6.牛歩どころか亀の歩み part2
『ローマンって魔法使えないんでしょ?』
『魔力を溜めることができないから、魔法化するっていう芸当が無理』
『体内に留められないから、身体強化も使えないっていう欠陥生物やぞ』
『魔力無いから魔力操作全般非搭載や』
『攻撃力も耐久力もゴミじゃん』
『ローカルは?適用されるの?』
『されるのとされないのがあるんじゃなかったっけ?』
クソ、また分岐だ。
このダンジョン、巨大なトカゲが暴れ回れるよう、広い通路にはなっている。だから一見、シンプルで迷わない構造と思える、のだが、そのデカい道が、あっちこっちに枝分かれしていやがる。
迷路状なのは浅くても深くても同じか。
見た所上っているであろう道を選び、進む。が、そちらが正しい確証は無い。
更に言えば、さっきから何度も、デカめのモンスターとすれ違う。明らかに遭遇率が高い。
分岐の仕方によっては、俺から死角になる場所から、出会い頭に現れる、なんてことも恐れなければいけない。ガバカメも駆使して一々
俺がちっぽけ過ぎて、スルーされているのが幸いだが、回数が回数である為、心臓が持たない。一回くらい、何らかの偶々が起こった時点で、俺は為す術なく潰される。
顔を上げることすら恐ろしく、奴らの姿を見れないから、観察もできない。
今こうしている瞬間も、俺の見ていないところで、奴らに見られているのでは?
奴らは俺を見下ろして、どうやって食おうか思案しているのでは?
そんな妄想じみた怖気が、俺の背筋をなめ上げる。
そういった乱心に耐え、ゴーグルに映るお気楽なコメント欄を支えに、俺は発狂だけはせず進み続ける。
配信タイマーを見れば、30分くらい経っていた。
嘘だろ?もう数時間は歩き通しな気さえするぞ?
身も心も悲鳴を上げ、声に変えないよう歯を食いしばって、
下を見ていた視界の中に、妙にのっぺりとした足場が入った。
「…!」
これは!
俺は壁に張り付くようにして、動きを完全に止める。
薄暗がりに目を凝らせば、大広間となったその場所に、数体、いや、2、30体程の気配がある。
G型はいない。代わりのようにV型の数が多い。
他にも角を生やし、正面が硬い盾のようになっているヤツ、頭上をビュンビュンと行ったり来たりしているヤツ、数本の手を生やし、トーテムポールみたいにノッポなヤツ………と、とにかく各種盛り合わせ。
上を見れば、天井も空も見えない程、高く暗い穴のような構造。
『おおおおおおお』
『きたああああああ!』
『これまでも結構ヤバかったけど、これはお宝映像ですよ!』
『ないすううううううう』
『ここまで生き残っていることを素直に賞賛したい』
『これ結構偉業じゃね?』
『少なくとも第8層でのローマン生存時間については記録更新中』
『まず先駆者がいないんだよなあ・・・』
『すごいよ!』
『これはランク9でも死ねるだろ』
よおし、ここでテンポを崩すなよ……?やることは一つ、ボールを置く、それだけだ。
ローブの下に巡らせてあるケーブル、そこに繋がったカラビナで、各種ガジェットを装着している。その中に、野球ボールくらいの球体がある。
急に素早い動きを見せたら、それで気を引いてしまうかもしれない。飽くまで、何か目的のある行為でなく、単に這い歩いているだけのように………、どうだ………?
何食わぬ顔で、“部屋”の中央に僅かばかり近づく。
そっと、懐の中で袋から取り出して、跳ねたり転がったりしないように、床に置く。
自分の体と壁の間、連中からは認識されない地点に。
それが、少しずつ、傾き始め、
——動いた………!
「よし、よし……!」
球は来た道へと転がっていく。そちらがより深くであり、つまり順路。ということは、俺が進むべき先は、
「こっちで合ってる………!」
進んできた道程は無駄じゃなかった。
かなりの朗報だ。
脱出が一気に現実的になった。
『やった!』
『ツイてるううううう』
『は?つまんね』
『えー、どうせならA型まで見せろよ』
『絶望顔が見たかった…』
『はい解散』
『だからお前ら…どうやってもD型を越えられないだろうが』
なんかあんまり祝福ムードではないが、こいつらは野次馬であってファンではない。この反応も当然と言えるか。
が、彼らを満足させる為に、自ら命を絶つなんて、下らないことをするつもりはない。
俺はボールを回収、壁際をぐるりと回り、反対側の出口へと急ぐ。ただし、歩調はそのままで。
間違いなく、今までで最も「試されて」いる。首に死神の鎌が添えられ、気に入られなければ即座に落とされる。そういう局面。地形の僅かな起伏も見逃さない。泥だか土だかが粒となり、踏んだら音を立てそうな箇所を、細かく慎重に避けながら………おっと危ない。ここは脆くなってるな。
ほぼ四つん這いの不恰好だが、そのお蔭で同族だと誤認されている。そもそも眼中に無いのかもしれないけど。
喉を鳴らしながら広間をうろつく、鋭角的な鎧を持つ巨大種。体の半分以上が頭であり、それが壁のように攻撃を阻む。角竜類の頭部を肥大化させ、そこから足を二本生やしたような見た目。“
そいつがノシノシと出口の前まで行って、
止まった。
「………」
運が向いてきたと思ったら、すぐこれだ。
あいつの真横を通れてか。
普通ならやらない。隣まで近づいて「バレないだろう」とは、希望的観測以上の物になり得ない。だけど今は、初っ端から普通じゃない。
このまま堅実さを取って、ここで待っていたらどうなる?
長居すればするほど、じっとしている俺が不審がられ、発覚する可能性が高まる。それどころか、他のモンスターが気紛れを起こし、今俺が居る方にやって来るだけでも、逃げ場は無くなり完全に詰む。
この場に安全な選択肢なんて無い。
あるのは、悔いが残るか残らないか、それだけだ。
俺は「待ち」でなく、「攻め」で行くことにした。
攻めろ、俺。
お前が何をしたかったのか、それを忘れるな。
『え?行くの?』
『マジ?』
『ちょ』
『wwwwwwww』
『はい判断ミス』
『大人しく待て大人しく待て大人しく待て大人しく待て』
『あーあ』
『ここは絶対待機が正解』
『えー、馬鹿ですw』
よし、C型は明後日を向いている。このままでいい。このままでいいぞ?
このまま、このまま………
プツプツと低音が近づいて来る。
エンジンがスタートとして、アクセルを待っている時のような、引き絞られて焦がれる音。
生温かく、独特の臭気を持つ風が、周りを吹き抜ける。
恐る恐る、フードを少しだけ押し上げながら、その出所に目を向ける。
見ている。
こっちを、しっかりと。
『あ』
『あ』
『あっ』
『あー』
『来世での益々のご活躍とご健闘をお祈りしています』
こいつが目聡いのか?それとも矢張り、この距離では無理があったのか?待つべきだったのか引き返すべきだったのかここに来るべきではなかったのか道を間違えたのかダンジョンに潜るべきではなかったのか欠かさず登校すべきだったのか諦めるべきだったのかあの日から ズルリ
捻じり入れられたような痛みを額に感じた俺は反射的に顔を
直後に鼓膜を刺す撃音!
「ごう!」とか「どう!」とかいった衝撃が空気を打ち鳴らし、俺の横っ面を強烈に張った。
違う!音だけじゃない!今確かに俺の顔の近くを物質的な塊が豪速で通過し、背後の壁面にクレーター状の破壊を残した!
何かが。
何が?
俺は知っている。
画面越しに見たことがある。
C型レプトは、その顔面に多数の突起を持つ。イボ状の物が敵の装甲を外から叩き、棘状の物が内へと刺し貫く。当初はそう思われていたと言う。
ところが、用心して十分な距離を取ったディーパーに対し、そいつは予想外の行動に出る。
端的に言えば、イボを発射したのだ。
一つ一つの大きさは、成人男性の握り拳より、一回り大きい程度。それが、秒速200mを超える速度で射出され、酷い時には連射までしてくる。
相殺して余りある火力や、堅牢な防御力を持たない者は、タイミングを読んで回避する以外、対処のしようがない。言ってしまえば、ランク7に満たないディーパーは、この攻撃を連打されるだけで、完封の憂き目に遭う。
けど、弱点もある。
イボを撃ち出す原理は、一定の解明が為されている。頭飾りの内側を変形させ、加圧し、外側へと出ようとする力が張り詰める。そこに隙間が開けば、出口目掛けて圧力が解放され、その勢いがイボを押し出す、と、思われる。
単純な空気銃。要はシャンパンの栓と同じ理屈だ。
俗説であり、真偽は定かでないが、重要なのはこの噂の元となった、ある法則性。
つまりこいつが「撃とう」と決めてから、実際に発射されるまでには、大きなタイムラグが生じる、という点だ。狙いをつけた気配を察し、大きく射線から外れてやれば、魔力による身体強化が使えない俺でも、避けることだけはできる筈だ。
運に恵まれていれば、だけど。
大きく息を吸い込み、余計な力と共に吐く。
ダンジョンに初めて踏み入った時と同じ、懐かしい感覚だ。肌が塩でも塗り込められたように、ヒリヒリと焼けている。その中でも特に強く、皮膚を引っ掻く気流を感じる。殺気。
これがあいつの、C型の意思。
その害意が爪をより深く立てるように膨らんでいく!来た、来た来たきたきたきた………
今!
右に跳ぶ!今度は完全にスカした!まるで俺を捉えてられていない一発が腹いせのように洞窟を揺らし、だが俺は今の一手で遂に希望を掴んだ!
「よし!俺は最初からこっちに行きたかったんだよ!」
そうだ。俺はこいつを倒す為じゃなく、ここから出る為に這いつくばっていたんだ。
今の回避行動で、そのまま部屋から出る事が出来た。別に敵を倒さずとも、先へ進むことができる。
いつものフォーメーションでは、C型は一番前を担当する。他のモンスターは、まだこいつの後ろで様子見中。
どうしてこんなに暢気なのかと言えば、俺が弱い上に、奥ではなく外へと向かっているからだ。彼らはテリトリーを守っているに過ぎず、故に来る者を強く拒み、去る者はほどほどにしか追わない。寄って集って全霊で殺す、それだけの価値も危険度も、今の俺には伴わない。
C型は俺を睨みながら、持ち場を離れてまで追撃するか決めかね、ウロウロと左右を行き来する。俺は目を離さぬように、後退りで、一歩ずつ離れる。
俺はもう、そっちに行くつもりはないから、お願いだから、そのまま見逃して
グワリ
「クソっ!」
膝を抱えるようにしながら
「あがあ!痛!イタ!いってええ!はっ……!はっ……!ぐ……!」
シールドが破られ右肩と左踝あたりを掠めたが、直撃はしていない!クソ痛かったが、痛かったからこそ分かる!まだ生きてる!
『???????』
『え!いまなにやった!?』
『やっば』
『運ゲー』
『さらっととんでもないことしてなかった?』
『今どうやって弾道予測したんだ?』
『いやしてないだろ……してないよね?』
『マグレだよニワカ君』
尻餅をついた俺はすぐさま立ち上がり再び構えを取る。C型は、次のイボが生成されるまで、このまま俺を狙い続けるつもりだろうか?
そう思いうんざりした矢先、〈オォォォン〉広間の方から鳴き声が聞こえ、奴は視線をズラし、興味を失ったように暗闇へと歩き去った。さっきのが奴の、これ以上は出せない、必中必殺。それを凌ぎ切られたら、やれることはもう無い、ということなのだろう。
どう見ても自分を殺せないくらい弱いクセに、容易に決定打を入れさせない。そんな敵を深追いする、労力とリターンが見合わない。モンスターとは言え、流石にそれは理解したらしい。
俺はようやく、排除目標から外された。
『許されたな…』
『よかった・・・』
『今日で一生分の運使ってない?大丈夫?』
『運が良かったらそもそも一人でこんな階層に居ない定期』
『収束しただけだな』
本当に、奇跡だった。
もしあのC型が、俺をあと少しでも買い被っていたら、奴は容赦なく突撃していただろう。俺にはその状態で、相手を殺す方法が無い。何せあの二足角竜は、剛健で鳴らしているのだ。
よしんば一撃目を避けたとして、あまつさえ神に愛されて、奴に一撃入れられたとしよう。その後は控えていた8層軍団が目を覚まし、リンチの末に粉々だ。
俺はC型に勝てないし、それ以前に勝ってはいけなかった。
見縊られていなければ、生きて部屋から出られなかったのだ。
「生まれて初めて、自分の弱さに感謝したい気分ですよ…。なまじちょっと強いくらいだったら、チャンネルBANもののグロ映像が始まってました」
まあ今時のダンジョン配信なんて、死人が出た程度で停止なんてされないだろうが。
『一周回ってローマンが役に立ってる』
『それと同じ事をD型の前でも言えるかな?』
『それにしてもあいつら、自分の立ち位置とかそんなに気にするんだな』
『いやーどうだろう?なんかいつもよりピリついてて、雑魚に構ってる暇がないようにも見えたけど』
『崩落があったせいで挙動がおかしくなってんのか』
コメント欄の方に少しだけ意識を移す。変わらず凄い勢いだが、チラホラと拾えた情報によると、普通はもう少しムキになって、後先考えず追いかけてくるみたいだ。
今の一連の応酬は、綱渡りどころか蜘蛛の糸レベルの、細く頼りない生存ルート。あらゆる事実が、俺にそう示している。
「皆さんも、8層を攻略する際は、こうやってバカっぽく振舞えば、万事解決ですよ………?ハハ……」
『いやです』
『お断りします』
『そうはならんやろ』
『まず8層まで潜りたくないです』
『テンパって意味わかんない事言ってら』
『寝言は寝て言え』
総ツッコミである。
場を和ませようとしてるんだから、もうちょっと乗ってくれてもいいだろうがよ。
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