第10話
マヨ先輩の部屋はシンプルだった。
参考書や本の入った本棚と、ベッド、机。
おもちゃやゲームのたぐいは見当たらない。
案外きれいにしているようだ。
鏡面仕上げのチョコレート色のローテーブルは埃ひとつなく、ぴかぴかにされている。
「マヨ先輩、やっぱり女子力高い……」
時生が思わず呟くと、マヨ先輩はあきれた顔をした。
そして、時生に言い聞かせるように言った。
「バァカ。おまえね、こういうのは女子力っていわねーの。人間力っていうの」
「おーい、アイス買ってきたぞ」
戸次先輩がコンビニの袋をローテーブルの上に置いた。
「堤、チョコバーとバリバリくんどっちがいい」
「えっ? ありがとうございます。じゃあ、……チョコがいいな」
「ほいよ。マヨ、お前はソフトだろ」
戸次先輩はカップに入ったソフトクリームをマヨ先輩に投げた。
キャッチして
「サンキュ」
と、マヨ先輩はいそいそとカップをはずす。
本当に甘いものに目がないようだ。
戸次先輩はバリバリくんソーダー味に豪快にかじりついて、キーンとしたのか
「くぅぅ」
と言って目をつむった。
マヨ先輩は猫のようにペロペロとソフトクリームを丁寧に舐めている。
時生ももらったチョコアイスにかじりついた。
ほてった体に冷たい甘さが心地よい。
数字前まで頭が割れそうなくらい悩んでいたというのに、今こうして平和に先輩たちとアイスを食べているというのは何か不思議な気がする。
「じゃあ、めでたく堤が入部したということで! 今後のことを話しておきたいんだ」
戸次先輩がバリバリくんの棒を置いて、言った。
時生も居ずまいを正して、投げ出していた足をたたんで正座した。
マヨ先輩は相変わらず猫背でソフトクリームを舐めていた。
「まず、今のダンス部の状況なんだけど、部員はオレたち三人だけ。部長はオレで、副部長がマヨ。二年はいない。一年は堤、お前が初部員」
改めて言われて、時生の心臓が跳ね上がった。
ハイ、と返事をすると、戸次先輩が表情を緩めて笑ってくれた。
「ダンスはオレもマヨも初心者だったんだ。だから、大丈夫。一緒にやっていけばうまくなる。それよりも大事なのは――」
「このままじゃ、部の活動ができないってことだな」
マヨ先輩があとを引き継いで言った。
「いいか、2人でも3人でも、5人集まらないことにはうちの高校は部活にならない。つまり、顧問のいない同好会扱いだ。つまり部費もでないし、部室もなしだ。」
「えぇっ、でも、先輩たちは屋上使ってますよね?」
「ああ、それはいろいろあって……」
言葉を濁した戸次先輩の代わりに、マヨ先輩が言った。
「遼太郎が裏取引してんだ。先生と」
「おい、変な言いがかりはやめろよ。まあ、その、部室がないのも練習する場所がないのも事実だからな。うまいことお願いして鍵を借りてるんだ」
時生はそれ以上深くは聞かないことにした。
先生でさえも味方につけてしまえる戸次先輩の人望には感服だ。
とにかく、ダンス部――
ダンス同好会は、部室どころか練習場所も更衣室さえもないということは分かった。
戸次先輩が言った。
「オレたちは三年生だ。だから、できれば今年三年生以外の新入部員を五人見つけたい。でないと自動的に来年度も同好会になっちまう」
「んまあ、オレらに関係ないっていえばないんだけどな」
「マヨ! もう堤はオレたちの後輩なんだからな。そういう言い方はないだろ」
「とにかく何年であっても、あと2人は見つけないとな」
「まあ、そういうことだ」
時生は、先輩たちが自分たちが卒業してからの時生のことを思ってくれているのだということにようやく気が付いた。
「えっと、つまりあと2人メンバーを見つけられれば、同好会じゃなくて部になるってことですか?」
「ああ。ちゃんと更衣室や舞踊場の許可も下りるはずだ。顧問の先生もつく」
「2人かあ……」
二人。
少ないようで、意外と大変に思える数字だ。
「まあ、とにかくやるしかないな」
と、マヨ先輩が言った。
「新入生の歓迎期間も終わったし」
「そういえば、先輩たちは新歓の期間に呼び込みとかしなかったんですか?」
「できなかったんだよ」
戸次先輩がどことなく陰のある表情で言った。
「おれたちは部活を停止されてたんだ。つい先週まで」
「えっ?」
「一年間の活動禁止。それがやっと解けるのが来週なんだ。だから、新歓の時期はさみしいもんだったよ。踊って発表するどころか、マヨなんかクレープばっかり食ってたし」
「悪ィかヨ」
マヨ先輩が頬をかきながら言った。
「だけど来週から、ようやく禁止が解ける。しばらくは屋上で練習だな」
と、戸次先輩が言った。
「ただ――暑い。あそこは、とてつもなく暑いから、6月までが限界だ。いいか堤。なるべく早く、あと2人部員を集めるぞ」
マヨ先輩がいつになく真剣に言った。
なるべく早く……。
それっていったいどのくらいだろう?
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