6.牛歩どころか亀の歩み part1

「第8層は、Z型とA型を除いた、ほぼ全てのモンスターが出現します……!群れ一つあたりの規模も大きくなり、一人でそれらを殲滅しながら進むのは、現実的ではありません……!」


 俺はガバカメに向かって、声を潜めながら話し続ける。情報と心持ちの、整理も兼ねて。

 次の言葉を考える為に、頭を回し続けている。そうでないと、自分の身に待つ運命を前に、何一つ動けなくなってしまう気がしたからだ。


『ローマンだから無理なんだろ無能』

『ローマン注意報!この配信はローマンの釣りです!ローマン注意報!この配信はローマンの釣りです!』

『コメント非表示にした』

『荒らしウゼー』

『くたばれ連投野郎』

『つかちっちゃwwwww体格が貧弱過ぎてダメだわこれwwwwwwww』

『取り敢えず大声出してみて。反響でだいたいの広さが把握できるよ』

『軽いノリでムチャクチャな知識を披露して間接的に人殺してるヤツがいるの笑えない』

『カミザススムくん!🤩かまってちゃん行為はやめよう!😁みっともないぞ!😅』

『これハック?ローマンがどうやったら8層行くんだよ』

『通報しました。ダンジョン内の位置情報偽装は重罪だぞ?震えて眠れクソガキ』

『戦闘マダー?』

『がんばって!』


 よし、集まって来た。

 民度の「み」の字もないクソみたいなコメント欄だけど、「一人じゃない」と分かるだけで、こんなにも落ち着くものだとは。

 俺の死を願う人間の比率が高い気がするのは………、まあ、分かってた。分かってたよ?うん………。


「第8層と第7層の狭間には、高確率でDダババ型が居座っています。奴の外か内かで、被救助者の生存率は30%近く変わる、らしい、です………。救助隊が出発するまでの、準備の早さにも関わることです。言い換えれば、ダンジョン内に居ながらにして、僕の行動によって、彼らの初動を前倒しにできます。民間の潜行者の方々にとっても、奴は壁になるでしょう。誰が来るにしろ、7層までで引き返す可能性が高いです」


 D型を境に生死が分かれる。それくらいの認識で行く。


『他はまだしもD型ラインの中なのが終わってる』

『深級のD型とかリアタイで倒してる所見た事ないわ』

『ほぼ動かないけどほぼ殺せないっていう』

『よし!伝説となれ!お前が倒すんや!』

『こーれだから素人は、その場で待機が一番なんだよ余計なことすんな』

『お前ら落ち着け、D型以外がまず無理だ』

『D型は鈍重だから全力で走ればイケるとか思ってそう』

『事前の情報と実際の脅威度の差が激しい等級第一位』

『ローマンなんだから、せめて情報落としてシね』

『D型見たい!幸運なローマン君は頑張って画角に収めてホラホラ』

『人が本気の命乞いするシーン希望』


 この場に留まる、という手も勿論ある。堅実そうなチャートに思えるだろう。しかし、俺がローマンであることを加味すると、その理論はあっさり崩れ去る。この階層でずっと待つ為には、そもそもまず、ここのモンスターを追い払えないといけない。俺にそこまでの戦闘能力があると、本気で思っていたのかバカめ。

 俺のクソ雑魚度合いを見誤ったな!

 ハッハッハッハ………哀しくなってきた。


「僕がこのままこの階層に留まると、間違いなくこれが断末魔垂れ流し配信になります。ので、身の程を弁えた上で、D型越えに挑みたいと思いまーす………!」


『ちょっと余裕あるの草』

『草』

『自分で言ってちょっと落ち込んでるのも笑える』

『まあ下層耐久なんてエアデがよく言う戯言だし気にしないのは正解』

『その白髪って地毛?染めたとしたらイタイわ』


 自分の口に出してみたら、そのまま肚も決まってきた。無謀も同然だが、万年マイナスランクのローマンな俺が、D型のデカブツを狩るか、いけしゃあしゃあと素通りするか。取れるルートはその二つ。

 リスクやリターンを考えれば、逃げ腰で相対してチャンスを逃すより、最初から殺す勢いで戦った方が良い。

 

 覚悟は決まった。それではこれより、


「上に昇る道はどの方向か、それを探る作業を始めます…!」


『あっ』

『あっ』

『終わりじゃねーか!』

『散ッ!』

『まずそこからムリゲー』

『位置情報サービスは?』

『あれ階層が表示されるくらいだぞ?媒介にしてる魔素の状態から、だいたいどのへんまで潜ってるのか分かる、っていうだけだから』

『空間的にねじれまくってるダンジョンのどこにいるかなんて、外から細かく分かるわけないやろ』

『単純な距離を測ることなんて不可能だからな………』


 コメント同士の会話が始まり、侃侃諤諤が盛り上がりつつある。全ての書き込みは拾えない。と言うか、大半は目で追えていない。

 同時接続数も5000、いや6000に乗って、今尚急速に増え続けている。

 過去最高記録を大幅に更新し、更にこの倍にまで到達する勢いだが、原因を思うと喜べない。複雑な気持ちになってしまうが、こんな時こそ物事の良い面を見ようと、気を取り直して取り掛かる。


「一般的にダンジョンは、次の階層と隣り合うようになっています。層と層の間では、二つの異なる世界が繋がっているようにも見えるとされ、階段などの分かりやすい昇降は、無い事の方が多いです」


 だが「潜行者」の名の通り、「ダンジョンとは下に下に行くものだ」、という共通認識がある。

 地上に開いた穴に入る、という行為が印象に残り、それに引き摺られている部分もあるだろう。しかしそういった遠回りな理屈が無くとも、もっと分かりやすい証拠がある。


 ダンジョンの床は全て、一つの方角に向けて、非常に緩やかだが、傾斜している。

 

「で、僕がいつも持ち歩いているボールが、こちらになります………が、」


 このダンジョンの床は、整備された道の姿を取っていない。

 ここでは上手く転がってくれないだろう。


「第3層までの時点では、多数のモンスターが群れている場所は、床が比較的均されていました。ここまで深く潜っても、法則が変わってないことを祈りましょう」


『初手お祈り』

『ダメみたいですね…』

『それがマジだったとして、そこに着いた時点でオワリだろ』

『そうじゃん、モンスターの溜まり場なんてローマンじゃなくても危険地帯だわ』

『初歩的過ぎて逆に忘れてない?』


「いや流石に見縊り過ぎでしょ。忘れてないですって。俺を馬鹿だと思ってます?」


『はい』

『うん』

『まあ、はい』

『そうね…』

『そらそうよ』

『まず馬鹿じゃないとローマンが自分からダンジョンに潜らない』


 ごもっとも。

「はいはい正論ですよ」

 ぐうの音も出ねえよチクショー。

 とは言え、俺だって対策くらい考えている。

 弱者には弱者なりに、処世術というものがあるのだ。


「このダンジョン内は薄暗い洞窟といった環境を形作っていて、どうやらこの八層でもそれは変わらないらしいです。そのせいか、ここで暮らすトカゲ共は、目が退化しているヤツが多い印象です」

 そういう生物が獲物を追う時、何を基準に探しているのか。

「嗅覚や聴覚、サメみたいに生体電気探知、魔力感知の可能性もあります」

 そこで今回登場したるは、今日の俺の上着である。“ぶるぶる”を始めとするパーティーメンバーには、露骨に顔を顰められたが、「良い画を撮る為だ」と言って死守した。必死の説得が功を奏した、と言うより、これを大事に抱え込む俺が、滑稽過ぎて面白かっただけだろう。それか単に面倒臭かったか。

 

 いや俺だって思うよ?こんな格好してたら、そりゃハブられるって。ワカル、ワカル。


「今お見せしてます皮のローブは、G型を一体ダンジョンから引っ張り出して、外で殺した後、そいつをバラして作りました」


 本職ではないから、造りは大雑把。血抜きをした後、臓物と骨を除いて、ガワの部分だけ再利用。頭部はフードとして、被れるようになっている。本当にただ、羽織ることができる、くらいのものだ。服飾と呼ぶにはおこがましい。

 

「これをこのダンジョン内に長時間置けば、匂いについては誤魔化せます。それを狙って、返り血も積極的に浴びました」

 まあそれは撮れ高の為でもあるけど。やっぱカメラに血しぶきが飛ぶのって、視聴者受けも良いんだよな。

「形も寄るので、聴覚によって直ちに違和感を覚えられる、なんてことは無いと思います。電気信号に関しては、敵との交戦中は役に立つでしょう。ですが、油断している平常時に、相手が仲間か余所者か見分ける、という用途では役に立たないでしょうから、あまり考えなくてもいいでしょう」

 

 この“化けの皮”だが、別にモンスターの目が機能する場所でも、毎回作っている。

 これを作る為だけに、俺は新しいダンジョンに潜る度、わざわざG型一体を、地上に招待するくらいだ。そうしないとモンスターは、ディーパーの収入源であるコアを残して、死後数秒でダンジョンに呑まれるから。

 お役所である潜行課は通常、いくらG型の雑魚とは言え、モンスターを地上に出す危険は嫌う。そこから認可を出されてる、管理企業も同様だ。

 「それでも」と頼むディーパー達に、彼らが出した条件と言うのが、「厳しい審査と一体あたり最低10万円の申請料」、「数が増えたり脅威度が増すごとに、申請料は乗算式に高くなる」、というものであった。

 俺の懐事情にとって、最も痛い出費はここである。が、これがないと、しれっとモンスターの隊列に混ざるなんて、命知らずな芸当ができる筈も無い。

 活動範囲を広げることすら、大きなギャンブルを伴う、それがローマンだ。

 その“ローマン”が原因で断られたり、と少し身構えていたんだけど、どうやら金が取れる、といった利点が優先されたらしい。申請が通った時は、胸を撫で下ろした。

 

『魔力どうすんだ』

『漏魔症は魔力ダダもれだろ』

『魔力お漏らしは?』


「僕達ローマンは、体内に魔力を溜めておくことができません。逆に言えば、魔力が纏まって外に流れ出る、ということが起こりにくいんです。『何かが居る』とは気づくでしょうが、異物だと判定するには、相当近づかなくてはいけません」


 漏魔症にも長所が………え?そもそも漏魔症じゃなけりゃ、気付かれることすら防げるって?


 ………………


「これで隅っこをコソコソ移動し、なんとか平らな床を見つけ、そこでボールを転がし、方角を見定めます」


『遠い…!』

『ヒーローモノの悪の組織くらいの回りくどさ』

『こっから数歩で殺されたら笑う』

『余命トトカルチョ始まったな』

『闇のゲーム過ぎない?』


 ガバカメは機動しておけば、勝手に自身の安全確保をしてくれる。バッテリーも24時間は持つし、コアで補充することもできる。

 

 俺は、自分の心配だけしていれば、いいってこと。


 同接が2万に乗っかった。

 

 皆思っているのだろう。


 俺の死に様が、もうすぐ見れる。

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