2.呪われて生きる、ということ part1
「このようにG型のデーモン相手なら、対人格闘のノウハウが活かせます。戦闘経験を積みたい初心者の方なら、直立二足タイプのモンスターが出るダンジョンの攻略から始めてみてはいかがでしょうか。日頃人相手に行える訓練から大きく外れた動きなどは、そうは頻繁に要求されないでしょう」
俺は今ガバカメへ向かって、流暢な独り言を披露する。傍から見たらイタイ奴であるのが、個人配信者のツラい所である。
顔を覆うヘッドセットのゴーグルの内には、生配信を管理する画面が開かれ、同時接続数、つまり現在この放送を見ている人間が、100人程居ると表示してる。
彼らの一人が書き込んだコメントが、これから潜行者デビューを考えている人による質問であったため、なるべく分かりやすく、実戦を交えながら答えていたところだ。
「攻略ダンジョン決めにお困りの方は、このように選ぶと、万事解決ですよ」
現在は浅級ダンジョンである“
“
地形としては、薄汚れて不衛生な中世街と言ったところ。空は薄暗く、通りは閑散。路地裏や窓、戸や屋根上、時には壁の中からも、モンスターが奇襲し囲んでくるのである。
ダンジョンの階層が深くなる毎に、出現するモンスターの種類は増えていく。奴らの傾向や特徴は、どのダンジョンでも通じるものがあって、浅い所から出てくる順に、G→V→L→M…みたいに呼び方が定型化している。
今話題に出していたのは、頭蓋の全てが口となっている生物、“G型デーモン”。そしてこの階層なら、より逞しく、逆十字が描かれた鎧まで纏ったV型と、更には邪教徒のようなローブを被り、頭すら慎ましく隠した、治療要員である
討伐の優先順位判断能力が、この辺りから必要となってくる為に、“卒業階層”とも呼ばれる基準点。それが浅級第3層だ。ここを越えないと、「童貞」という不名誉な扱いを受ける。
正確に言えばもう一つ。“イリーガル”が出る可能性も、有るには有る、が、まず起こり得ないので特に言及はしない。重箱の隅ってヤツ。
「『逆に人と違って気を付けること』、ですか…。それなら、やっぱりあの頭でしょうね。人相手なら、余程泥臭い取っ組み合いにならないと、歯なんてまず使いません。
ですが、デーモンは違います。あいつらが首を振る時、頭突きなのか噛みつきなのか、即座に判断できなければ、それだけで命を落としかねません。咬合力は訓練された軍用犬くらいあるそうで、L型に接近戦を仕掛ける場合であっても、油断なんてできないと思ってください」
そして情報過多になるから今は言わないが、見極めがつくようになれば逆にチャンスでもある。体内に繋がる大穴、口腔を自分から晒してくれるなんて、ボーナスアクション扱いも妥当。
これについては、実際に見せながら教えればいい話だ。
『見ただけでヤバイって分かるけど、そんなにか…』
『軍用犬!?こっわ』
「まあ俺くらいに慣れてくると、今更犬っコロなんてわけないですから!」
サムズアップ!
『「俺」助かる』
『「俺」頂きました』
う゛、しまった。
どうも自信ありげに振舞おうとすると、口調が荒れる悪癖がある。
半分虚勢だから、空回りがちなのだ。
『ありがとうございました。分かりやすくて助かります』
『ルーキーガンバ』
『ニシンさん説明おつです』
『丁寧な潜行配信、BGMで流しとこ』
『( ˘ω˘)スヤァ………』
よ、よーし。反響は悪くない。このまま新規固定リスナーのゲットまで行けるかも。
この“日進月歩チャンネル”を、TooTubeに開設したのは、今年の5月のこと。
まだイマイチ相場を掴み切れていないが、始めて半年くらいで三ケタの人間に見られるのは、結構やれてるんじゃないか?俺って。
登録者だって、1000人を超えた。
ダンジョン配信というジャンルが、現代で最強のコンテンツ力を持ち、視聴層の厚さが凄まじいことを差し引いても、自分がこれだけの人間に受け入れられている、その事実が胸を熱くするね。
思えば潜行者になったばかりの時は、右も左も分からない状態だった。
ネットの情報に踊らされ、四苦八苦する姿も最初から映像に収め、それを面白おかしく編集したものと、その中で得られた役立つ知識をまとめた解説レポ動画。そして勝手が分かってきてからは、リアルタイムで雑談や検証・攻略を行う生配信。
配信を始めてからは、毎日のようにチャンネル内容を更新することも可能となり、視聴者数の伸びも少しだけ加速した。
単独行かつ目立った才能も無い、逆にハンデ扱いされる俺が、中級第3層を踏破して、第4層に挑むようになっている。あまりに堅実で地味なやり方で、スピードも爽快感もない、ノミのサーカスみたいなチマチマした活動だったが、
徐々にだが、常連の顔触れも増えてきているし、収益化にだって手が届くかも。
いつかは“く~ちゃん”に並ぶ、その野望にまず一歩だ。
よしよし、俺もまだ捨てたもんじゃない。
「あ、“34号線”さん、いらっしゃいませー。この前買った、マゴロク社製の万能ダンジョンナイフですか?今使ってますよ。というか愛用してます。もっと言えば、取り憑かれてます。いやあ、かなり当たりの商品でした。しっかり切れるし、魔力伝導率も高いし、軽い!柄に穴が開いてるから、ケーブルも通せる!画期的ではないですけど、シンプルに性能が良い!小型魔道具にありがちなストレスが無い!ちょっとお高めなのも気にならなくなりました。皆さんもどうです?一家に一本。いや企業案件じゃないですよ。ないですけど、売れない物は市場から消えるのが資本主義ですから。僕この商品の中毒患者で、定期的にキメないとまずいんです。禁断症状の僕が見たくない人は、一本10000円弱ですから是非~……買えよ…?」
『ニシンはナイフでガンギマル、と……メモメモ』
『ニシンさん、それ逆効果です』
『ちょっと見たくて草』
『なんか特殊性癖な視聴者がいますね・・・』
『急に豹変するな………怖いだろ?』
勿論、同じダンジョンを相手に、延々と配信するわけにもいかない。リスナーが飽きる。なので中級ダンジョンをメインの攻略目標とした上で、こうやって各地の浅級を転々とする。言うまでもなく、事前調査無しには潜らない。俺は普通の人間より、簡単に死ねるからな。
ガバカメを手動操作し、上や先の道を警戒しながら、閉じた出入り口が無いかにも目を配る。壁破りについては、目視で備えようが無い。勘は当たる方だけど、それ頼りは怖過ぎる。
だから建物一つ一つに石を投げ、反応して出て来る奴を
「今日はエンカウント回数少なめですね。こうなると時間的に、第5層も視野に入って——」
想定した中でも最高の進行度合に、俺が少し冒険する肚を決めようと、反応を見る為コメント欄に注目し、
『ようススム。学校来ないのに元気じゃん^^』
それを、見つけてしまった。
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