2.呪われて生きる、ということ part2
いや、俺の配信程度、コメント欄が爆速というわけがなく、そりゃあ見逃す筈もない。俺だけでなくリスナーも、嫌でも目に入れてしまうだろう。
それにしても、ダンジョン内でのトラブルを抑止する為、運営企業から配布されている、変声機付きヘッドセットを被ってるんだぞ?どうやって俺の配信を突き止めた?暇なのかよクソが。
「『ススム』……?誰ですか?」
こういう時、スルーするべきか?いや、人気配信者でもないのに、コメントに反応しないのは、逆に不自然で、真実味を与えてしまうかも………。
「別の配信者の方と間違えてると思います。もしリアルの名前だったら、ここに書き込まない方が良いですよ?」
葛藤の末、マナー違反を嗜める、良識派戦法で行くことにした。これなら変なコメントを拾ったとしても、ネットリテラシーについて注意したというだけで収まる。
『いや、義務教育には来いよwwwwww』
よし、これ以上は徹底して無視だ。相手してやるとつけ上がる、それはよく知っているのだ。
「おっと、あの扉が怪しいですね。分かりますか?他は外に開いているのに、あれだけ内側に半開きです。中に居ないように見せかけて、裏に潜んでいる可能性が高いです。普通は速度と効率重視で、突進動作のまま押せば開けるようになっています。ですが偶に、瞬発力を犠牲にしても、裏をかいて驚かせたいというギミックを仕掛けるヤツがいます」
『このままだと小卒だぞお前?』
『さっきからなんだコイツ』
『ウザ、キモ』
『ニシンさん、こいつブロックしよう』
『迷惑ですよ?配信に関係ないコメントはやめましょう』
よし、流れは俺の側が優勢だ。会敵していると思われる今はできないが、安全確認が取れ次第すぐにでも除外してやる。荒らし野郎め。
「まあ見ていて下さい。あそこには石の代わりにこのダンジョンナイフを——」
『漏魔症は治ったのか?あ、治らないんだっけ?あれってw😂』
こいつ………!
『は?今漏魔症って言った?』
『嘘乙』
『いやでもニシンの今までのスタイル考えたら、確かに強い魔法が使えないヤツの立ち回りに見える』
『そっか、漏魔症だとしっくりくることが多いな』
「い、いや…!何を言って……!」
上擦るな。震えるな。いつか指摘されるであろう事は、考えてたんじゃないのか。いつも通り、いつも通りに、目の前にはモンスター。
「あ……!?」
V型。しまった。さっきの扉の裏、やっぱり隠れてやがった。コメントに集中し過ぎて、距離詰めを許してしまった。慌ててバックステップを踏もうとするが、長い腕が目一杯に伸びながら槌を振り下ろし、予想よりリーチが延長したそれを避けきれず、掠めた衝撃で吹き飛ばされる。
「うあああああああ!?」
体表で薄い
「あ、ぐ……!」
『当たった!』
『まっずい』
『でもニシン今動揺してなかった?』
『え?マ?』
『マジなやつ?』
『お願い立って!』
『ざっこ。今のまともに当たってないだろ』
『うーわこれクロです』
『は?時間返せよ』
『ロマカスさあ………』
『卒業できてないじゃん』
『DTかよwwwwww』
『こーれ景品表示法違反です』
『にげて』
どうする。どうする?ダンジョンナイフだけじゃ、鎧の隙間を刺すのにも頼りない。ならば威力増強用にコアをセットする必要があるけど、命綱のシールドの修復を先にするべきかもしれない。格上相手に、やるべきことが沢山あるのに、今、俺は、まともに立つこともできないくらい、デカいダメージを受けている……!病気のせいで痛みに敏感なのもあって、怯みまくって復帰が遠のく。機敏に動けず、かと言って防御しても後手に回るだけ。
どうすんだよ、俺…!次にやるべきはなんだ。どれが一番やらなきゃいけない……!?
その熟考こそ、迷いこそが、一番やってはいけないことだった。
俺が反撃の一手を決断し、ポーチの中でコアを掴んだ瞬間、その手が背中ごと踏みしめられた。
「ああがああああ!!」
バキボキパキと、厭な音。厭だ。厭だ。厭、厭、イヤイヤイヤイヤ………。
死ぬ。殺される。そう思わせるに相応の重みが、俺の骨を軋ませる。残った右手で必死に応戦するが、冷静さも精度も失ったやぶれかぶれ、それにコアもセットされていないナイフなんて、V型モンスターにとって、蚊に喰われたレベルの痛痒にしかならない。
離れろ、はなれろよ!あ、潰れる、骨のどこかがまた不自然に曲がっていやだいやだいやだいやだ!
『あっこりゃあ!』
『V型相手に正面から戦ってこれかあ』
『これはもう確定でいいのでは?』
『嫌な気持になりました。裏切られた気分です』
『負けないで!』
『ちょっと、流石に死にそうな人にはもっと優しくするべきでしょ』
『偽善者くんオッスオッス』
『きみ煙たがられる委員長とかやってたでしょ』
『こんな場末の過疎配信で倫理説いてるやつwwwwwww』
『荒らしに返事したり鵜呑みにしたりをやめましょうって言ってるんです』
『自治厨キッショ』
『人格否定しかできないお猿さんはPC触らないでください』
『ブーメラン刺さってんぞ』
ここで、死ぬのか?こんなのが、俺の、死に方か?こんな、こんなしょーもない、ただ気を抜いただけで、石に蹴躓くみたいに、本気で?本気で死ぬの?え。こんなんじゃ………
そこで石の壁が崩れる破砕音が響き、俺は重圧から解放された。
「え………」
「あんちゃん、危なかったなあ…!いやあ、よかったよかった…」
顔を上げると、そこには丸顔のおっさんが居た。
近くの家に頭を突っ込み、黒色の血を流しながら、ダンジョンに喰われていくV型を見て、俺はようやく把握できた。
この人は、命の恩人だ。
「た、助かりました…なんとお礼を申し上げてもいいのやら…」
「ああ、かまわんかまわん!人間助け合いが大事だろ?ダンジョンの中では特に。そう畏まらんでもええよええよ」
そう言う男の装備は、モンスターの甲殻をコアに再生成させたのか?ゴツくて強固な防具に、左手には盾にもなりそうな大振りな鋏型ガントレット。パッと見で分かる。かなり腕の良い
良かった。本当に。
ダンジョン内で死にかけた時に、偶々近くを実力者が通りかかって、しかもそれが親切な人間だったなんて、信じられないくらいツイてる。
「本当に、重ね重ね………」
「ええって!ワシはそんなもんが欲しくて助けたんと違う!」
先程の身バレ騒動から来る落ち込みは癒えつつあり、何とかしてみようという希望が——
「ワシが欲しいんは、もっと本気の“誠意”やからね」
………え?
その真意を糺す前に、横から肩を組まれニヤニヤと請求されてしまう。
「あの」「まず今のでワシの装備が消耗したやろ?傷がついたりとかカートリッジ消費したりとか」「は、はい、だから」「それからワシ、これから第五層でツレと合流して、ガッポリ稼ぐつもりだったんよ。だから、その分の補填も必要やなあ」「あ、ちょ、あ」「そしてぇい?モチのロン、あんちゃんは命を拾ったんやから、それを守ったワシに『ありがとう』が無いといかんよな?『ごめんなさい』だけでなく、『ありがとう』も必要なんや」「そ、それはもう」「やろ!?あんちゃんもそう思うやろ!?だったら、ワシが失った以上を差し出さなきゃ、ソンになるよなあ?」「え、…と………?」
おっさんは端末に初期搭載された電卓機能を使い、俺の目の前で根拠不明な金額をポチポチと足していき、
「ま、いろいろと合わせてざっとこんなもんやな。特別大サービス!安くさせてもらったでえ?」
促されるまま俺は液晶を覗き込んで、
「せん、まん、じゅうまん、ひゃく………!?え、え、え、け、ケタが、間違ってるんj」
「何や自分!恩受けといて返そうとしねえって、どんな教育受けてんだあ!?」
その瞬間、俺の毛穴という毛穴全てに針が立ったような、酷い激痛が全身を襲った。
「ぁぁぁああああ!???!」
「何かあ!?オノレの命の価値を安く見積もろうってかあ?それとも、自分だけお給金もらえてればそれで満足かあ!?仁義がねえよ仁義が。ちゃんと俺にも見えるように、自分の本気をみせてみようや」
な、なん、だ、これ、
「お?なんや自分、むっちゃ効くやん」
これ、コ、イツ、の………
「ま、ええわ。そんで?」
「いや、こんなお金、持ってな」
「持ってなかったらなんだ!一生かけても払うとか言えんのかいな!?」
知らねえよ何の話してんだよ政府への救援要請だって6ケタで終わるぞこんなのおかしい——
「流石になあ、この場で全部払えなんて、そんな鬼畜なことは言わんよ。だから、潜行資格証、出してみい?」
痛みが首を伝い、喉や唇、目までがほじくられ、反論の為の脳味噌も抉られた俺は、言われるままに、これを終わらせたいから、ポーチから財布を出して資格証を見せてしまう。
「ほいほい…えーと、に、ち、み………すまんなあ、おっちゃん無学でなあ……。これ、なんて読むんか、おっちゃんに教えてみい……?」
そこには当然、俺の本名が、
「カミザ………」
「うん?」
「“
「おうおう、ススムちゃあん。これで、ワシらは知り合いやな?連絡取れるよなあ?」
「………」
「よろしくなあ?おい………」
「あ、あの」「腹から声出せやあ!」「ハはい!」
そこで俺は、針地獄のような責め苦から、やっとのことで解放された。冷めてきた頭で、単に痛いだけで身体は傷ついてないこと、咄嗟に取り返しがつかない行動をやらかした事に、じわりじわりと気付き始める。
「まずは今日の稼ぎ寄越せや」
「…そ、それは、でも………」
「寄越せや、カ、ミ、ザ、ス、ス、ム、ちゃあん?」
名前を呼んだのは、「逃げられないぞ」という意思表示だろう。資格証には住所だって書いてある。そして俺は、簡単に居所を変えられる身分じゃない。閉じ込められたも同然だった。
「ほな、ワシはもう行くで?気ぃつけて帰りや?」
男のその優しげな言葉も、折角作った金蔓が、利益も出さずに失われることを案じているだけだと、幾らおめでたい俺でも分かった。
よくよく見れば、ガバカメもしっかり壊され、あいつの悪行を記した証拠は、どこにも残っていない。今の俺は、ダンジョン内ネットワークの中で、完全に孤立していた。
こうして俺は、今まで得て来た視聴者からの好感情も、これから先にあったかもしれない安息も、
その数分で、きれいさっぱり、失くしてしまった。
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