3.崩れるとか聞いてない part1

 “漏魔症候群ローマンシンドローム”。

 人類史上最悪たる、不治の病の名である。


 今から2000年程前、古代ローマ時代に未曾有の災厄が発生した。地中海の近くに、突如大穴が開いたのだ。強い光とともに出現し、当時の人間に“第二の空”と呼ばれた、異空間とも言えるそれの中からは、“敵”と“財宝”が湧き出でた。


 この出来事は、文明や国の興亡から日々の生活様式に至るまで、それ以降の人類の在り方を決定づけた最大のターニングポイントとされ、異論を唱える者は居ない。


 この年を紀元とする“牲歴せいれき”という暦は、今も世界の基準となっている。ラテン語で“AnnoDomini主の年”、縮めて「A.D.」と表記される紀年法がそれだ。「神様が地上に奇跡を見せた年」を基準にしてる、って事だろう。

 

 そしてこの「Domini」は“Dominus”の所有格であり、その「Dominus」こそ、“Dungeonダンジョン”という呼称の語源らしい。


 最初の一つでタガが外れたみたいに、今日に至るまでに大小無数のダンジョンが生まれ、それに付随してとある病も観測されてきた。


 「漏魔症」だ。


 先天性と後天性があり、特にダンジョン生成時の光を浴びた者の多くが罹る。

 魔法や身体強化が使えなくなる、他者の魔法による強化が効きにくくなる、痛みに敏感になる、といった疾患だ。


 根本的な症状は「魔力の喪失」、と、当初は考えられてきたのだが、研究と検証の積み重ねによって、「魔力の漏出」であることが分かった。

 それに付随して、人体の変形、重篤な物だと異形化の例もある。

 最近のテクノロジーで、遺伝子レベルで変質していることまで判明しており、人がその病名を呼ぶ時、恐怖と忌避の念が籠められる。


 治療法は、無い。


 漏れた魔力が付近に被害を齎す、症状は接触・空気感染すると考えられていた過去もあり、罹患者への迫害の歴史は長く惨い。その状況は正しい知識の波及と共に、近年では変わりつつある、というのが表向き、世間向きの話だ。


 実際には依然として、世界で一番嫌われる病、社会から隔てられる障害のまま。


 就職や結婚は望むべくもなく、政府から出る“漏魔症候群罹患者特別支援給付金”、通称“ローシ”のお世話になって、なんとか生きていける現状。そして国からの支援という事実が、寧ろ優遇措置として映った結果、哀れまれるどころか憎まれる始末。


 発症した時点で、「生きる事を諦めろ」とまで言われる、今代を生きる呪い。それが「漏魔症」。


 患者達に残された道は、支援だけで食い繋ぐか、喚かず騒がず潔く死ぬか、或いはグレーゾーン・非合法な仕事に就くか、である。



 俺が今やっているのも、その一つ。


 ダンジョン社会・魔力社会とされる現代において、魔力が体内に留まらない俺達は、無力な弱者と確定している。しかも、いつ怪物に変わるか、周囲の人間を変形させるか、分かったもんじゃないというオマケ付き。汚いゴミならまだいい方で、毒とか爆弾扱いをされることもある。


 遺伝以外で人から人に移ることは無い。症状も一度止まれば悪化しなくなる。そういった知識が広まった後も、人は漏魔症を爪弾きにし続けて来た。


 だから、他にできる事が無くなった俺達が、少しでも良い暮らしを目指したり、夢や目標を志したりするならば、


 つまり金を稼ごうとするならば、

 命を質に出すしかない。


 ダンジョンの中は、そんな職種の宝庫である。

 偵察、弾除け、荷物運び………、捨て駒の居所には事欠かない。


 ダンジョンカメラマンも、そういった漏魔症患者ローマン用の求人だ。ダンジョン系インフルエンサーの撮影係。

 モンスターとの戦いを、ド迫力に、臨場感を損なわず、それでいて見やすく撮る。その為に、時にはモンスターの群れの中に入り込み、文字通り死ぬ気でカメラを回す。

 モンスターに認識された漏魔症は、魔力を大量に垂れ流す体質上、優先的に狙われやすく、だからこそ見ている側をハラハラさせる、迫真の映像を撮れる。適任だ。適任でしかない。


 役どころとしてぴったりなのだから、仕方がない。


 時給1000円未満。急に呼び出され急にお役御免。福利厚生は特に無い。更に何かとケチをつけて、金額を減らされる逆ボーナス付き。

 撮影中に手に入れたコアの一部が報酬に上乗せされるが、ローマン用割り当てとかで大抵全体の数%。今回みたいに大人数だと、1%に満たないことだってある。


 ローマンは自前の攻撃力を持たず、コアやそれを加工したカートリッジを動力源とした、市販の魔具で戦い、身を守るしかない。つまり、コアを貰っても全て換金できるわけでなく、逆に次の仕事の為に、給料でコアを買わなければならない。手元に残るのは、微々たる小銭くらい。ローシと合わせたとして、他県に遠征一つできやしない。


 一番死にやすい役割ロールなのに、給料はパーティー内で最低。そんなやり方、本来は問題になる筈だが、ローマンが嫌われているせいで、人は見て見ぬ振りをする。


 例えば、ダンジョンに潜る際は、ガバカメを常時稼働することが、キチンと義務付けられている。コアの収穫量を監視する、だけではない。位置情報を明確化し、安全状態を可視化することで、危機的状況に即応する、その為のガバカメ。今やほとんどの人間が、動画配信サイトと連携させる、手軽だが質の低い機材だと思っているが、元々は潜行者を救う命綱なのだ。


 が、例外は何処にでも存在する。

 撮影・映像共有・配信を自前のカメラで行う場合は、ガバカメの稼働義務が免除されるのだ。つまり、ダンジョンカメラマンがどれだけ危険な撮影を行っているか、それを客観的に記録する映像が残りにくい。

 そして要求が高じて死んでも、モンスターによって殺されたなら、ダンジョン内では事故扱い。誰もカワイソーがってもくれない。


 だから俺達を守ってくれるのは、自分自身以外に無い。


 「ここより無茶をしたら死ぬ」、そういう見極めは経験によって培われて来た。それなりの精度だと自負している。けれど今度は、「もっとリスクを取れ」と要求されるのだ。

 死ぬか生きるかのギリギリで、リアルタイムのコメントからの要望も加味して、噛みつくモンスターを避けながら、囮まで兼任して撮ってやった。にも拘らずブルー・ブルは、「反響が足りない」「バズってない」「お前の意識が足りてない」「配信の見せ方は若い奴が考えろ、お前の仕事だろ」とか言いやがった。


 堪りかねた俺が、「これ以上の危険は冒せない」、「やって欲しいなら給料を増やせ」等と抗弁したら、お決まりの殴る蹴るの暴行。ダンジョンを管理する職員は、当然、見ざる聞かざる言わざるだ。

 そうなればもう従うしかなく、奴の説教に頷いてやり、今日も今日とて二束三文の身売り。


 発覚しないし、しても大した話題にならない。それがローマンへの冷遇の実態。

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