第13話
時生に課されたのは、まず絶対的に体力をつけることだった。
じりじりと照りつける屋上で、くたっとへばってしまった時生にペットボトルの水をかけながらマヨ先輩は言った。
「堤ィ……まだ振りに入ってないから。アップだから」
アップといっても、ストレッチをしてアイソレーションをしてリズムどりをしたら、それだけでもう三十分だ。ここからあと最低でも二時間はみっちりと振り付けをたたき込まれる。
「せんぱ……休憩っ……」
息もたえだえに訴えると、マヨ先輩はしょうがねえなあと言わんばかりにため息をついた。
「ちょっと飲み物買ってきます」
と、時生は屋上から出て、階段を降りて体育館の横へと向かった。
体育館は昇降口を曲がってすぐの突き当たりだ。
自動販売機にはスポーツドリンクと水だけが大量に入荷されている。
百四十円と少し割高なので、購入する生徒はそれほど多くはない。
それでも運が悪いと、バスケ部やバレー部に買い占められて売り切れになっているのだが、今日はまだスポーツドリンクは残っていた。
汗を拭きながら、冷えたペットボトルを取り出して一口飲む。
体の中の細胞が生き返る。
砂漠が一気にオアシスになったような感じだ。
一息ついて、時生は屋上へと来た道を戻り始めた。
すると、途中で見慣れた後ろ姿を見かけた。
「群くん」
群くんはビクっとして汗をかいた時生を見返した。
逃げられるかな……と思った矢先、群くんは逃げ出すようにして靴箱へ行ってしまった。
そんなにおびえなくてもいいのに。
嫌なものを無理やりやらせようなんて気持ちはさすがにない。
時生はそれ以上声をかけずに、群くんの背中を見送った。
スポーツバックがつやつや光っている―― 黒い、エナメルの――。
やっぱり、鞄に負けているように思えるのだけど、群くんはどう思っているのだろう。
お世辞にも男っぽいとは見られない自分の外見について、悩んだり気にしたりしないのだろうか。
時生は部活のことを抜きにしても、同じようなコンプレックスを抱えているだろう群くんと、一度話をしてみたいような気がした。
屋上に戻ると、マヨ先輩と戸次先輩は二人で振り付けについて話しているようだった。
時生は
「戻りましたー」
と軽く挨拶をして、ペットボトルを日陰に置く。
「よし! じゃあ、早速この間やったところまで、やってみよう」
と、戸次先輩が言った。
時生は心臓がドキンと跳ね上がったのが分かった。
きちんとできるだろうか……。
眉間にしわを寄せていた時生の背中をマヨ先輩がどんっと叩いた。
変な声が出そうになる。
マヨ先輩は言った。
「あのな、うまくやろうとなんかしなくていいの。間違えんのが新入部員なんだから、できなくてもいいんだよ。ダサくてもかっこわるくてもいいから、とにかく思い切ってびびらずやってみろ」
びびらないというのが一番難しそうだ。
だけど、マヨ先輩が言いたいことや励ましてくれているらしいことはよく分かった。
時生は元気よく
「ハイッ」
と返事をして、戸次先輩の左後ろに立った。
そして、結果はというと――。
控えめに言って、散々だった。
全く体がついていかない。
肺が限界だと訴えているし、ふとももとふくらはぎがパンパンだ。
「よぉーし、もう一回通そう!」
「遼太郎、おい、ちょっと待て。堤、あと一歩でも足動かしたら倒れそうだぞ」
と、マヨ先輩が言ってくれなかったら、本当に倒れていたかもしれない。
「ま、まだ……大丈夫です……」
「うそつけ」
と言って、マヨ先輩は時生の左のふくらはぎを人差し指でチョンとつついた。
「ああっ」
時生は情けなくへたりこんだ。
マヨ先輩はあきれたように言った。
「今の堤より、生まれたての子鹿の方がしっかりしてるな」
「うう……」
悔しいが、自分でもその通りだと思うので反論できない。
屋上の床の照りつくような熱さが肌に痛い。
戸次先輩があわてて、休憩を宣言した。
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