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やっと休日になった。
でも、起き上がる気力がない。隣家の犬の鳴き声が煩くて眠る気にはならず、スマホで動画を見ながら過ごした。
それでも空腹は感じるものだ。
トイレのついでに冷蔵庫の中を見ても、何も入っていなかった。久しぶりに近所のスーパーにでも行こうかと、家を出る。
すると、丁度隣の家から犬を抱いた女の子が出て来た。目がクリンと丸くて、髪を凝った三つ編みにしている。膝小僧が見え隠れするチェックのズボンを穿いていた。
散歩に行こうとしているんだろうか。館野は爪を立てて首筋を掻いた。
「ちょっと、あのう」
館野が呼びかけると、その女の子は驚いてみたみたいだ。大きな目をさらに大きくする。
「その犬だけど、おうちで飼ってるの?」
茶色くて柴犬っぽい犬は、少女の胸にすっぽり収まっている。
女の子は脅えるようにドアを開け、家の中に戻ってしまった。
「お母さん、外に変なおじさんいる」
中で叫んでいるのが聞こえた。
変なおじさんって、俺のことか? まだ二十三歳だし……。充分おじさんか。
まあ館野でさえ小学生の頃は、先生や親に、知らない人に話しかけられても付いて行かないように教育された。今の小学生はもっと徹底されているのだろう。
でも俺は隣人で、知らない人じゃない。
女の子が消えたドアがひょいと開き、髪を後ろで結んだだけの黒メガネの女性が顔だけを出した。
館野に気づき、目が細くなる、
「なんですか?」
一応隣人だと覚えてくれているみたいだが、不信感は最大級になっている。
「いや、あのう、犬が……」
指先に血が付いているのに気が付いて、強く握りしめる。
「ああ、少しの間だけ家で飼ってるんです」
不機嫌そうに言われる。
「いや、でもここはペット不可のマンションですよね」
自分は間違っていないはずだ。規則を破っているのは向こうで、こっちは悪くない。そう自分に言い聞かしておかないと、怯んでしまいそうだ。
「ですから、少しの間だけです」
「でも規則では……」
「管理人さんの許可は取ってあります。文句があるなら管理人さんに言ってください」
女性はぴしりと言い放つと、ドアを閉めた。
「アイカちゃん。お散歩は、もう少ししてからにしなさい」
女性の声がドア越しに聞こえて来た。それに対してさっきの女の子、アイカちゃんが不満を言っている。
「仕方ないでしょう。外に変なおじさんがいるんだから」
女性の声は大きい。
絶対これ、わざと俺に聞かそうとしているよな。それにしても、ここはペット不可で無くなったんだろうか。
次の日の昼休み、マンションの管理人に電話をかけた。
「503号室の館野と言います」
管理人は、平日の午前10時から午後4時までの間だけやって来る近所のお年寄りだ。
「はい、どうしました?」
耳が遠いのか声がやたら大きい。
「隣の502号室なんですが、犬を飼っているみたいなんですけど、うちはペット禁止ですよね」
告げ口をするみたいで心苦しいが、背に腹は代えられない。
「ああ、桑井さんですね」
管理人はあっさりその事実を認めた。
「あそこの一年生になるお嬢ちゃんが、仔犬を拾って来たんですよ」
そして聞いてもいないのに、事情を話し出す。
「うちはペット禁止のマンションです。それは皆さん、ちゃんと承知して入居されています」
毅然と断言して続ける。
「でもね、目の前で小さな子どもが、目に涙をいっぱいためながらお願いするんですよ。どうか預かってもらえる家が見つかるまで、うちで飼わしてくださいって」
なんだかドラマの一場面のようで、容易に想像できた。
「ねえ、わかりますか。相手はまだ全然すれていない七歳なんですよ」
耐えられなくなって、スマホを耳から離した。
「そんな子どもがここまで来て、頭を下げたわけよ」
その点を強調する。
「こっちだって鬼じゃない。子どもをいや、仔犬を助けてあげたいって思うでしょう。だから少しなら待つって言っちゃったんだ」
それで許したのか。許してしまったのか。
「だけど、うちは……」
「わかってるよ。ペット禁止なの。でも可哀想じゃん」
急に管理人は砕けた口調になった。
可哀想ってなんだよ。
「それは管理人さんが隣に住んでないから言えるわけで……」
「わかった」
管理人さんは館野の話をぶち切りすると、ため息をついた。
「そういうクレームがくることは予想してたんだ。だからこっちでも探してみるよ。犬をもらってくれる人。それなら文句ないだろ」
「は、はい」
なんだかクレーマー扱いされている。
「じゃあ、そういうことで」
電話は一方的に切れた。
これが管理人公認の顛末か。
話はわかったが、簡単に引き下がれない。こんなときルールはルールと、声を大にして言いたい。
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