7.難関は無いに越した事はない
配信開始から2時間。
C型に捕捉されたこと以外は、大きなハプニングも無く進んでいる。
いやまあ、この状況自体がハプニングの真っ最中なのだから、これ以上ややこしくなって欲しくはないのだが。
「あ、ちょっと水を飲みます………。すいません。んえ?『ちょっと退屈だから、その辺のモンスターにインタビューしてみて』?今後見る配信が全部ラグくなる呪いを、命を代償に掛けていいならやりますよ?」
同接は流石に伸びが止まりつつあるものの、6万人に届く寸前まで行った。襲われてないとは言え、さっきのC型の一連で、見つかったら即死だという現実を理解した人間も多いのだろう。単にモンスターの横を通るだけでも、結構盛り上がる。
特に何も無い時は恐怖を紛らわす為に軽口を交えている俺が、いざモンスターと行き合いそうになったら急に押し黙り息を殺すのが、余計に緊迫感を演出している、の、かも。
「『ローマンの命って軽いじゃん、呪えんの?』やかましいわ。魔力無くとも恨みの深さは人百倍だからなあ?“カッコウ”さん?名前覚えましたからねえ…?」
『こっわ』
『はい通報からの起訴』
『正直この雑談時間が癒しになってる自分がいる』
『このパートないと気疲れする』
『つかコイツ結構図太くて草』
『ローマンである事を最大限ネタにしていくスタイル嫌いじゃないし好きだよ』
ああ、この時間。
こんな場所に落っこちても、誰かと話していられる安心。
ディーパー界隈で配信が流行る理由は、金とか名誉がよく取沙汰される。
だけど俺にとっては、この行為自体が精神安定剤になっていた。
画面越しで、そして死にそうな目に遭ってれば、俺でも挑戦者として扱われて、人と言葉を交わせる。それが嬉しかったから、危険な潜行を続けられてた気がする。
ローマンとバレた後なのに、その時間を取り戻せた。
今はそれだけが心の支えで、ギリギリ掴めた救いだった。
それに現状は比較的安穏としている。さっきから息吹も足音も、全く感じないのだ。
それが意味するのは、俺が今最高にノっている、ということか、或いは——
「あ」
『え』
『マ?』
『嘘だろ』
『うおおおおおおおお』
放射状の亀裂、らしきものが
よくよく見れば、衝撃でこさえられたものでないと分かる。
寄木細工のように複雑に咬み合い絡み合って、独自の幾何学模様を形成する、一種の絡繰りになっていると分かる。
種々雑多、千変万化な内装を呈するダンジョンだが、この部分だけは、どこも似通っている。階層間に必ず顕れる、緻密にして精巧な機構。
そう呼ばれる門は、ダンジョン最大の謎の一つ。
層を隔てる、一種の魔法陣。
それがある、ということは、
「着きました…!8層の入り口、7層のゴールです…!」
『まじかああああああ』
『よし、もういいぞ』
『不覚にも興奮してる』
『こんな面白い配信なかなかないぞ』
『個人勢の8層配信とか前例あるの?初じゃね?』
『ローマンがソロで下層に居るのが間違いなく史上初定期』
『やったああああああああああ』
『ウッソだろおまえ!?』
『D型だあああああ!!』
『どうしようちょっと感動してる俺がいる』
『映 画 化 決 定』
『つーか晒されてた本人ならコイツいま中学生だろ?やべえって』
『中学生!?』
『初見です、ローマンが8層潜ってるってマジですか?』
『はやくし ねよ』
『あれ?目から汗が…』
コメントの流れも明らかに加速した。同接の伸びも勢いを取り戻しつつある。
すっかり祝勝ムードだが、本当の試練はこの壁の向こうだ。いや、それが分かった上で、「どうせここまでだけどよくやったよ」、というテンションなのかもしれない。祝うなら今のうち、すぐにここはお通夜会場に、ってことだろう。
こいつらは今、最後の輝きを見に来ている。俺としても、それは望むところだ。
「勝算はあります。出来る準備を今のうちに…と言っても、こんな場所、こんな状況です。手札も道具も限られています。だから、あとは心の準備をするだけです」
『なんか俺が緊張してきた…』
『はやくしろks』
『行くな!せっかくいきてるんだから無茶するな!』
『ここは安置じゃないの?』
『来づらい、けどゼロじゃない。そしてここは一本道、逃げる先にはどうせD型が居る、オーケー?』
『こっちから仕掛ける方がマシってことか…』
『骨は拾えたら拾う』
そこは断言しろよ。いや、俺だって、見ず知らずのガキの葬式挙げる為だけに、8層なんて潜りたくないか。
コメントに内心でツッコミを入れ、軽く強張った心身をほぐし、いざ行かんと一歩前へ。
亀裂が脈動し、ヒビの形が蠢きながら変化、ややこしい図形が、複数の直線に収まっていく。中心から、段階的に、イカの口のように、扉が開く。
この境界線が置かれている意味については、「車両等、何らかの法に抵触した物の侵入を、禁止している」、それが一番分かりやすい解答だ。入場制限は厳格で、この部分は破壊不可。横を掘っても、永遠に向こう側に着けない。
付け加えるなら、掘削しようが飛行しようが、上も下も果てしなく続くという特徴は、ダンジョン全てに共通することだ。しかも破損箇所は、時間と共に修復していく。ダンジョン内を快適に作り替える、という発想はそのせいで困難。
その不思議構造ぶりから、一層毎に別の宇宙、そう主張するトンデモ説まである。
開いた先には、広間。
モンスターの溜まり場と同じく、天井が見えないくらい、広大な空間。
大岩だ。
巨大な岩が、鎮座している。
歪んだ六角形の板が、重なり合い繋ぎ合い、7~8mくらいの偉容を誇る。
それが置かれた場所を一周する、領域を別つような仕切り。白く滑らかな質感の、初めて見るタイプの石で出来ている。
あれは、D型の寝床か何かか?それとも上から降って来るのか?
俺は油断なく踏み入り、急に何が飛び出て来てもいいように、遠巻きに回り込んでいく。
一応、柄に開いた穴にケーブルのカラビナを繋いだナイフを、地面に一本立てておこう。床が岩石を敷き詰めた造りになっているから、隙間だらけで刃を入れやすい。もともとこの片刃のユーティリティナイフは、お値段の割には刺さりやすいのだ。
それにしても、動きが無い。
もしかして、どこかのパーティーが倒した直後か?
A型が産んでいる最中に、運良く行き当たったとしたら?
それかさっきの崩落で、あらぬ場所へと飛ばされている?
いずれにせよ、今居ないならラッキーだ。
このまま通り抜けさせて貰——
——う?
光の加減か?見てる角度が変わったからか?岩を囲んでいた白い部分が、その表面が、流れている、ような……?
じぃ、と見ていると、それは川のせせらぎのように、ゆったりと勢いを増して、ある部分で上下に割れた。
「!?」
俺は足を止めた、違う、動けなかった。意識を鷲掴みにされた。
蛇だ。蛇の口がある。デカい。あ、こっち見た。口ごとこっち向いた。胴が弓なりに曲げられて、力を溜めて「ぅぉぉぉおおおお!!?」
金縛りを振り切って俺は走った。出口に走って、チリチリと体の左側面が焦げるような予感、瞬間、前方に体を投げ出すような跳躍、相手の動きを視認する余裕も無い。
頭から跳んだせいで受け身もままならない。手足を強かに打ち、口の中には砂利の苦さが広がった。擦傷。
その後ろで、金属製の扉が閉じたような音。
ガギリ。
咬みつこうとしたのだと分かった。ここは間合いの中で、充分届くのだと確信した。
毒だとか、咬んだら離さないとか、そういう問題ではない。
両断される。破断される。一回喰らえば、確実に破壊される。
「岩に棲む大蛇…!」
聞いていた話と違う。
鈍重で、堅固で、強大。それがD型だろ!?
素早く、しなやかで、「強い」という点以外間違ってやがる。
俺は即座に起きて出口へと遁走!減速せずにナイフを足下に突き立てつつもあと数歩で「のわっ!」目の前に飛び込んでくる新手!V型だ!少々小ぶりだが俺を殺すにはお釣りが出るくらい足りている!
——何処からだ?
今、奴はまるで、俺の後ろから頭を飛び越えるようにして…
岩を振り返る。
「あそこか……!」
六角形の一つが開いて、中からもう一匹のV型が顔を出している。あの岩が、生んでいる?
「いや、モンスターを産めるのはA型だけだ!あれは単なる詰所か!」
有限ではある筈だが、当然俺が全軍殺しきるなんて、そんな可能性はゼロに等しい。
やるべきは全滅でなく逃亡。それが敗走だろうと構わない。今塞がれた出口から敵をどかして、隙を見てそこから外へ、それだけを考えろ。やり返すだとか確実性だとか、そういう欲目は出すな。
ナイフを一本使い捨てるつもりで投げて出口前のV型を挑発。攻撃する為に接近させて——
『ん?』
『なんか鈍くね?』
『そこから出て!』
『V型ってもっとアグレッシブだと思ってた』
『さっきまで別の配信で見てたけど、人を目視してるのに襲ってこないなんてありえん』
『いちかばちか入り口側のv型を突破して!』
『あの蛇なんで岩から出て来ないんだ?』
『今のやべえええええ』
『まーたガバカメが仕事放棄してる』
『みづれえわ』
『おーい指示厨なんとか言え?』
『あーらら、こいつ終わったわ』
『はやく!』
なんでだ。
なんでこいつ ガギン!「ぐぅ!」俺を閉じ込めるような立ち位置から動かない?
ここのV型だけD型との連携を前提に ガゴン!「うわ!」特殊な行動パターンを持っているってことか?
ちょっとマズい。さっきから蛇野郎も ガギリ!「ううう!」俺を休みなく攻め立てているから、徐々に体力が削られていってる。タイミングを感覚で読んで、あの大顎を凌ぐのだって、いつまでも続くものじゃない。
挟まれる前に出口のV型から離れる。とりあえず岩を周回しながら、この場で手立てを考えようとして、
『はいそれが最悪』
何故だかその時、そんな書き込みがピンポイントで目に飛び込んだ。
別に気を散らしていたわけでもない。
ただなんとなく、Yシャツにできた染みに目が行くように、自然と誘導されたように、その言葉が頭に入ってきた。
その意味を、俺は熟考しなかった。
その前に、分かったからだ。
石か鉄か、硬質の何かが擦り合わされ、曲げ歪められ、変形していく音。
それが洞窟中に響き渡る。
岩が立ち上がり、丘となった。そうとしか表現のしようがない。
横倒しだったそれが、縦に起きている。さっきまで地面と接していて、そのせいで見えなかった裏側。四隅と頂点がゴツゴツと隆起し、それ以外は断崖絶壁そのもの。
その四隅が、伸びる。ミシミシいわせながら、指と、関節を形作る。
頂点が、膨らむ。バキバキと割れるように、ワニガメみたいな頭が生えた。
そいつの下顎が、外れるように下りた。
喉の奥から、尖塔の如き物体が
それが揺れて、回り、悪寒が脳を内側からノックして、
俺は伏せた。
背中が、幾筋か裂けた。
鼓膜が、悲鳴を上げる。
さっきから耳鳴りが収まらない。
三半規管が戻るのを待てず、俺は衝撃の行く先を確認する。
出現した大口、そこから放たれた一つ、「砲撃」とでも言うべきそれは、或いは音速を超えて、壁に大穴を穿つに至った。
やらかしやがった当者はと言えば、口を閉じ、俺を目の無い頭で見下ろし、
〈ぐぉおるるルルルルルルル〉
多分、次の一発の発射準備をしている。
そう、モンスター達が拠点とする、その大岩こそが、
“
7層最後の門番だ。
俺は、
丘を殺さなきゃいけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます