深夜の捜索 沙良1
十五分かけてブローした黒髪、清楚系のワンピース、とどめは桜色に染めて星を散らしたネール。
これで完璧。
〝本命彼女の特徴”で検索した容姿をすっかり真似た。少しあざといけど、男って、こういうわかり易いのを好むらしい。
気合を入れた私を見て、友達の萌は、そこまでしなくたって呆れてたけど、私はどんなことをしてでも、秋人の心を取り戻したい。
秋人は誰にでも手を出す節操がない奴で、つき合い始めたとき、まわりから大反対された。
わかってる。秋人は優しいし、スケベだ。
でもそれを含めて好きになった。
大学に入学したばかりの頃、学科で新歓が行われ、新しいサンダルを履いて行った私は、挫いてしまった。周りは「大丈夫」とか「少し休んだら」とか声を掛けてくれたけど、秋人は「ほれ」と背中を差し出した。私の気持ちを軽くするつもりだったのか、自分には妹が二人いて、よくおんぶをせがまれるんだと話してくれた。
幼いころは親に背負われたことがあったと思う。でも大人になって負ぶられるなんて不思議な感覚だった。自分のお腹とよく知らない男子の背中がくっついてるんだと思うと恥ずかしかった。秋人の頭が目の前にあって、短く刈った後頭部が涼しそうだった。丸い頭からにょきっと左右に二つずつ耳が突き出ていて、可愛く見えた。
それでこちらから猛烈にアプローチをした。
晴れてつき合うようになり、「私のどこが好き?」って聞いたことがある。そしたら秋人は悪びれもせずに「すぐやらしてくれるとこ」って答えた。
ありえない。それってセフレじゃん。
馬鹿にしてるのって、そのときは怒った。
でも後で考えたら、私にも同じところがあった。
抱くときの秋人って、ものすごく心を込めてくれる。あんまりにも大切に扱ってくれるから、私は秋人ってかけがいのない存在だって思えるし、私も秋人が好きだって思う。きっとそのことを言ってるんだって思った。
秋人の浮気には慣れている。
すごく格好がいい訳じゃない。まあ、背中は広いかな。安心感が半端ない。とにかく優しいから女の子は誤解する。
そりゃあ、同じ学科の美紅にまで手を出したって知ったときには切れた。浮気するならもっとばれないようにしてくれって情けなかった。
でも美紅の方は一時の気の迷いだったみたいで、つき合うつもりはないらしい。
だから許そうと思った。
それなのに、近頃の秋人は様子がおかしい。露骨に避けてくる。
いつも浮気がばれたら土下座せんばかりに謝ってくるのに、今回はメールをしても返信がないし、電話も取ってくれない。
そうこうしている間に大学が夏休みに入った。
秋人が自然解消を狙っているんじゃないかと思ったら気がせいて、押しかけることにした。
秋人の下宿は知っている。一軒家に間借りをしているからプライバシーがないのだと、中に入ることは断られていたけど、場所は教えてもらっていた。
夕食の時間に尋ねると、品の良いおばあさんが出て来た。レースの長袖ブラウスにブルーのスカート姿。暑さなんてみじんも感じてないような涼しげな顔をしている。
「あら、秋人さんのお友達?」
親し気に対応された。
「秋人君は?」
「あら、ごめんなさいね。よく知らないけど、多分アルバイトだと思うの。このごろ働いてばかりなのよ」
予定は知らないみたいだ。でも大丈夫。実家に帰ってなくて、待ってたらここに戻るとわかったからそれでいい。
おばあさんにお礼を言ってその場を離れた。
家を一周して、勝手口がないことを確認する。
少し離れて向かい側の電柱に並んで立った。鞄からお茶を出して飲む。長期戦は覚悟している。
気になるマンガをスマホで読んでいた。足が疲れたので屈伸をして時間を見ると、まだ一時間しかたっていない。
足踏みをしていたらスマホが鳴った。
秋人? まさかねって思いながら見たら、母さんだった。
「さーちゃん、元気にしてる?」
「うん、何?」
「何って、あんた全然連絡してこんから、心配で」
「そうだっけ?」
思い出してみると、確かに最近母さんの声を聞いていない。
「ごめん、テストだから」
とっくに終わったけどね。母さんは昔から勉強だって言えば大概のことは許してくれた。
「そう。それはごめん。でもほら母さん心配で、ほれ、東京で今恐ろしい事件が起きてるでしょう」
若い女性がさらわれて、数日後にはばらばらになって発見される殺人事件のことをだろう。ニュースで見た。
「あのさあ、母さん。東京って広いんだよ。私のところは関係ないの」
「そうなんだ。よかった」
高校生の弟によると、母さんは近頃東京が舞台のテレビドラマにはまり、私の生活がそんな感じだと勝手に想像しているらしい。
そんな華やかなはずないじゃん。
「切るよ。忙しいから」
視線を動かすと、足元に黒いものがあった。
「ニャー」と鳴かれて、スマホを落としかける。
なんだ。黒猫か。
「しっしっ」
縁起が悪い。
手で追い払う。黒猫は緩慢な動きで私から離れ、角を曲がるとき振り返った。街灯の光を受け、ネコの目が金色に光っている。
急に退屈になって、母さんともう少し会話を続けていたらよかったと思った。
でもな……。
空を見上げると真上に丸い月が出ていた。月が自分で光っているんじゃなくて、太陽の光を反射しているって知ったときには驚いた。
あんなにきれいなのに。
私がこんなストーカーじみたことをしてるなんて知ったら、母さんなんて思うだろう。友達が沢山できて、都会生活を満喫しているって思ってるんだろうな。
秋人の見慣れた原チャリが近づいて来るのに、それから二時間ほどかかった。
「秋人」
声を掛けると、秋人は「ぐへっ」と変な声を出し、ぴょんと飛び上がった。
「もう、びっくりするだろう」
目に見えて怯えている。そうでした。秋人ってお化けが苦手だった。
「話があって」
秋人は道に沿って原チャリを止め、向き直った。
「そんなのメールしてくれたら……」と言いかけて、自分が返信していないことを思い出したみたいだ。
「ごめん。ちゃんと連絡してなくて」
あれ?って思った。もっとテンション高く誤魔化すんだと思ったのに、真剣に謝られると調子が狂う。
「そうだよね。秋人が悪い」
追い打ちをかけて、はたと気づく。追い込んではいけないんじゃないか。
「ちゃんと謝るよ。沙良のこと嫌いになったわけじゃないんだ。でも俺ずっといい加減だっただろう。真面目に考えたかったんだ。答えが出るまで会えないって思ってた」
ちょっと待って。これって私が知ってる秋人?
調子がよくって、近づいてくる女は遠慮なく食っちゃう節操のない男じゃなかったっけ。
でも秋人って相手の嫌がることは絶対しないんだよね。女が近づいて来るのはもてるからで、合意の上なんだ。って言うか秋人の方が押し切られるみたい。お人好しなんだ。だから、妙に周りから好かれてる。秋人と一緒にいたら、私まで友達が増えたみたいで楽しかった。
「私はちゃんと考えてもらっていると思うよ」
「でもさあ……」
秋人が言葉を濁らせるのを見て、いやな予感がした。
もしかして女ができた?
これまでの浮気じゃなくって、本気っぽい。
今はバイト三昧だから、その女とつき合ってはいないだろう。きっとその女と真剣につき合いたいから、こっちを切ろうとしてるんだ。
今から私は振られるの?
そんなのやだ。
秋人を睨みつけると、怯んだ表情を見せながらも居住まいを正し、きれいに頭を下げられた。
「ごめん」
いや。その後の言葉は聞きたくない。
悲しい。別れたくない。悲しい、悲しい。
あれ?
頬に指を当てたけど濡れてない。
秋人は涙に弱い。このまま私が泣いたらおろおろして別れ話はうやむやになるはずだ。それなのに、この大事な局面で涙が出ない。
両手で顔を隠して泣いている振りをした。
「沙良?」
秋人がこちらに近づいて来た。
やばい。泣いてないのがばれる。
走って逃げた。
「待って」
声だけ追いかけてきたけど、振り返らなかった。これじゃあ何をしに来たのかわからない。つなぎ留めたいのに、思った以上に秋人は遠いところにいた。
人気のない路地に迷い込んだ。
秋人っていい加減に見えるけど、いったん誰かに本気になったら、その相手を大切にするんだろうなって思ってた。
その相手って、私じゃなかったんだ。
もうだめ? 秋人を引き留めたりできないの?
向こうから黒いワゴン車がきたから端へ寄った。こんな狭い道を通らなくてもいいのにと思ったら、そのワゴン車がすぐ横で止まった。
ええ、なんで?
頭の中で警報が鳴る。
運転席のドアが開き、男が降りて来た。サルのマスクをしている。
逃げようと思ったのに、腕を掴まれた。
「いや、やめて」
体がすくんで、かすれた声しか出ない。引っ張られた右手を無用に動かして抵抗したけど、男の力は強い。
首に電流が走った。
力が抜けて立っていられなくなる。
男に体を抱き上げられとき、ネコの鳴き声を聞いた気がした。
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