5.毎度の如く地獄行き

 ふわり。

 鼻をくすぐる媚風びふう

 涼やかに顔を撫で、秋の朝方のように、ほんのりとした寒気で包む。

 俺は心地良さに身を任せ、伸びきらせ、どこかに蹴飛ばしたらしい、掛け布団を手繰ろうとして、


 硬く湿った岩に当たる。

 タオルケットでなくコケを掴む。


「……ハッ…!?」


 違う!ここは我が家じゃない!

 一瞬で目が醒めた。

 薄暗く、壁からの仄かな光以外、視覚のたすけが何もない。

 この迷宮内に棲息する植物は、発光する種類であり、それが潜行者達を導いている。

 不思議なことにほとんどのダンジョンでは、光が全く射さないという事態は起こらない。地中の構造物であるのに。

 まるで、「中まで入っておいで」と、冒険家達を誘ってるみたいだ。


 一部の野郎ディーパーは、ダンジョンを女性に喩えるらしい。

 欲を煽って暗がりに連れ込み、歓待によってい思いをさせる。だが分際ぶんざいを越えて深入れば、溺れ囚われ身を滅ぼす。


 ダンジョンは人に入って欲しがっている、ように見える。踏み入った者は、財を手に入れ出て来るか、死を握り締め行き倒れるか。

 洞穴が抱くは、善意か、或いは殺意か。

 人類は、永年を連れ添う相棒たる“ダンジョン”について、まだそんな根本でさえ、理解できていないのだ…!



「………うん、我ながら即興にしては深そうなこと言えたな」



 哲学的思考(?)はここまでとして、現実逃避を打ち止める。当面の課題について考えなければ、容易に死へと直行しかねない。

 まずは、

「食糧と水は…よし、問題無し。ガバカメは………よし、よしよしよし!生きてる!」

 流石に頑丈。

 地獄に仏。

 天はまだ俺を見放しちゃいない。


 カメラマンとしての仕事中は、俺用のガバカメの出番は無い。が、撮影義務が免除されても、携帯義務は失効しない。俺は今までずっと、このダンジョンの入り口で貸し出されているガバカメを、カメラモードオフで首元に着けていたのだ。

 これが動くという事は、位置情報も分かるし、潜行課に助けを求められる。が、そっちについては現時点では保留。防災省の管轄である潜行課、そこが運営する潜行救助隊を呼んだ場合、1時間出動させるだけで、50万円程の費用負担を強いられるからだ。


 ベストなのは、自分の足で行けるところまで上り、体力の限界が来る前に拠点を確保。糧食による籠城体勢を整え、そこで救助を頼むことだ。

 如何に嫌われもののローマンとは言え、救援要請をガン無視したら、役所として問題になる。それはあっちも避けたい筈だ。

 そこで気懸りなのは、さっきの崩落が原因で殺到するであろう、大量の救助要請。俺がそいつらとブッキングすれば、後回しにする口実が出来てしまう。下手に素早く救難信号を発信しようものなら、とっとと黒ラベルにトリアージされかねない、ってコト。


 だからまずは現在位置を確認し、行ける所まで行ってから、他より遅れて助けを求める。これがまた、そこそこ重要なリスクマネジメントなのだ。俺みたいなローマンにとっては、特に。


「さあて、それで今居る階層は、っと………」


 ダンジョン内に高濃度で満ちている魔素。この端末から発信される電波は、それらを媒介として地上の出入り口にまで届く。新たなダンジョンの入り口に、真っ先に建てられる施設の一つが、既存ネットワークと接続する為の中継基地局。初動で潜る政府の調査隊にとっては、必需品と言えるだろう。

 よって、直感的には奇妙に思えるが、地面の下からでも電波は届く。通信も配信もチョチョイのちょい。

 この仕組みが完成したことで、ダンジョンを完全掌握するまでのスピードが、飛躍的に向上したらしい。


 というわけで、俺は早速自分の現在地を画面に表示させ、


「『“爬い廃レプタイルズ・タイルズ”、第8層』、かあ…」


 ………


「………?」


 ………………………………


 え、

 8?

 八?

 ちょっとまって、

 はち?

 って、どういう意味、だっけ?

 一番深いのが10層で、

 1、2、3、4、5、6、

 

 7、


 俺は即座に潜行課へSOSを送り、更にガバカメのカメラモードをオン。それが内部から伸ばしたプロペラで浮遊するのを確認し、映像を潜行課に送りながらTooTubeでの配信も開始。

 料金節約だとか賢いサービスの使い方とか、そんなことを言ってる場合じゃねえ。


 


 本当に、心の底から、冗談抜きで、死ぬ。

 今死ぬ。

 ちょっと気を離したら死ぬ。

 少しでも間違えたら死ぬ。

 僅かでも長居が過ぎたら死ぬ。

 俺は今日、ここで死ぬ。

 それこそが現時点で、最もリアルな将来設計。


 プラン変更だ。

 そこらのモンスターに、誰にも知られず踏み潰される前に、


「すいません!深級の第8層にいます!助けてください!」


 やれること全部、やってやる。


 広く、大きく、

 

 知らしめてやる。




——————————————————————————————————————




 ダンジョンの、特に深級以上の危険窟の、更にその下層階。

 そこについての公開情報は、あまりにも少ない。


 到達できた潜行者ディーパーは、「情報料」と称し法外な値段で、その詳細を切り売りしている。

 政府や企業、同業者にも。

 そんな場所に行けるのは、公務員として勤める官僚や防衛隊員、その中の選りすぐりで構成された、政府主導の先遣調査隊。それか、ランク9以上という一握りの怪物を擁する、有力な民間企業くらい。更なる規格外として、個人で潜行する神域のディーパー。


 それだけだ。


 だからこそ、そこに“希少性”という価値が乗り、値の吊り上げにも文句を言えない。

 

 そんな“お宝”をモノにしようと、手ぐすね引いて糸を垂らし、何かが掛かるのを待つ狩人達。単純に、より大いなる危機に立ち向かおうという、気概のある者もいるにはいるが、大半はもっと即物的。“ダンジョン情報系”、“ダンジョン考察系”と呼ばれる人種は、飯のタネの為に今日も待つ。自分達が命を懸けずとも、特大のネタが転がり込むのを。


 そんな彼らが、最初に気付いた。


 TooTubeを始めとした大手動画配信サイトには、位置情報サービスを連動させることが可能だ。

 つまり、何処から発信しているのか、それを敢えて公開する、という行為である。

 通常、インターネット上でそんな事をすれば、見ず知らず無貌むぼうの大衆に、骨の髄まで玩具にされる。

 それが分からない目立ちたがり屋の馬鹿でなければ、利用する機会の無い機能。


 が、これが役に立つ場合もある。


 例えば、ダンジョン内で危機的状況に陥った際、有志の手助けを請うことができるし、アドバイスなども受け取れる。位置情報によって、それが悪ふざけでないことは明白であり、ダンジョンか分かっていれば、助言者の側も指示を出しやすい。

 言うまでもなく、嘘の情報で惑わせようという、困った人間性の持ち主も居るが、それを見抜く能力もまた、潜行者ディーパーに必要な素養である。


 そして、ダンジョン内で大きな事件・事故があった場合に、そんな配信が始まらないかと、情報屋達は神経を尖らせる。

 ダンジョンで起こる現象で、深刻なもの。その一つに、“崩落”がある。

 ご存知の通り、ダンジョン内では空間が歪む。地下であるのに空があり、海があり、太陽も星も日常茶飯事。

 入り口の真下を側面から掘り進めようとしたら、そこには何も無かったという話まである。

 もう一つの宇宙との結節点、ダンジョンをそう捉える学者までいる。


 何が言いたいかと言えば、ダンジョンの床が崩れたとして、落ちる先は必ずしも、一つ下の階層ではない、ということである。

 第五層から第一層に飛ばされることもあるし、逆に浅い階層から最下層まで一足飛びなこともある。

 

 そういう時、彼らは慌てて配信を始める。国の救助隊は人手不足で、況してや7層しんの階層なんて、すぐに飛び込めるものじゃない。長時間の協議と準備の後に、やっと出立する彼らを待つよりは、偶然居合わせた高ランクパーティーに、縋りついてでも助力を乞う方が、生存率も上がろうというものだ。

 救いの手さえあれば、助かる可能性が高いことをアピールするべく、自分の強さを売り込む奴もいる。「無駄骨にはならないし、実力者だからリターンも約束できるよ」、と。


 そしてその時こそ、考察系にとっての収穫どき

 投稿主が死ぬか、助かった後に自分の手でアーカイブを消すまで、映像の中の秘境、その詳細を吸い上げようと試みる。


 今回、彼らの読みは当たった。

 深級八層。滅多に見られない危険域。

 血眼になって、穴が開く程画面を睨み、既存の情報や既知の法則と組み合わせ、新事実を掴もうとする。海洋学者が深海探査艇の撮る映像に、食い入るように熱中するように、彼らはその配信に群がる。


 “日進月歩チャンネル”という、アンチローマン界隈以外で、名前が知られていない投稿主。考察屋が集い、注目度は急激に上昇。ダンジョン配信界隈でもコアなコミュニティを皮切りに、徐々にこの珍事は拡散され、やがて一般ユーザーの目につき始める。ほとんど機密めいている領域への興味本位、リスクなくスリルを味わいたい享楽主義、人が死ぬ場面を見たいという悪趣味、ローマンという“恵まれた”人種への差別意識、等々、好奇の目が八方から注がれる。


 『カミザススム、伝説の8層配信』。

 その最初の“バズり”、乃ち爆発的な視聴人数の増加は、何の作為も無い事故によって引き起こされた。


 「ローマンが第8層に」、


 これほどセンセーショナルな文言が、黙殺されるわけも無い。

 

 進はこれにてようやく、念願であった大勢の観客を得た。

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