG型が3体。別々の勢力に挟まれてる格好になる。

 無難なのは、ここから出口まで死ぬ気で撤退して、管理企業なり潜行課なりに助けを求めることだ。そして、選択肢は他に無いだろう。

 

 俺は一歩、回り込む為に横へ踏み出し、


 ふと目だけで見上げると、

 

 どこまでも冷たい、興味をみるみる失っていくような目で、

 カンナが襲撃者を見下ろしていた。

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