第2話
「それでさあ、すっげー男って感じで! いや、漢字の漢って書いてオトコと読むってやつだよ。とにかく爽やかでさあ! 後ろから風が吹いてくんじゃないかってくらい、ほら、スポーツ飲料とかのCMでよくあるじゃん? 背もすげー高くってさあ、俺もあんなふうになりたい」
柔道部の七戸は焼きそばパンをかじりながら首をかしげていた。
目の前の時夫はどう見てもスポーツ飲料のCMに出られそうな男ではなかった。
色白で細くって、目や肌なんかつるっとしてうるっとして、女みたいだ。
それでも元気だけはよくて、やたらと男らしさに憧れているらしい。
入学してきて出会ってから、そのギャップも面白くて昼飯を一緒に食べる仲になった。
時夫はさっきから柔道部の戸次先輩とやらの話しかしない。
弁当食わねーならもらうぞ、と言いかけたがあまりに真剣に話しているので、横やりを入れるのがかわいそうになりやめておいた。
七戸の家は両親共に忙しく、あわせて結構な放任主義なので、なかなか毎日成長期の男子にあわせた弁当を作ってくれるだけの時間的余裕がない。だから今日のように母親が夜勤のときなどは、購買で焼きそばパンやコロッケパンを3つも4つも買い占めるはめになるのだった。だから入学してきてから律儀に毎日彩り豊かな弁当を持ってくる時夫が少しうらやましくもあった。
「ねえ、七戸聞いてる?」
と、時夫がいぶかしげにこちらをのぞきこんできた。
「あー、聞いてる聞いてる。戸次先輩の話だろ」
と言いながら、七戸は不思議に思っていた。
「なあ時夫、本当にその先輩、戸次って言ったのか?」
「そうだよ。3年A組って言ってた」
「3年ねえ……」
「なんだよ、七戸。同じ部活なのに知らないのか?」
「ああ、知らない」
「えっ?」
時夫が大きいビー玉のような目をクワッと見開いた。
まばたきをするたびに、長めのまつげがばしばし揺れる。
こいつはどう頑張っても柔道部って感じじゃねえなあと、七戸は密かに思った。
「三年生は何人もいるけど、戸次なんて先輩いたっけかな? 覚えてねえわ」
「そんなはずないよ」
と、時夫が卵焼きを頬張りながら言った。
「俺、初対面だったけどめっちゃ爽やかオーラ感じたし、印象薄いわけないって」
「そうだよな。お前の話だと、その先輩かなりガタイがいいんだろ? おれだって一度見たら忘れなさそうなんだけど」
「ケガでもしてるのかな」
「そうかもなあ。ま、部活で会ったらよろしくな。」
「おう!」
と、元気よく返事をした時夫の口元にはご飯粒がついている。
男らしさって何だろうと七戸は考えながら、
「メシ、ついてんぞ」
と時夫の口元に向かって人差し指を突きつけた。
3年生の教室は校舎の三階の端にあった。
時夫にしてみれば、3階は教室の移動でもほとんど行ったことがない。
受験勉強に集中できるようにという配慮なのか、単純に教室の空きの関係なのかは定かではない。
ここには緊張感とはまた違った静かな空気が漂っているように時夫には思えた。
階段をのぼるとすぐに教室が並んでいて、廊下の奥のA組と書いてあるドアから数人の生徒が出てくるところだった。ちょうどホームルームが終わったところらしい。
中学からそのまま上がってきた時夫たちとは違って、3年生ともなると体格も大人と同じだ。
上背の高い生徒たちは、廊下を歩いている1年の時夫を、物珍しそうにみやって歩いて行った。
教室の後ろのドアから時夫はそうっと顔を出してみた。
中には何人か生徒が残っていたが、先輩の姿はない。
来るのが遅かっただろうか、と思っていたら、後ろから頭をつかまれた。
「うわっ」
「おー、来てくれたんだな。堤くんだったっけ」
振り向くと、いつにも増して爽やかキラキラオーラ全開の戸次先輩がいた。
黒い短髪とブレザーの下の薄青のシャツが目にまぶしい。
時夫が口を開こうとするよりも先に、戸次先輩はわしわしと時夫の頭を犬にするように撫でた。
普段は実の姉にこづかれるか、叩かれるか、馬鹿にされるかしたことのなかった頭も報われているかもしれない。
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