ザ・リベンジ・フロム・デップス～ダンジョンの底辺で這うような暮らしでしたが、配信中に運命の出逢いを果たしました～

第一章：災難も極まるとバズるらしい

1．現代社会の底辺を行く

「お前さあ……、この前言ったよね？オレ、この前言ったと思うんだよね？ん？ワカル？」

「すいません。けど、今の装備じゃ」「あのさあ、これって簡単な、誰にでも出来る簡単なおねがいなのよ。『約束は守る』、そんだけ。ワカル？」

「………ご期待に沿えなかったことについては、すいません。だけど——」

「『すみません』ですまねえんだよなあ！？え？ああ！それ言えばいいと思ってる！あーはいはいはい。世の中ナメてるガキによくいるよな、そういうの。だけどよ、ガキだからっていつまでも許されるよーな、チョーシこいていられるよーな、ヤワなギョーカイじゃねえわけよ！プロなの！俺達は！プ！ロ！ワカル？ん？」

「………………はい………おっしゃる、通りでｓ」

「金貰ってるんだろ？なら与えられた仕事はやる！報酬を貰って手を抜くなんて、人として最低最悪だからな？これ社会じゃジョーシキ。ワカル？」

「……はい、分かり、ました……」

「命懸かってんだぞ？死ぬ気でやれや。同接も登録者も、そういう本気度を映す鏡なんだよ。俺達がどんだけ頑張ってもさあ！お前がサボると、苦労が全部パア！なわけ！ワカル？台無し！お前一人がやらないから！だから稼ぎも増えないし、働き方も良くならない！苦労も仕事量も減らない！」

「………ごめんなさい」

「俺の実力にしがみついてるクセに、この程度の成果しか上げられないって、恥ずかしいからな？ワカル？お荷物！マジで価値が無い！ゴミ箱に入ってる分ゴミの方がまだマシ！」

「………はい………」

「じゃ、今日こそはやってくれるよな？『今の装備じゃ危険』って言うなら、軽量化すればいいんだよな？ってことで、満足いく“画（え）”が撮れなけりゃ、そのクソ重いバックパック捨ててくれるよな？緊急時の食料とか言う前に、い、ま、こ、こ、で、本気を出してくれよな？」

「………」

「勿論前回の損失分は、分け前から差っ引いとくから。分かったか？」

「………………」

「分　か　っ　た　のか！？」

「それで………大丈夫、です……」

　そこでようやく、地獄の鬼詰めも弾切れになったみたいだった。

　舌打ちと共に背を向け、「ほいお前らあ。始めるぜー。お前らには、期待してるからよ？」他のスタッフに笑顔で話し掛ける男。

「当然です！ぶるぶるさんと一緒に働けるんですから、死ぬ気でやります！」

「かあーっ、有能な上に熱意まである部下を持つと、リーダー冥利に尽きるねえー」

　和気藹々の外側で、俺はしばらく放心していたが、ここでボンヤリしていると、またブチ切れられて罵倒されるのが目に見えてる。急いで自分の端末に指を走らせ、セッティングを一秒でも早く済ませようと急ぐ。

　その作業の手は緩めずに、今回のメンバーの観察を忘れない。

　今回の潜行は、全部で30人。大所帯だ。

　リーダーのブルー・ブル、愛称「ぶるぶるさん」は、そこそこ名の知れた潜行者（ディーパー）兼ダンジョン配信者。DR（ディーパーランク）は“8”、実質上から三番目。

　今回の仕事（ヤマ）が始まる直前に見た時点で、大手動画サイト“TooTube”のチャンネル登録者数は25万人。その筋骨隆々な見た目に違わない豪快なスタイルが持ち味で、人型のモンスターにプロレス技を仕掛けたり、大斧で甲冑を真っ二つにしたり、魅せる戦い方をする。サッパリと刈り上げた髪と、ぴったりと体に張り付くようになっている、全身防護型スーツ越しに分かる筋肉美。順当かつ真っ当に、強いから人気が出たタイプだ。

　性格も竹を割ったようにスッキリとしており、面倒見も良いとくれば、文句のつけようがない好人物。

　さっきまで俺にネチネチ文句を言っていた、どこぞの誰かとは似ても似つかない。二重人格めいた変わり身だな。

　だが、それも仕方ない。と、最近そう思い始めている自分が、何よりも一番厭だった。

　ダンジョン配信での重要素の一つに、機材の問題が挙げられる。

　潜行者とモンスターの拳、剣閃、矢弾（やだま）、魔法………、それらが飛び交う映像を映すには、ただスマートフォン一個を持っていればいい、というわけにはいかない。

　戦闘者当人がカメラを持とうものなら、とても見れた映像にはならないから。

　国が支給する隠密・偵察用途型映像記録装置、通称“ガバメントカメラ”、もしくは“ガバカメ”も、ベストな選択肢とは言えない。

　カメラが自律飛行し、壊されないよう立ち回りながら、潜行者を映してくれるのは有難い。しかし飽くまでも役所からの貸し出し物。

　戦闘の映えよりも、自機が破壊されない安全を優先し、激しい応酬を取り逃す事も数知れず。一応手動操作も可能だけれど、実戦中にそこまでやる労力と危険性を考えれば、あまり実用的とは言えない。画質だって必要最低限だ。

　もっと鮮明な映像が取れて、最前線まで付いて行き、ちょっとやそっとじゃ壊れない。そんな魔道具を手に入れようとすると、それ相応の、いや、ダンジョン配信バブル状態の今では、相応以上の金が掛かる。

　人を雇うのだってそうだ。カメラマンとしての腕以外にも、死なないくらいの戦闘能力が必須。折角高い金を払っても、撮れ高より前におっ死んでしまえば、利益を上げる術無く丸損。両方を兼ね備えた人材なんて、引く手数多の売り手市場だ。

　猫も杓子も潜行者に、そしてダンジョン配信者に憧れる現代。しかしその人気が上がる程に、勝利者に必要な先行投資は嵩を増していく。

　そんな時、どこかのクソバカ天才が、こう考えた。

「カメラだったら、もっと安いのが居るじゃん」

　俺達漏魔症（ろうましょう）患者は、その時からダンジョン内の“目”となった。

「来たぞ！スタンダードな陣形で来た！ちっこいのが前！デカイのが後ろ！数は30と5！」

「しめた！回復役（ロコ）は居ない！」

「了解！こっちもいつも通りだ！俺が先頭！第一波を割る！」

　広い洞窟の中のように見える場所。

　蒸すわ暑いわ、快適とは程遠い。

　斥候からの報告が来ると同時、ブルー・ブルは単身で走り出す。数秒待たずして、コモドオオトカゲ大のヤモリの群れが現れる。口から二本の牙がはみ出し、黒い体表には強靭な鱗。“G（グラーツ）型レプト”だ。その後ろには、五体の巨大鰐。いいや、鰐と言っても、足が横ではなく下から生えている。這っているのでなく、明確に走って襲って来る。あれらは“V（ヴァンガード）型レプト”。

　“ぶるぶる”が敵陣に切り込んで行く。一見すると戦果に逸った無謀な先行だが、この場の誰一人として、奴を心配などしていない。

　その理由は少し待てば分かる。“ぶるぶる”の奴がトレードマークの巨大な斧を地面に叩きつけ、「“四万（コランダム）”！」その地点から前方に一直線上の床が隆起。三重の前衛を敷いていたG型を軽く吹き飛ばす。特に奴の正面に立っていた数匹は、鋭く突き出た岩が胴を貫き即死している。更に亀裂はV型一体の足下にまで及び、そいつの動きを僅かに食い止めた。

　連携の取れた部隊を前にして、畜生共が編んだなけなしの陣が、

　今、

　　　崩　れた。

「雪崩れ込めえええ！」

　敵方の立て直しを待つ隙もあらばこそ、最前線10人の中でリーダー含めた6人が穿たれた“穴”に突撃。うち4人が回頭するG型の群れを大盾で抑え込む。何かしら魔力攻撃を放つつもりだったのか、大きく上下に開いたV型の口には、瞬く間に接近した“ぶるぶる”の斧が突っ込まれていた。そのまま切り下ろされ、下顎を割られ、更に首の下から切り上げられ、止めに傷口を地面から生えた岩の柱が抉り、絶命。

「おおっとおおお！」

　その柱を足場に跳び、横合いからの泥ブレスを回避。

「いっぱああああつ！」

　重力加速度を得た質量が、上からもう一匹のV型の頭蓋を割る。地が揺れ、粉塵が一時、視界を悪化させる。G型を首尾良く撃破していく仲間達を背景にして、三体目のV型と向き合う“ぶるぶる”。奴を睨み、高速で開閉する口が、八つ裂きどころかぺしゃんこにする勢いで迫る、

　その眼に、穂先。

　彫り込まれた魔法陣が設計通りに発動。炎系の魔力伝導率が高いであろう赤い金属で出来たそれは、しっかりとそのモンスターの弱点を突いた。

　苦しみのたうつV型から離れる為、槍から爆炎を噴出させた反動で跳ぶ乱入者。今企画のもう一人の主役だ。彼は柄の手元部分に付いているスロットに、カートリッジを挿入。五芒星型魔法陣が揺らめき、エンジンに似た唸りと共に、炎が再び息を吹き返す。

　手負いのV型が後衛（ビショップ）組からの遠距離圧縮風刃で仕留められているのを見捨て、残った二匹は同時に来た。何重にも並ぶ歯列と、擂り潰すための強靭な喉。一発逆転を狙ったそいつらは、見るからにこの場で最強の二人を目掛け、その脚で地を抉りながら前進。首を曲げて左右から挟むように食らいつき、ガチリと閉じられた二つは空振り。その首筋から横方向へ切れ込みが入り、血流が噴出。カウンターを見事に決められ、致命傷により果てた。

　倒れているようにすら見える低姿勢で、最後の抵抗を避けていた二人は、立ち上がりながらG型の全滅も確認。壁や床がモンスター共の死体を取り込み、コア部分——掌サイズで、内から仄かに光を発する球体——のみ吐き出すのを待ち、部下たちに手早く回収させて先を急ぐ。

　その間にも企画者“ぶるぶる”と槍使いの“あっしぇん”は、今の戦闘の評価——どの連携が良かった、初めて使う魔道具のレビュー、この程度だったら“ローカル”を考慮するまでもないという自信、さっきから前衛（ナイト）の誰々が張り切っているのは彼女が出来たから、等——を、陽気な口調で語って聞かせる。

　その途中でブルー・ブルは、俺に目を向けて人差し指をつきつける。現在配信を視聴中の人間には、今のジェスチャーはファンサービスだと思われただろう。これは実のところ、俺に対する命令だ。「もっと深く踏み込んで撮れ」、そう言っているんだ。

　さっきはV型の足下にまで入ってやったのに、それでもまだ足りないらしい。これ以上どうしろと？

　自律して、壊れにくく、危険なアングルにも挑戦する。

　何より、給金は足下を見れる。

　確かに、便利な“道具”だろうさ。

　俺達漏魔症患者（ローマン）が就ける仕事なんて、ダンジョン配信で最も危険なポジション、常に死地の最前線を走らされるエンタメの奴隷、ダンジョンカメラマンくらいなものなのだ。

　だから、これは仕方がない。

　仕方がない。

　仕方が、ない………