4.ここは俺の居るべき場所じゃない
「特定の図形に沿って魔力を流す事で、魔法の強化を始めとする魔学的現象を発生させる技法、“魔法陣”。正三角形型から始まったそれの複雑化、多機能化と、そこに映像通信技術の発展もあって、ダンジョン内部からの映像の送信が可能となり、それを利用した配信活動が、新時代のメインビジネスとなった」
「プッ」
「ククク」
「なんか変な匂いしない?」
「ほら、漏らしてる奴がいるから」
「あ、そっか」
ヒソヒソ声。
聞きたくないのに、
「もともと人類とは切っても切り離せない、ダンジョンという自然現象。それは天災とも福音とも呼ばれていた。外からは途絶し、空や海を持つ空間を孕み、千差万別の景色を広げる地下迷宮。そこから採窟される鉱物、モンスターの“コア”と呼ばれる部位は、エネルギー資源や様々な道具の素材として、文明社会の根本を支えていたわけだ」
「あいつ早くいなくなんないかな」
「任せとけ。俺が何とかしてやる」
「触りたくないからパス」
「触らんでもやり方があるんだよ」
「どっか押したら光ったりしないかな?」
相談している。
どう遊ぼうかと。
協調性と、
独創性で。
「人類史の中で度々登場し、攻略されてきたそれらは、時代が下るにつれ、扱われ方が変化していく。初めは出現後に全力で滅ぼされ、その恩恵は一部の者のみに配分されていた。そのうちに、一つのダンジョンを安定的に利用するシステムを構築し、それを拠点に国を作るというパターンが流行しだす。次第に国の格とは、どれだけのダンジョンを幾つ持っているのか、というバロメーターによって測られるようになる」
「あいつ最近泣かないからさあ」
「泣き顔キモいだけだからいいじゃん」
「目障りだし耳触りだから寧ろ黙ってて欲しい」
「トイレとかに閉じ込められない?」
面白いのか。
面白いのだろう。
自分は安全地帯にいながら、
石を投げて追い立てるのは。
「そしてダンジョンを一定の制御下に置いた人類は、今度はそれを愉しむ、という方向に舵を切る。衣食住、食欲性欲睡眠欲、そういう『生きていく上で必要なこと』に困らなくなり、死が遠くなっていけば、その上に欲望がすくすく育つ。ローマのコロッセオなんかが良い例だ。当時の潜行者である剣闘奴隷や、捕獲したモンスター。ダンジョン内と比べ弱体化するとは言え、それらを戦わせる“遊び”がどれだけ刺激的か、
「クーズ」
「とっとと帰れ」
「ほらこれあいつの消しゴム」
「近づけないでよバッチいわね」
物が飛ぶ、
かと思えば奪われる。
誰も止めない。
止む気配も無い。
「君達にこれから考えて欲しいのは、ダンジョンを娯楽化するにあたって、どのような利点と欠点があるか、ということだ。それは経済的なことでもいいし、道徳的な話でもいい。未来の社会がどうなっているか、より良くするにはどうすればいいか。それをこの『総合』の時間で話し合って欲しいと思っている」
教師はそこで、やっとこさ黒板から振り向いた。
「コラ、集中しなさい。君達の仲が良いのは知っているが、今は授業中だ」
真面目そうな眼鏡の先生が、そう言って教室の隅の椅子に腰かけた。
「あとは自由にやってみろ」、ということなのだろう。
まだ中学生になったばかりの奴らに、それは期待し過ぎじゃないかと思う。
案の定、教室内はザワザワと騒がしい。「国が全部やればいいんじゃない?」「でもそれをやろうとしたフランカは失敗して、ケーキの人が首切られたんでしょ?」「それって独り占めし過ぎたからじゃない?」「軍人がディーパー業務全部やってて、過労とか戦死とか増えて、軍隊が弱くなったんだって」「ねーもうメンドいからテキトーでよくない?」「ディーパーが危険な仕事だってしっかり知って、応援しようと思います、とか」「危ないから、潜るのは大人になってからにします、とか」「いいね、採用」
俺はそれを、少し離れた所から見ていた。
誰も俺と、目を合わせようともしてくれない。
あいつも知らんぷりで、隣の席の男子と盛り上がっている。
俺はこいつらの玩具であって、要らない時は顔も見たくないのだろう。
見ても聞いても辛くなってくるので、ただただ俯いて、外から何も入れないようにして、黙って耐えていた。
こんなのは、いつもの事だ。飽きもせず、ずぅっと同じだ。
俺が漏魔症なのは、みんな知ってる。
「バッチぃ」とか「臭い」とか、酷い時には、話し掛けただけで泣かれたりする。泣いた女子の親が、学校に抗議に来た事もあった。「そのバケモノを娘に近付けるな!」、謝罪の場でそう言われたこと、それにただただ頭を下げる校長を見て、俺は自分の立場を改めて思い知った。
俺に、味方は、いない。
小さい頃はずっと一緒で、結婚の約束までした幼馴染は、人前で話し掛けると激怒した。「空気読んでよ!デリカシー無いの!?」、「アンタの態度、ずっとムカつくのよ!」、そう言われた。それ以降、滅多に俺を見なくなったし、目を向ける時はいつも冷え切っていた。彼女と一緒に居たくて、中学受験を頑張った俺は、勝手に裏切られたような気になり、そんな心の狭さに自己嫌悪した。
親にダンジョンに連れて行って貰ったらしい先輩が、「腕試し」とか言って俺にモンスター役をやらせて、しこたま痛めつけた時、担任は帰りの
机の上にラクガキされ、動物の死体を引き出しに入れられ、「先生が来る前に消しとけよ」と言われた。これを放置して彼らが注意されたら、俺のせいだと八つ当たりされ、今より酷い仕打ちを受ける。だから必死になって掃除して、自分で自分の境遇を隠した。
同級生達と距離を置き、関わらないよう気をつけていた。ある日職員室に呼び出される。
「日魅在、お前が辛いのも、コンプレックスがあるのも分かる。だけどお前から一歩踏み出さなくちゃ、誰もお前と友達になってくれないぞ?それとも、そうしたくない訳でもあるのか?」
俺はラクガキを消したのと同じ理由で、自ら進んで彼らの玩具になるよう努め始めた。
だけど、限界が来てしまった。
一年間。
それがボーダーだった。
二年生の始業式の日、「同じことがあと二年続くのか」、ふとそう思ってしまった俺は、寝床から一歩も、指一本出せなかった。
それから一ヶ月は、訪問する教師も生徒も無視して、ひたすら布団を被るか、備蓄食料を消費していた。五月になってから、俺は不登校に関して完全に開き直り、ディーパーになって全部見返してやろうと一念発起、という名のやけっぱちが発動。その後のことは、知っての通り。
俺の足下はいつだって、
音も無く零れ、奈落を覗かす。
俺に居られちゃ困るように、安息を与えず留まらせない。
派手に分かりやすくやってくれた分、今回は比較的優しい方だ。
だからこれも、
いつも通りに、仕方ない。
肉体も意識も落ちる中、
走馬灯めいた思考に沈んだ。
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