第14話

翌朝、信じられないほどの痛みで目が覚めた。


「いっ……! 痛っ……!」


体が金縛りにあったかのように動かせない。

首、肩、腹、足、背中、尻の全てが痛い。


時生は産まれて初めて、授業を休みたいと思った。

こんなに全身が痛いなんて、全治3ヶ月くらいなんじゃないだろうか。


まずい、このままでは……。

バァーンと部屋のドアが開かれた。

「ときおー!いつまで寝てんだー!」

悪魔が襲来した。

すなわち秋子だ。

空色のロングスカートにメイクもばっちりだ。七戸あたりなら、喜んで飛び起きるのだろうな……と、時生は思っても仕方のない想像をした。

「おい? どうした」

いつもなら返事をする時生が何も言わないので、さすがに不審に思った秋子が尋ねてきた。

「どこか悪いのか?」

秋子は僅かに心配そうに眉を寄せて言った。腐っても長女か。

そういえば、保育園の頃に熱を出したとき、秋子姉ちゃんが桃缶食べさせてくれたなあ……。

時生の心が懐かしくうずいた。

「体が動かせないんだ」

と、時生は言った。

「昨日、ダンス部で動きすぎて……」

「ダンス部? おまえ、ダンス部に入ったのか」

秋子が驚いたように言った。

笑われるかと思ったが、秋子は意外にも笑わなかった。

「そうか……お前がねぇ。それで、筋肉痛ってわけか」

「そうみたい。バドミントンやってたときにはこんなにならなかったのに」

「ふうん。まあ、バドミントンは公園なんかでも遊んでたし、体がそれなりに慣れてたんじゃないのか。ダンスって全身使うんだな」

「どうしよう。起きられない」

「ほう」

秋子は思案げに相づちをうった。そして、時生の布団を片手でバッとはいだ。

「起きられるかどうかじゃない。起きるんだよ」

秋子はおもむろに両手の甲を外科医のように時生に見せつけた。そして数秒の後、平手を時生の腹と胸に思い切り打ち付けた。

「いっ……だぁぁぁぁぁ!」

「ほら起きられた」


痛みのあまり、時生がベッドから転げ落ちると、秋子は平然と言った。


控えめに言って、鬼だ。


「メシ冷めるから早くくるんだぞ。……まあ、がんばれ」


秋子の口元は少し笑っているように見えた。




時生は足をひきずるように登校し、まるで病人のように授業を受けた。

七戸や久留米は初めこそからかっていたが、あまりに時生が痛がっている様子を見て心配してくれた。

「おれはテニス肘治すとき、風呂に入浴剤入れてた。なんかぬるぬるするやつ。白くて変なニオイするんだけど、結構効いたぞ。今度持ってきてやろうか」

と、久留米が申し出てくれたが、時生は丁重に断った。


それでも部活はあるのだった。

ホームルームが終わると、時生は必死の思いで階段へ向かった。

思うように足があがらない。

手すりをもちながら慎重に、両足を動かす。

しかしうっかり、時生は足を踏み外してしまった。

背中がひやりとする。

あ、後ろ向きに――落ちる――。


と、思った瞬間、強い力で誰かが背中を支えた。

時生はあわてて手すりを両手でつかんだ。

振り向いて驚いた。


「群くん……」

「危ないって。そんなフラフラして、どこ行くんだよ」


群くんは怒ったように言った。

「いや、これから部活だから」

「部活って、ダンス?」

「そう」

「そんな体で、踊れるの」

「いやあ……そうだよな……分からない」


時生が鼻の頭をかきながら、笑って言うと、群くんは不機嫌そうに言った。


「鞄貸して」

「へ?」

「鞄。持ってあげるって言ってんの。ほら、早く」


時生は言われるがまま、自分のスクールバックを手渡した。

群くんはスポーツバックを抱えた肩の上に、時生の荷物をひっかけた。


「屋上行くんだろ? 堤くんが転げ落ちたら寝覚めが悪いから」

「あ、ありがとう……」


群くんは鞄を持って時生の先に立って階段を上り始めた。

嫌がっていたと思っていたけれど、親切にしてくれる。

思っていたより嫌われてはいないのかもしれない。

群くんのスポーツバックがつやつやと光っている。


時生は前から思っていたことを聞いてみた。


「ねえ、群くん。あのさ、ききたいことがあるんだけど」

「……何?」



「あのさ、この鞄。いつから使ってる?」


「え? 高校入ってからだけど」

「ってことは、二ヶ月くらい前だよね」

「うん。入学祝いに新調したからね。ほら、着いたよ」

「ありがと……あの、悪いんだけど、屋上の奥の日陰のとこまで、運ぶの手伝ってくれない?」


群くんは面倒だと言わんばかりの顔をしたけれど、時生は手を合わせてお願いした。

一人で運べないわけではない。だけど、少なからず打算があった。


この時間なら、戸次先輩はともかく、あの人が来ているはずだ――。



「おう。堤、体平気か?」

マヨ先輩は前屈をしながら、屋上の隅にいて時生に声をかけた。


「あれ? 友達?」

「あ――同じクラスの、群くん」

群くんは気まずそうにペコリと頭を下げた。


「オレが階段でこけそうになってたら、助けてくれて。鞄も持ってくれたんです」

「うぉ、イイヤツだな。群くんだっけ?」

マヨ先輩に尋ねられて、群くんは小さな声でハイと返事をした。



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